6.同じ顔はいくつある(ラーン)

新しいお城は、きらきら白砂の向こうに、丸く光っていた。バルコニーには、さらに白い花束みたいな、キャビク最後の女王様。




   ※ ※ ※ ※ ※




私は、ユーラーン。「最後の女王」ファルジニア一世に、侍女として、お仕えしていた時期がありました。ファルジニア様の周りには、育ちのよい、教養のある女性が多く、元は修道女だった者もいました。




ですが、私は、盗賊でした。




   ※ ※ ※ ※ ※




あたしは、その道では、ちょっとは有名だった(と思う)、エイドル一家の、末っ子。


エイドル、って意味は、英雄とか、理想とか、すごくいい意味らしい。でも、あたし達は、盗賊だった。だから、「お頭」って事かな。


ひいじいさんの代は海賊だったらしいけど、何かのきっかけで、陸に上がったとか。




両親は、表向き、アルトキャビクの新市街(街の周辺部)で、かなり大きな雑貨屋「エイドル」を経営してた。じいさんの代から。


武器や防具のほうが、凄く儲かるんだけど、お城の許可がいるし、定期や抜き打ちの検査もある。調査されると色々不味いから、雑貨屋にしたらしい。人間以外は何でも売り買い、を謳い文句にしてた。片手間に孤児預りもやっていた。田舎には、教会以外の孤児院は、全然ないんだけど、アルトキャビクは王様の街だから、教会だけじゃなく、金持ちや商工会も、組合を作っていた。あたし達の商人の組合は、孤児院を出た子供達の勤め先を、進んで提供していた。うちの場合は、こっそり、「家業」の募集も兼ねていた。




「家族」は、いつも、だいたい10人くらいだった。「家業」に適正のない子は、他の街の、他所の店に行く。適正がある、と解るまでは、家業が何かは、教えない。でも、育てても、志願して、戦争に行く場合も多かった。武器や防具は、けっこうお金がかかるから、兵士は志願制で、一応、選別があった。手っ取り早く、わりと良い身分が手に入るから、孤児は目指す男が多い。盗賊から足を洗うにも、便利だ。




父さんのピールは、「一家」の主で、つまりは「お頭」。でも、一応、店の運営は、真面目にやってた。「仕入れ」のため、何人か連れて、しょっちゅう、あちこち回っていたけど。


店番は母さんのベルラと、実の子供のグレタが、他の子供達の面倒を見ながら、やってた。


二人の実の子供は、あたしより10歳上の、このグレタだけだった。あたしより二つ上の兄のゲルドルも、ひょっとしたら実の子供だったかもしれない。二人は、顔はそこまで似ていなかったけど、ゲルドルは、父さんも顔負けの「天才」だったから。


背丈はそんなにはないし、痩せてたから、力はあまり無かったけど、凄く身軽だった。習ってもないのに、風魔法が一通り使えた。転送は見える範囲しかできないけど、ウィンドカッターは一度に三つ出せて、ばらばらに動かせた。剣は双剣術で、小降りの曲刀を二本使っていた。


おまけに女顔の美形で、芝居もうまくて、変装して女の子に化けたり、着飾ってお坊っちゃんに化けたり。金髪だったけど、髪は普通のキャビク人に比べたら、ちょっと濃いめで、目ははっきりしたブルーだったから、コーデラ人と言っても通ったので、重宝した。


あたしは、スリの腕は、自分で言うのも何だけど、良い方だった。父さんは、


「女の子は、兵隊になって足を洗う道がないから。」


と、女には家業はさせずに、早く他所にやる主義だった。でも、あたしがグレタや母さんに懐いちゃったのと、あたしの見てくれが東方系で、地方じゃ苦労するだろうって、「一家」に入ることになった。もちろん、早くから適正を買われていたんだけど。


都会でないと目立ってしまうから、旅には連れていって貰えず、街で「働いた」。




グレタは、髪は白金色の金髪で、これはキャビク人にありがちだけど、目の色が珍しかった。スミレみたいな、青紫色をしていた。背丈はすらっとしていて、チビのあたしは、羨ましかった。美人の看板娘、ってことで、目当てに店に来る客もいた。でも、年頃になっても、誰とも付き合おうとはしなかった。真面目だったのもあるけど、うちは「家業」が「家業」だし、結婚するなら、店と家業を、両方継いでくれる、「理解」のある男でないと。そういう意味では、ゲルドルが一番だけど、年も離れていたし、二人には恋愛感情は、たぶん無かった。ただ、ゲルドルのほうは、父さんが仄めかしたら(グレタ、と名前は出さずに、誰か仲間と結婚して、跡を継ぐ話)、


「うん、別にいいよ。」


とあっさり言っていた。でも跡を継ぐなら、結婚相手は実子のグレタになるんだけど、解ってたのかどうかってくらい、グレタに対する態度は、変わらなかった。


だけど、父さん達の期待とは違い、グレタには、そのうち恋人が出来た。堅気の、しかも、お城勤めの。


アルトキャビクは、お城に近い旧市街と、外側の新市街が別れていて、街並みが、がらっと変わっていた。旧市街は、役所とか、いわゆる上流人の家や学校があった。天井が高めの二階建てか平屋の、白っぽい建物が並んでいた。新市街は店や娯楽施設がある。建物は平屋から三階建て(天井の低めの二階建てと屋根裏)くらいになってる場合もある。キャビク人には、庭を持っている家は少ない。庭が広いのは、コーデラやラッシルの商人達の家になる。




あたし達の仕事場は、この新市街だ。




グレタの恋人は、ガルデゾっていう、南方人の大柄な男性で、お城の兵士だった。「旧市街」の人な訳だ。ただの兵士じゃなくて、エインジャント殿下とグルエイドル殿下に、直に仕えている兵士だった。親衛隊ってやつ。でも、最初は、あまり詳しく聞かなかった。聞いても、わからなかったと思う。別世界だし。




その日は、父さん達は、数日前からずっと、南に仕入れ旅行に行っていて、本当は、帰ってくる予定の日だった。でも、ゲルドルだけ、前の日に、一足先に帰ってきていた。海軍の進路と、帰りの船の航路が重なって、足止めを食ったんだけど、一枚だけ、迂回航路の切符が手に入ったからだった。


帰ってきたゲルドルは、崖道を何度か往復したから、足腰が痛い、なんて抜かして、 ごろごろしていた。


店は朝から忙しくて、あたしも変装し手伝っていた。たまたま、母さんもグレタも、奥に引っ込んでた時に、お客さんが来た。


身なりのよい、二人連れの若い男で、一人はラッシル系っぽい黒髪。もう一人は、コーデラ人っぽくて、弓を背負っていた。弓の人が、金色の台に、小粒の黄色い宝石が連なった、綺麗な首飾りを持っていて、


「ここの所に、丁度嵌まるような、黄色い石はないかな?きらきらした感じの。ガラスでもいい。」


と、一ヶ所だけ、土台が空になっているとこを指で差した。穴は、首飾りの、丁度真ん中くらい。だから、目立った。必要な石の大きさは、だいたい、あたしの小指の爪の、半分程度の大きさだったけど。


棚から大きめのガラスビーズと、黄水晶を出して並べたんだけど、どれも何か違う。あれこれ見ていると、ゲルドルが、ひょっこり顔を出した。


二人の客は、びっくりして、弓の人は、首飾りを取り落としそうになった。あたしは、二人が役人か兵士なのかと思い、売り物のナイフを、こっそり手に取った。盗賊だから、殺しはやらないけど、逃がさないようにしないと、と思った。


「ああ、すいません。


俺達、城務めですが、よく似た人がいて。」


と、弓の人が言った。あたしは、まだ緊張して、ゲルドルをちらちら見た。不安で死にそうなあたし、なのに、ゲルドルは落着き払って、人を騙す笑顔で、


「ひょっとして、リーンって女性ですか?先週来た人が、言ってました。」


と言ってのけた。リーンなんて、女の呼名としては、ありふれてるのに。


「あ、いや、流石に女性じゃ。なあ、カイオン。」


弓の人は、どのリーンか、なんて言わずに、いかにも取り繕った調子で、黒髪に言った。黒髪の人は、軽く頭を降ってから、


「同僚の男性ですよ。今、城に缶詰めで。街にいるはずはないから、余計に。」


と、笑った。ゲルドルは、そうですか、大変ですね、と愛想よく答えながら、首飾りを見た。


「これ、今、うちにある石じゃ、どれも合いませんね。これとこれなら、大きさは合うけど、嵌めたら、明らかに違いが出てしまいます。


いえ、嵌めるのは、簡単です。この手のは、そういう造りなので。


もうアリオンとカリビアは回られたんですね?そうですか。


三日後なら、父が確実に仕入れから戻ります。今回は宝石類の仕入れです。黄水晶もあるかもしれません。もし、よろしければ。


はい、カイオン様と、ターリ様、早く父が戻れば、伺いますが。


そうですか、それでは、三日後にまた。」


立板に水の売り込みに、二人は、三日後の昼前に来ると約束し、名前まで名乗って、帰っていった。


あたしは、彼等を見送ると、店を閉めて、逃げ出す準備をした。こういう時の手筈は決めてある。


なのに、ゲルドルは呑気に、


「さて、寝直すか。母さん達に説明しといて。」


と、あくびなんかする。


「明らかに、あんたの顔見て、驚いてたじゃないの。警官じゃないの?前に、デアンのバカが、似た首飾りを役人の奥さんの…。」


「あれを覚えてたのは誉めてやるが、お前、何年、ここに住んでるんだ。カイオンにターリ、奴等は、王子の親衛隊だよ。あの首飾りは、何か儀式用のやつだ。持ち主は、王子のどっちかだろ。本物の金に、細工も凝ってる。あれだけの物、役人には持てないよ。」


あたしは、驚いて黙った。ゲルドルは、


「第一、俺の顔、見た所で、何もないだろ。アルトキャビクじゃ、何もしてないんだから。」


でも、一目惚れはされたかもなあ、なんて馬鹿な事を言いながら、さらに寝直おそうとする。あたしは、また、騒ぐ。戻ってきた母さんとグレタが、喧嘩と思って仲裁する。


「俺が説明するのかよ。眠いのに。」


と、ゲルドルは、同じ話をした。


でも、結局の所、三日後は、ゲルドルは真面目な仕入れに出て、留守にした。念のため、と父さんの命令。あたしは、気になったので、また変装して店番。




今度は、三人で来た。カイオンとターリの他、ガルデゾが着いて来た。




店には、丁度、グレタが出ていた。カイオンとターリは、あれ、て感じの、間抜けな顔をしていた。挨拶しながら、母さんが出てきて、


「ああ、この前のは、息子なんですよ。今日は、主人と仕入れ旅行に出てます。


いえ、ほんと、陛下のお陰で、都は平和で、ありがたい事です。」


と、しゃべくりながら、用意していた石を並べ始めた。


あの黄色い石は、黄水晶じゃなくて、水晶に、金色の、髪の毛みたいな別の物が入り込んで、それが反射して、ああいう色に見えていたらしい。首飾りは、全体を金色に見せるために、土台を金にしていたみたいだ。


「こちらは、ガラスなんですけど、よく似た細工をしてある石です。見た目はそっくりになりますよ。


こっちは、同じ種類の石ですけど、入っている糸が、ちょっと少ないですよ。でも、土台が金ですから、これも見た目はほとんど、変わらないくらいです。


ガラスでも水晶でも、交換できる大きさの、丁度良いのがあって、良かったですよ、本当に。」


カイオンは、見比べてから、同じ宝石にした。首飾りを持ってたのはターリなのに、何故か決めたのはカイオン。母さんはガラスのほうにして欲しいみたいで、台座に嵌めるから、明日渡しになる、と言ったのに。


話の間中、ガルデゾは、グレタを見ていた。その日は、それだけで終わったんだけど、翌日は、カイオンとガルデゾがやって来た。


カイオンは、ゲルドルの話をして、彼はまだ、旅行中なのか、と聞いてきた。彼にも、お礼を言いたい、なんて言って。あたしは、冷や冷やがばれないように、今回はちょっと物騒な地域だから、用心しながらになるし、帰りは何時になるかわからない、と適当に返事をした。


人が大変な時に、母さんとグレタは、ガルデゾに何か商品を勧めていた。妹への贈り物、という話が聞こえてくる。


そのうち、カイオンが、


「ごめん、先に持って帰るよ。」


と、ガルデゾに言って、あたしにも、わざとらしい笑顔向けてから、出ていった。


あたしは、三人が話に夢中になっているうちに、カイオンの後をつけた。


カイオンは、暫く中央通りを進み、ちょっと畏まった果物屋の角で、人と待ち合わせていた。いかにも軍人って感じのおっさんだった。あたしは耳はいい方だから、目につかない範囲まで近づいて、話を聞いた。果物屋の店先には、南の果物の、大きな木像があって、その陰に隠れた。


エイドル、って聞こえた時は、心臓が止まるかと思ったけど、なんとか耐えた。


「まさか、こんな所に。」


「いい商売だったって、事でしょうよ。」


カイオンは、おっさんに、首飾りの入った箱を渡そうとしたけど、おっさんは返して、


「お前から渡せ。」


と言った。


「気長に構えよう。今更だ。」


「これって、借り、なんでしょうかね。」


「聡いからな。意外か。」


何が言いたいのか、解らない会話。ゲルドルの名前は出てないけど、不安になったあたしは、身を乗り出した。


そのとたんに、バランス崩して、木像と一緒に、思い切り、前に倒れた。果物屋の中から飛んで来た店員が、一応助け起こしてはくれたけど、店主のじいさんが、あたしが泥棒だと決めつけて、騒ぎ出した。店の中から、あたしが怪しい行動を取るのを見ていたからだ。


もちろん、泥棒には違いないけど、これは言いがかりだ。あたしの変装が、東の移民みたいだから。まあ、あたしは東の血が入ってるし、狙ってやってるけど。で、こういう上等そうな店は、旧市街から上客が来るから、あたしみたいなのには、こんな態度、平気で取る。


隙を見て逃げようと思ってたら、近くにいたカイオンが、


「この子は、俺の連れだ。怪しい者じゃない。」


と、頼みもしないのに、口を出した。軍人のおっさんは居なくて、カイオンだけだった。


こんな成り行きだから、あたしは、言い訳に、


「ゲルドルに用事があるなら、お祭りの前の日なら帰ってきてると思う。」


って、言わなきゃいけなくなった。



ゲルドルは、この日の夕方に戻った。父さん達も一緒に。


バカ扱いされるのが嫌で、ほんとは黙っていたかったけど、今日の事を話した。でも、父さんは、


「ああ、あの、南の果物を置いてる店か。あの店主、惚けがきてるからなあ。お前だけじゃなくて、『緑の瞳亭』のアニトラや、ケニス一家のジェロスも、絡まれた事がある。宰相閣下のお孫さんにも、失礼な態度を取ったとか。あそこは、ほっとけ。もう、代替わりも早い。」


と、果物屋については、全然気にしなかった。


だけど、カイオン達については、違った。


「問題は、王子の親衛隊だな。ああいう連中は、役人や警察の仕事なんて、馬鹿にして、ようやらん。ゲルドルは素顔は知られてない。だから、心配ないと言えば心配ないが…気になるな。念のため、ゲルドルは、家にいても、店に出るな。旅もしばらく休みだ。」


と、警戒した。でも、ゲルドルは、


「店に出て話すよ。」


と、けろりと言った。


「そんなんじゃ、俺、祭りにも行けないじゃないか。嫌だよ。」


父さんは止めた。母さんは、今の王様がやっつけたマニクロウ家には、当主の一族に、年端も行かない子供や、男の子で遊ぶ、なんて馬鹿な真似をしている奴がいたって、噂話までして、上の人には、とかくそういう事があるから、と、止めてきた。でも、グレタは、


「うちの品物を、凄く気に入ってくれたみたいだし、本当に、お礼を言いたいだけじゃないかしら。


特に、あのカイオンさんは、恋人がいるそうよ。」


と、ゲルドルに賛成した。何で知っているのか聞いたら、グレタは、今日、ガルデゾから聞いた、と言う。


ゲルドルは、


「今の上の連中は、マニクロウの真似なんて、余計にしたがらないだろ。だいたい、避けてたって、限度があるよ。礼を言いたいだけ、なんだろ。言って貰えばいいんだよ。」


と、親の反対なんて物ともしなかった。


「金になるなら、どっちに転んでも、俺は別にいいけど。」


と抜かして。




次の日は、朝から兵士風の男性が何人か出入りしていた。ゲルドルはカイオンが来たら出る、と、引っ込んでいた。この日は来なかった。


翌日は、ゲルドルは店に出た。昨日来た兵士が一人、昨日も買った小皿を、また1枚、買っていった。その後、直ぐにカイオンが来た。この前のおっさんと、ターリを連れて。


カイオンは、目敏くゲルドルを見つけると、礼を言い、今日は、贈り物にする飾りを見たい、と言った。


ゲルドルは、丁度良いのがあります、と、この前の首飾りの石と同じ素材の、ピアスを出した。石が一粒、金鎖にぶら下がってるだけの簡単なやつだ。


キャビク聖女会とコーデラ系の教会は、もともと女の子は産まれた時にピアスをする。男の子はしないけど、田舎の庶民には、「戦争で苦労した証拠」に、開ける人も多い。今の王様があらかた駆逐してしまったけど、負かした集落の男子を、皆殺しにする習慣のある連中が、幅を利かせていた時期があった。男の子の親たちは、ピアスで女の子に見せて、殺されないようにした。


だから、逃げ回る必要のない、上流人は、ピアスの男性は、まずいなかった。耳飾りは正装でつけるけど、耳の縁と耳たぶで固定する、穴の要らない物に限った。


若い男が飾りを買いたがるのは、恋人のため。さすがゲルドル、女物を買うかどうかで、カイオンがどっちか、解るかもね。


と、感心していたら、カイオンは思いがけない行動に出た。


ピアスをつまんで、ゲルドルの耳に当てた。


流石に、ゲルドルも驚いていた。


「あ、ごめん。実際に、耳に着けたら、どんな感じかな、と。耳飾りは、顔と髪との調和が大事、と、友人に聞いてたから。」


ゲルドルは確かにピアスは開けていた。でも、普段は着けていなかった。穴が綺麗に開いていて、外していると、穴があるのが解らないくらいだった。


「お前、金髪で試してもしかたないだろう。いっそ、自分で試せよ。」


と、ターリが笑った。ゲルドルが、真面目に、


「鏡をお持ちしましょうか。」


と言ったので、カイオンも、おっさんも大笑いした。


結局、カイオンは、その耳飾りと、黒い木に銀のビーズを散りばめた、上品な髪飾りを買っていった。


店にいる時は、分からなかったけど、あのおっさん、騎馬部隊で一番偉い、エルキドス隊長だった。カイオンは、その養子らしい。


夕食の時に聞いて、あたしが、初耳、と言うと、ゲルドルに、思い切り呆れられた。


「とりあえず、カイオンには、黒髪の、女の恋人がいるのがわかった。俺に執着してたんじゃなくて、本当に礼を言いたかっただけみたいだな。」


これだけなら、ゲルドルの頭の良さに感心するだけで済んだけど、


「ちょっと残念だな。」


なんて、またしても言うものだから。



それから四日後、上の王子様の、お誕生日の御祝いで、お祭りがあった。王宮は大変で、酔っぱらって、刃物を振り回して、怪我人が出たとか。でも、あたし達は、楽しく騒ぎ続けた。


あまり大勢で行っても目立つから、三、四人ずつくらいに別れた。あたしは、グレタとゲルドルと、最終日に楽しんだ。この日は完全に、仕事抜きだった。


あたし達は、珍しくはしゃぎすぎて、帰りがけに、グレタとはぐれてしまった。とりあえず、二人で帰宅した。この時、かなり遅くなってたんだけど、グレタは、まだ帰っていなかった。


女一人の身だ、探しに行こうとゲルドルが出て暫くして、入れ違いに、丁度帰ってきた。




ガルデゾと一緒に。




グレタは、あたし達を探していて、ガルデゾに会った。彼は、お城から、町にお医者さんを送った帰りだったらしい。グレタの話を聞いて、街の迷子の案内所に、着いてきてくれた。迷子の対象は10歳以下だけど、そこにいた人が、母さんの知り合いで、あたし達が、店の方に行くのを見たから、帰ってるんじゃないか、と言った。


それで、グレタを送ってきた。


この時、王宮は、馬鹿の引き起こした例の事件のせいで、ごった返していたらしい。


そんな中でも、紳士的に送ってくれたガルデゾに、グレタは恋をしてしまった。


ガルデゾもグレタを好きになっていた。彼は、第一王子のエインジャント殿下に仕えていた。しかも、海軍提督のアージュロスの息子だ。


グレタは「身分違い」を気にしていて、母さんも、そこを心配していた。ガルデゾは、店には来ないで、夕食だけグレタと一緒に取って、夜は送ってくれる、というのが多かった。父さんは何も言わなかったけど、グレタのために、家業は廃業するつもりで、徐々に規模を縮小していった。あたしは、次の看板娘って事になったけど、身の振り方に困ったのは、ゲルドルだ。


彼は、盗賊として生き、盗賊として死ぬ…つもりは無いようだけど、盗賊以外の生き方を考えてなかった。


結局、彼は、旅に出ることになった。あたしは、引き留めたんだけど、


「これで最後ってわけじゃないだろ。なんか面白い仕事が見つかったら、一山当てて、帰ってくるよ。」


と、飄々と出ていった。




街を出るまで見送り、一緒にお城を眺めて、


「やっぱり、綺麗だな、アルトキャビクは。」


と話した。白い壁に、黒い屋根のお城。古いけど、立派な佇まい。




昔から親しんだお城の姿。家族でじっくり眺めたのは、この日が最後だった。




盗賊よりも、もっと質の悪い奴等が、都で暴れまわったどさくさに、店は襲われ、父さんとグレタ、仲間とは離ればなれになり、あたしは母さんだけを連れて、都から逃げ出した。




あたしは、後で戻ってくる事ができたけど、母さんは、ウラルノの修道院の病院で死んだ。やっと逃げてきて、ようやく立ち直ろうとした時に、いきなり倒れてしまった。


母が死んだ後も、あたしは、しばらく、修道院で働いた。衣食住を世話になってるから、賃金は殆んど貰えなかったけど、都に戻って、人探しをするには、お金がいる。それに、やっぱり、直ぐに戻るのは怖い、というのもあった。


都を巡って、王様達を含めて、何勢力かが争っていた。この修道院は、俗世の話はタブー、って慣習だったけど、峠にあったから、旅人が、たまに都の噂を運んできてくれた。それに寄ると、都を襲ったのはラッシルの流れ者達で、グルエイドル殿下を暗殺しようとしたらしい。でも、殿下が助かって、都の騒ぎが収まったのに、国王陛下が殿下の謀反を言い立てて、ヘボルグに臨時に都を置いて、争っているらしい。


他に、リルクロウ・キャビク、デラクレス・キャビクという士族が出てきて、ややこしい事になっていた。止めに、キャビク山も噴火して、大変な事になっていた。ウラルノのほうが、火山に近いのに、軽い地震だけで、大した被害はなかった。反対に、都は、火山灰や石が降ったとか、川が氾濫反乱したとか、色々言われていた。


でも、とにかく、いつかは戻らないと、ずっと思っていた。


そんなある日、、修道院長から、話があった。


「ある高貴なお方が、武器を使える侍女を探しているの。修道女には少し心得のある者もいるけど、貴女ほどじゃないから。


それに、貴女、料理も得意だし、子守も出来るでしょう。ラッシル語とコーデラ語も話せるし。」


と、あたしに仕事を持ってきてくれた。あたしは、ちょっと迷ったけど、父さんとグレタ、ゲルドルの行方を知るために、修道院を出た。




その、高貴なお方の一行を訪ねて、紹介状を持って行った時、あたしは、死ぬほど驚いた。




その一行の中に、ゲルドルがいたから。








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