7.また立ち帰る(サンド)
青い宝石のような目だった。こんな色の宝石は、見たことがないが。
「あ。」
とだけ、その人物は言った。金髪に青い瞳、だが、ジャントではない、エイドルだ。宝石ではない、久しぶりに見る、エイドルの目。顔。髪。
俺は、跳ね起きた。腕と脚と、脇腹が痛い。
「慌てるなよ。何もならないよ、今更。」
と、厳しいが、柔らかい声で言われたが、ただ、言われなくても、俺はベッドに沈むしか出来ない。
「でも、助かって良かった。防具屋に感謝だな。盾は眉唾物だったが、鎧は凄かった。『ラッシル雪竜の革』ってのは、怪しいけどな。」
彼は笑った。花のような笑顔に、妙に、大人びた頬笑みが加わっている。
おかしな話だ。エイドルの顔を見て、心の底から、ほっとするなんて。
いや、何故、エイドルがいる?
「絶対、あんた、死んだと思ったね。心臓、刺されたように見えたんだけど。でも、あとちょっとでも、俺がカッター出すの遅かったら、解らないよ。」
また頬笑む。
違う、彼は、エイドルじゃない。顔も声もエイドルだ。だが、彼は、こんな表情で、こんな話し方はしない。
「誰だ…。」
問いかけに、エイドルの顔をした少年は、ぱっちりとした目を、さらに丸くした。
「君は、誰だ。」
今度は、はっきりと言えた。彼は、相変わらず、きょとんと、無邪気で純粋な顔を向けている。
「…死にかけて生き返ったから、何かあるかもしれないって、先生が言ってたけど。俺が解らないのか?自分の事は?名前、言える?」
俺は名乗ろうとした。だが、少年は、心配そうに覗き込み、先に言った。
「カイオン?」
昔は、確かに、仲間だった男の名前を。
※ ※ ※ ※ ※
裏切ったのは、エルキドスだった。
俺とアージュロスが海に出ている間、ジャントとエルキドスは、対立を深めていた。ジャント寄りのオーレオン、中立のノアミル。エルキドスは、エイドル寄りと言うより、政策で意見が食い違っていた。
エイドル本人は、政治からは遠ざかり、研究ばかりするようになっていた。
だが、ジャントは、ナスタシャが双子王を諦めていないのもあり、エルキドスを隠居させて、ナスタシャは幽閉し、エイドルはキャビク山の火口に放り込みたい、と口にする事があった、という。身内だけの時に言った事だが、小耳に挟んだ下級の兵士や、侍女から、尾ひれがついて、広まっていった。
ジャントは、確かに、下級の兵士や侍女、従僕を、物の数に入れないところはあった。だが、王子なんだから、そんな物だろう。
俺の前では、あまりそういう面は出さなかったが。
カイオンが話した内容のうち、完全に間違っていたのは、エイドルの所在と、ノアミルの裏切りと、シャリーンとエールが、アルトキャビクを出ていた、という部分だ。エイドルは、シーラスレの港町にいる。宮殿から謀反人に追われて、逃れてきたという筋書きだ。ある意味、正しい。
ノアミルは「暴徒」に殺され、シャリーンとエール、そしてシャルリは、アルトキャビクに監禁されていた。ただ、暴徒はエルキドスが直ぐに追い払った形になるので、三人の安全は保証されている。
ナスタシャは殺されたが、殺したのはエルキドスでも、当然、ノアミルでも無かった。エルキドスは、ナスタシャが、エイドルを単独で王位に付けるのには反対していたので、口を挟まないようにと、侍女に変装させて、安全を口実に、逃がした。シーラスレ港から、ラッシルの実家に返すつもりだった。しかし、ラッシルの港についた時は、ナスタシャは殺されていた。犯人は、港から護衛に着いた兵士だと思うが、寄港地で降りてしまい、奪った金品と共に、行方不明だ。
エルキドスの背景は、ナスタシャの実家ではなく、ラッシルの皇帝の次男のピョートルだった。ナスタシャの実家の縁で知り合ったが、今の実家の当主は、キャビク島の政治には、貿易はともかく、関心がなかった。
一方、ピョートルはエルキドスと同じ夢、エイドルを単独で王位に着ける計画に荷担していた。自分の12歳になる娘と婚約させて。しかし、ジャントが生きているうちは、エイドルに王位は行かない。簒奪は避けたい。だから、自分の集めた傭兵を送り、エルキドス達と示し合わせて、ノアミルを罠にはめ、反乱を演出した。エイドルが争いを納めた形にして、下地を作る作戦に出た。
ナスタシャに関しては、エルキドスが怪しいが、実家の援助が薄くなった今、彼女は、利益にはならないが、邪魔にもならない。本当に政治とは縁を切らせるつもりだったと思う。
オーレオンは逃亡した。街の北から、「王弟が財宝を持って逃げるぞ」と、派手に騒ぎながら、暴徒と敵を引き付けて。今はまだ、行方不明だ。
この「暴徒」や、先の「裏切り兵士」など、統制の取れてない異分子が目立つが、これはエルキドスにも予想外だったようだ。
ピョートルは、反乱を納める側にはラッシル騎士を、暴徒役には傭兵を送る、と言っていたらしい。が、騎士は皇帝の直属だ。彼は名目上は騎士団長なので、エルキドスは信用した。実際は、皇帝に黙って動かせないから、傭兵をたくさん雇って送ってきた。これは玉石混淆で、優秀な者は選別してエルキドスの指揮下に、やくざな者は、反乱側に回した。
反乱軍には、フィンドのような、庶民出身のリーダーを数人用意していた。やくざ者達は、それに紛れて、うまく煽り、予想外に「いい仕事」をした訳だが、結局は騙された事になる。
ナスタシャを殺した連中は、選別された側だったが、明日は我が身と思ったのだろう。
ベイソンとグーリはシーラスレでエイドルと共に、シルスは、宮殿と往復して、エルキドスに協力している。
グーリは、兄のターリとジャントとに、対立している事になる。節度のある奴だったが、恩のあるエルキドスには逆らえまい。
シルスは実子だ。仕方ないと言えば、仕方ない。だからカイオンも、と思ったが、最後の様子から、彼は、エルキドス同様に、進んでエイドルを、王位に付けたがっていると見た。
いいや、過去形だ。彼は、死んだ。今、彼として、生きているのは、俺だからだ。
俺にこれらの情報をくれ、一部の記憶がないという設定の俺を、補助してくれたのは、エイドルにそっくりな少年・ゲルドルだ。彼は、元々は盗賊で、双剣術と風魔法の腕、エイドルと瓜二つの容姿を買われて、カイオンに雇われた。元はアルトキャビク出身で、カイオンだけでなく、ターリとも面識があった。が、家を出て独立して、シーラスレで働いている時に、所用で街に来ていた、カイオンに再会した。カイオンは、シーラスレを拠点に、外国と連絡する組織を作りたくて、まず密輸業者の取り締まりから始めた。
この当たりの関連はよく解らないが、ゲルドルは、エイドルの影武者として雇われた訳ではなかった。彼がエイドルに会ったのは、カイオンがファルジニアを押さえに行く直前だった、と言う。
「王子様も、ほんとに、びっくりしてた。俺もだけどさ。
あんたやターリと初めて会った時、俺の顔見て、なんか幽霊でも見たような顔、してた。王子様に逢って、納得したよ。」
俺はゲルドルに殺された事になるが、不思議と、悪感情は持たなかった。もし不意を突かれなければ、逆転していたかもしれない。それはお互い様だ。
ゲルドルは、周囲が混乱するから、と、「幹部」(エイドル、エルキドス、俺)以外には、素顔は見せず、いつも南国風のベールとターバンを被っていた。彼だけではなく、カイオンの構成した特殊部隊(山道で俺達を襲った連中)は、みな、同じ服を着ていた。しかし、他の連中は、普段はターバンを外していた。彼等は、ゲルドルを「隊長」、カイオンを「大将」と呼んでいた。エルキドスの事は「将軍様」、エイドルは「王子様」と呼んでいたが、二人は直接指示はしなかった。彼等を動かす時は、指示はゲルドルだが、計画はカイオンが立てている。
つまりは、俺だ。
しかし、今の俺には、カイオンとしての記憶がない。目覚める前に、夢で見たような気はするが、はっきりした記憶は、誰かに神々しい声で、「勇者を助けろ」と言われた事だけだ。
勇者、つまり、ジャントを助けて、王にしろ、と言う事だが、カイオンの姿で蘇った俺は、エイドル陣営になる。
逃げてジャントの元に行くことも考えたが、カイオンの姿で行っても、今は信用されない。エイドル陣営から、協力できることを考える必要があった。
俺は怪我をしていたので、しばらくは療養がいる。シーラスレにもアルトキャビクにも、直ぐに戻らず、ファルジニアのいた教会で、休養した。ファルジニアは、俺の意識がないうちに、グーリが迎えに来て、シーラスレに向かった。グーリがジャントの元に駆け込んでくれれば、と思ったが、彼はそうしなかった。
エイドルは即位はまだだった。エルキドスは、ラッシルのピョートルを初めとした、支持者を集めて盟約を取り付けるため、大規模な宴の準備をしていた。それを機に、アルトキャビクに戻る予定だ。
俺が教会にいる間、顔を合わせたのは、ゲルドルと修道女、女性の医師のトパジアだけだった。ゲルドルは、一日中、俺に張り付いている訳ではないが、護衛も兼ねているのか、看病は彼が中心に行っていた。
記憶のことは、 まだ報告していないと言う話だ。
報告してしまうと、俺が一線から離脱する。そうなると、雇われたゲルドルとしては困る。彼は、そのうち、戻るだろうと言っていたが、俺はそうは思わなかった。
エイドル陣営に長居する気はなかったが、カイオンとしてジャントの元に行くなら、情報を集めなくては。だから、一刻も早く、復帰したかった。
このため、療養生活では、かなりいらいらする事もあった。記憶のせいだけではない。周囲に人がいない時、空中に、きらきらした光の点が見えるようになったのだが、それが、羽虫のようで、鬱陶しかった。トパジア先生は、頭を打った訳ではないのに、と不思議がっていた。彼女やゲルドルには、見えない物だった。
ただ、このせいで、早めに戻ることが出来た。記憶が戻らないから、そういう症状になっている可能性がある、昔からの知人に会い、家に帰ることで、記憶が戻り、改善されるかもしれない、と診断されたからだ。
俺とゲルドルは、「お披露目の宴」に間に合うように、アルトキャビクに向かった。
道すがら、都に近づくに連れて、外国人が多くなった。そして、到着した時、俺は愕然とした。いや、唖然と言ったほうがいいだろう。
暴徒に反乱、と聞いていたので、城周辺が荒れ果てているだろう、と思っていた。だが、違った。荒れてはいるのたが、荒れ方に驚いた。
城と旧市街は、無事だった。ノアミルやアージュロスの邸宅でさえも。守る家人はいなかったが、見張りがつけられていた。柄の悪い連中もいたが、家の中に勝手に入ったりはしていないようだ。
反対に、新市街は荒れ果てていた。建物は、旧市街に近い、高級な商店の並ぶ区域は、ほぼ無傷だった。しかし、いわゆる下町区域は、荒らされていた。建物自体は、壊されてはいなかったし、焼け跡もなかった。しかし、窓やドアは破壊され、店の品物は持ち去られていた。張り紙がしてあり、家人の埋葬場所の案内がある店も目立つ。
ゲルドルは、都に入ってから、そわそわと落ち着きが無くなった。彼が下町出身だった事を思い出し、自宅の様子を見に行くように言ってみた。
彼は、ベール越しに、大きな目を丸くして見せた。
「後でいいよ。どうせ誰もいないだろうし。あんた、怪我人なんだから、護衛がいないと。」
と言う。だから、
「じゃ、俺も一緒に行くよ。」
と言った。すると、さらに目を見開いた。顔中、殆どが目になりそうなくらい。
しかし、驚きはしたが、やはり心配が勝ったのか、
「じゃ、行こう。」
と踵を返し、下町の奥に向かう。
彼の実家は、下町にしては、古い感じの、どっしりした店だった。窓とドアが壊れて、張り紙は無し。
中は、すっからかんだった。隣接した自宅もだ。家族の手がかりも、ありそうにない。
「大丈夫か。」
と声をかけた。彼は、またびっくり目をし、
「今日は、どうしたんだよ?」
と言った。
しまったか。彼は、今までの様子から、ただの部下ではなく、友人に近い存在だろう、と思っていた。親身に看病をしてくれた事もある。俺の知っているカイオンなら、これくらい言うと思ったが。
「実際は盗賊だったからね。うまく逃げたんだろ。それにしても、盗賊が金庫を空にされちゃ…。」
と、何かに気づいたように、急に奥に向かう。俺は後から付いていく。
ゲルドルは、壁の一部に、不自然な穴が空いているのを見つけると、奥に手を突っ込んだ。
「無くなってる。」
何かと尋ねると、
「隠し金庫だよ。緊急時の。」
と答えが帰ってきた。
「かさばらない程度の金と、形見の宝石類があった。宝石は、盗んだ物じゃなくて、母が祖母から、受け継いだ物だって言ってた。姉と妹が結婚する時に、持たせるって。
それを持ち出してるんだから、無事かもしれない。」
「そうか。良かったな。落ち着いたら探しに…。」
と言いかけて、ゲルドルの目の大きさを確認する。彼は、いきなり笑いだした。
「ああ、ごめん。なんか、記憶と一緒に、角も刺も取れちまったんだね。」
またしても。今のは、素で言ってしまったので、笑われて、多少、面白くない。ごまかしも兼ねて、
「いくら俺でも、こういう時に、軽口は利かないよ。」
と言った。ゲルドルは、少し笑いを押え、
「成長したね、大将。」
と言い、続けて、
「俺の困った顔が、何よりも好物だ、何て言って、面白がってたのに。」
と言った。
丁度、表にいた男が、そろそろ王宮に向かわないと、と、声をかけてきたので、ゲルドルは、そのまま、外に出た。
俺は、肝を冷やしていた。
明るく、気の良い男、というカイオンのイメージは、今は表面的な物だと思っている。だが、それが彼の世渡りである以上、仕事仲間や友人には、良い面を見せるはずだ。付き合いの長い俺でさえ知らなかった面を、ゲルドルに見せている訳か?エイドルそっくりの彼に。
ゲルドルが、俺の方を向いて、ベールを直しながら、
「先に詰め所に寄って、将軍様に会っておこうか?」
と、話しかけてきた。その耳に、夢の中で見た、金色の耳飾りがあることに、俺は初めて気がついた。
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