2.コールセンターはつらいな

「お電話ありがとうございます。○○カスタマーセンター○○が承ります」


 スプリクトの冒頭はこんな感じだったか。


 私が派遣会社に登録して初めて就業したのは、健康食品の解約阻止の窓口だった。

 目標値はあるが個人ノルマはなし。クレームはそれほどないし、SVがサポートするから未経験者でも大丈夫。そういう紹介を面談で受け、ものは試しと経験を積むために、地下鉄一本で通えるコールセンターに決めた。


 選択肢は他にも、事務やタイピングの仕事などがあった。

 人と喋らず、一人で黙々と作業をしたかった私はタイピングを希望したのだが、PCなんてまともに触ったこともなく、テストの結果、残念ながらと言われた。

 派遣会社の営業担当者から「とりあえずやってみて、合えば続ければいい」と助言を貰い、思い切ってのコールセンターという、あまり本意ではない決断だった。


 研修の講師をしてくれた若い女性のSVはとても優しく、フレンドリーで面倒見のいい金髪ショートの可愛らしい人だった。

 ブースはそれほど広くはなく、別部署と合わせて二、三十人くらいが受電しているこじんまりとした環境。そのためか、SVは三人しかおらず、手が回っていない様子だった。


 研修はたった二日で終わり、すぐに解約阻止の受電が始まる。

 解約のルールや、各プランの料金、期間、切り替えしトーク……

 頭には入れているつもりだが、ミスは起きてしまう。

 話し方やツールの使い方など、丁寧に指導してもらうがなかなかうまくいかない。


 そもそも解約阻止とは何か。このコールセンターの場合は、健康食品を利用しているお客様が解約のために電話をしてくるのだが、それを何とか食い止め、契約を続けるように提案するということだ。

 相手の意思を百八十度変える必要があるため、容易なものではない。

 とは言え、目標の阻止数は設定されているわけで、順位のようなものも壁に張り出されている。


 研修のときとはSVの人が変わり、「諦めない」が口癖の、真面目でハキハキしたこれまた若い、黒髪を後ろで短く結んだ女性が中心に受電のサポートをしていた。

 私も何度か解約阻止に成功し、そのたびに褒められたが、数は思うように伸びず、反省会やロープレなどのために受電をしない時間も設けられた。


「今日は○○さんと○○さんはロープレで。その後少し受電しようか」


 一緒に入社した人たちはすでに実績を上げ、ランキングにも名前が載るようになってきている。

 私の後からも新人は毎週のように入ってきており、人の入れ替わりが激しいことが見て取れた。


「ロープレばっかで暇ですねえ」


「そうですね……一応一回ずつ読んで、その後はやってるふりしときましょ」


 人によっては真剣にスクリプトを読み合い、アドバイスを出し合ったりもしたが、一度、同年代の青年とペアになったときに雑談をした。


「え! 小説……! 初めて会いました、小説を書いてる人!」


 その人は病気で働けない期間があったそうで、今は体が回復して派遣で仕事をしていると言っていた。


「きっかけって何だったんですか?」


「ある漫画を読んで、それつながりで見たまた別のアニメに影響されて、その作品の原作がラノベだったんです。自分でも作品を作ってみたくて、アニメ化なんかできたらいいなって思ってます」


 ロープレばかりで嫌気がさしていたが、その中で知ることができた他人の人生。

 自分が恵まれた環境にいることを実感し、挑戦できる権利を持っている現在を大切にしなくてはならないと、心から思った。



 翌日。四月末にしては最高気温十六度という肌寒さ、天気は大雨。

 この日、私は四人グループを組まされ、一人ずつ順番に受電するという予定を朝一に指示された。

 私の順番はラストで、ここまでの流れからいけば出番は午後からになるだろう。


 昼休憩に外のショッピングセンターへ出かけ、土砂降りの中なんとか座れる場所を見つけてチョコパンを食べた。


 四人グループのうち、三人は受電が終わり、各々反省やアドバイスの時間をとっている。その間、私には特に何の指示もなく、何もしないのは気が引けると思い、スクリプトの読み込みや、軽い音読を繰り返した。


 そして、時刻は十七時。帰宅時間だ。私は今回が初めての派遣先だったため、通常よりも一時間短いシフトにしていて、慣れたら十八時上がりにするつもりだった。

 結局私は、朝一に「○○さん順番最後で」と言われたのを最後に一度もそのSVに声をかけられることはなかった。


 途中で勘づいていた。自分は無視されていると。

 SVは三人いると前述したが、若い女性二人と、男性一人だ。

 私に順番まで待つように指示したのは、指導に熱が入る真面目な女性。

 私が何もしていないことに気づいたのか、昼頃に一度、男性のSVが真面目な女性のSVに「○○さんは今何をしているのか」と尋ねる声が聞こえてきた。

 だが、「待機させてます」と一言返しただけで、その後私へのアプローチは一切なし。

 研修のときにお世話になった女性のSVが、心配して声をかけてくれた。

 私は、「待機してるので大丈夫です」と笑顔でお礼を言った。


 何度も悩んだ。「僕はずっと待機したままでいいんですか? 他の人は二週目とか入ってるけど僕は何をすればいいんですか?」と、真面目なSVに質問をするかを。

 しかし、待機を命じたのはそのSVだ。昼休憩から戻った後、声を掛けられなければ自分は必要とされていないと判断し、そのままこの会社を辞めてやろうと考えていた。


 実は少し前に、派遣元の営業担当者から四月で契約満了になることを告げられていた。それを知っていたのかわからないが、未来のない私に割く時間など無駄だと彼女は思ったのかもしれない。


 帰宅時間の打刻を済ませ、研修担当の優しい女性SVに今日限りで辞めたいと申し出た。


「もしかして、あれから何もできなかったの?」


「はい、ずっと指示を待ってたんですけど、結局一日が終わりました。こんな状態が続くのなら、もう辞めたいです」


「無理に止めはしないけど、辞めちゃって大丈夫? このセンターで何か学びたいことがあるのならもう少し続けてみてもいいかもよ?」


「でも僕、今月で契約が終わりって言われてて、どっちにしろ辞めないといけないんです。だから、今日みたいにずっと無視されるってことは、自分は必要とされてないんじゃないかと感じてしまって、だったらいっそ最後の日まで待たずに、今すぐ辞めたいんです」


 自分で言っていて泣きそうになった。二十二年生きてきた中で最も己の無力さを感じた。

 SVの中で一番立場が上の男性にも事情を説明した。


「せっかく丁寧にご指導いただいたのに、期待に沿えず申し訳ないです」


「いえ、こちらこそ管理が不十分で申し訳ない。派遣会社にも僕から伝えておきます。ここで学んだことはいつか別の場所でも活かせるタイミングはあると思うので、今後の活躍を願ってます」


 この日、私は朝から夕方まで周りが受電する中、PCの前に座っているだけの異常な時間を過ごした。

 真面目な女性のSVとの会話は二度となく、同期や仲良くなった人たちとのお別れの挨拶をすることもできず、静かにブースを退出した。


 真面目な女性のSVは「諦めない」と指導中によく言っていたが、私のことを諦めていたのはそのSVの方だった。

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夢って決めなきゃだめですか? 伝子 @denco_

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