夢って決めなきゃだめですか?

伝子

1.コールセンターは楽しいな

 コールセンターで働くのは嫌だな。自分に合わない。めんどくさそう。だってクレームのイメージしかないし、そもそも人と話さなくて済む仕事がしたい。というか働きたくない。

 なぜ、数ある選択肢の中で、コールセンターという道に出くわしているかって? それは私が、派遣会社に登録しているからだ。

 これを言うと次に、なぜ派遣会社に身を預けているのかと問われるだろう。今までも散々聞かれた。


「大学行ってましたか?」


 まあ、気になるのかな。私は他人にほとんど興味がないから、こちらから経歴を訊くなんてことは滅多にない。訊かれたら素直に答えるけど。


「はい、○○大学行ってました」


「中退ですか?」


 せっかく訊いたなら、それも含めて詳しく知りたいだろうな。大学卒業してるんだったらお前はこんなところで何をしてるんだ? そう言われそうだと思いながらも。


「いや、四年でしっかり卒業しました」


「就活とかしなかったんですか?」


 そうだよな。やっぱおかしいよな。留年もせず、四年間必死こいて単位をかき集め、大学を卒業していざ今いるのが、派遣先のコールセンターなのだから。


「したんですけど、なんか自分に合わないっていうか……就活っていうイベントが僕には嫌で仕方なかったんです」




***




 幼稚園の頃に書いた将来の夢。


 『さっかーせんしゅ』『やきゅうせんしゅ』……あと『ウ〇トラマン』もあった気がする。



 小学校高学年から執拗に開催される、将来について考える時間。

 いやいや、ないって。

 確かに、小学校に入学してから『ペットショップの店員』とか『昆虫写真家』とかいろいろ言ってきたけど。あれらは全部幼いながらに考え抜いて絞り出した、苦渋の将来の夢だから。


 『ぼくにはまだ将来の夢や目標がありません。なので、中学校ではそれを見つけられるように勉強や部活を頑張ります』


 いい逃げ道を見つけた。それ以上答えを求めようとはせず、自分の未来を考える時間が終わるのを、ただ教室の椅子に座って待っていた。



 『僕はまだ将来の目標がありません。そのため、今僕が挑戦できる最難関の公立校を受験します。偏差値の高い学校に入学できれば、その分、後々の選択肢も広がると思うので、夢を見つけるためにも勉強を頑張ります』


 中学三年間が終わっても見つかることはなかった夢。公立高の受験には落ち、滑り止めの近所の私立高に入学することになった。結果的にはそれで大満足だったが、それはそれとして。



「大学進学は考えてますか?」


「はい。○○大学を考えてます。まだ将来のことは何もわからなくて、具体的なプランはないんですけど、附属校推薦でいけるし、就職も有利になるので。大学生活の中で夢や目標を見つけられればいいなと思ってます」


 夢を見つけるのが目標になっていることは、私の中ではもはや当たり前のことで、まじめに考える気なんかさらさらなかった。



「経済学部を希望する理由は何ですか?」


「はい。世の中の動きやお金の仕組みについての理解を深めたいからです。就職などの将来にも活かせるし、経済の歴史を学んでこれからの自分に何ができるかの参考にしたいです。本は普段あまり読まないので、入学までになるべく多くの書籍を手に取ります」


 大学に入学しても、将来の夢は見つからないだろうなと、薄々感じていた。

 就活にも身が入らない中、周りの友達は次々に内定をもらって遠退いていく。

 このままゴールテープに触れずに、脇道にそれ、一人取り残されるかもしれない。


 しかし、コロナ禍が消沈し大学へ次第に通えるようになってきた、四年の四月中旬。数百人は座れる広い講義室で授業を受けているとき、突然ある一文が頭の中に浮かんできた。



 ――――――――――――――――――――


「○○さーん!おはよー!」

 ○○はいつものように、いやいつもよりも元気よく仲の良い憧れの女の子に話しかけた。

「・・・誰?」

「へ?」


 ――――――――――――――――――――


 これが私の夢の始まりだった。




 ***




「就活かー。自分なんて、大学中退したんでまともな仕事がなかなか見つからなくて……」


「そうなんですね……就活ってみんな嘘ばっかりついて好感度あげようとするじゃないですか。僕にはそれがどうしてもできなくて。IT関連の企業をいくつか受けてきたんですけど、別に絶対入りたいわけでもないし、うわべだけの向上心じゃ受かるわけないですよね。それだったら派遣で一先ず何でもいいから仕事をしようと」


「それで派遣会社に……ちなみに将来やりたいこととかあるんですか?」


 この質問をされるのは人生で何度目だろうか。過去の私は「ない」と笑ってごまかしてきた。だが、今ならはっきりと答えられる。小学生の私に教えてやったらどんな顔するかな。


「実は今、小説を書いてて、ヒットさせるのが夢なんです」


「小説!? すごい、めちゃくちゃいいじゃないですか!」


「まだ書き始めで、模索中なんですけどね」


「自分にはそういう夢とかないから羨ましいです。売れるといいですね」


 初めて誰かに夢を語った瞬間だった。友達にも、親戚にも言っていない。ただ一人を除いては。

 社交辞令で褒めたのかもしれないが、私にはそうは思えなかった。

 自分がレアケースなのは重々承知していたものの、こうまで反応がいいと気分が良くなる。やっと答えが出せたという、長くて深い霧が晴れたような快感に近い。


「じゃ、このコールセンターが初めての職場なんですか?」


「そうです。三月に卒業したばかりなので」


「自分もコールセンターは初めてです。前はバーの店員をやってたんで、朝型の生活に切り替えるのが大変なんですよね……」


「まだ研修二日目ですし、これから頑張りましょう! 仲良くなれて嬉しいです!」


 同期の人やSVの人とも仲良くなり、好調のスタートを切ったはずだったが、私はこのコールセンターを二週間ちょっとで辞めることになった。




 ――――――――――――――――――――


SV:スーパーバイザーの略称。オペレーターの教育やフォローなどを担当し、コールセンターのリーダー的存在にあたる役職。オペレーターからの質疑やクレーム対応を請け負い、クライアントの要望や目的を把握し、業務の成果を報告したりもする。

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