番外編 愛に生きる男

 漣先輩の恋愛相談から数日後、夜遅くに出現した怪人をルビーの代わりに倒した直後のことだった。


「待ってくれ」

「……何か用でも?」


 帰ろうとした俺を呼び止めたのは、件の副会長、藍澤誠也だった。

 もう日付も変わる頃だが……何故こんな所にいるのだろうか。


 俺が疑問に思っていると、副会長が口を開いた。


「少し話がしたい、籾杉」

「ッ……!」


 俺の正体がバレている……!?

 変身はまだ解いていないので、何故バレているのか検討もつかない。

 彼の方へ向き直り、警戒を強める。

 すると、副会長は両手を上げて首を振った。


「すまない、これではフェアじゃないな」


 そう言うと、彼はかけていた眼鏡を外す。

 それと共に、髪や瞳の色が青に染まっていく。


「俺も怪人なんだ。俺の眼には相手の正体を見破る能力が備わっている」


 つまり、俺も優歌も漣先輩も、皆正体がバレているということか……。

 下手に抵抗するのは得策ではないな。

 変身を解き、仮面や帽子、マントを消滅させる。


「……それで、話というのは?」

「単刀直入に言う。蒼依と付き合いたい」


 ……あれ? 普通に脈アリじゃん。

 恋愛に興味無いと思ってたら普通にあるし、それどころか付き合いたいとまで言っている。

 漣先輩も副会長のこと信頼できるって言ってたし、解決じゃね?


「普通に告白したらいいんじゃないですか?」

「だが、俺は怪人で蒼依は魔法少女だ……」


 あーうん、すごいわかりますその気持ち。

 それはもうめちゃくちゃよくわかる。


「怪人になった経緯はどうなんですか?」

「あれは、今から三年前のことだ……」


 副会長は、懐かしむように語り始めた。


「下校中に、俺は怪人に襲われた。当時の俺はまだ怪人ではなく、戦う力など持ち合わせていなかった。はっきり言って死んだと思った」


 俺は怪人になってからしか怪人と対峙したことはない。

 力のない状態で怪人が目の前に現れる恐怖は、きっと俺には推し量れないものだろう。


「だが、俺は死ななかった。魔法少女サファイアに助けられたからだ」


 副会長は、薄く笑みを浮かべる。


「美しいと、そう思った。当時の俺と同じくらいの少女が、怪人に勇ましく立ち向かうその様が。そして同時に彼女の事をもっと知りたいと考えた……つまり、一目惚れしたということだ」


 少しの間を置いて、副会長は続ける。


「俺が怪人になったのはその時だ。立ち去るサファイアの背を見ていた時、何故だかその正体が当時クラスメイトだった漣蒼依であると分かった……要するに、俺は蒼依に惚れて怪人になったというわけだな」

「……なるほど」


 おっぱいが揉みたくて怪人になった俺とは比べちゃいけないやつでした。

 俺よりよっぽどまっとうな理由である。


「だが、俺は気づいてしまった。怪人になった俺には、魔法少女である蒼依に恋をする資格など無いということに」


 自嘲するように、副会長は言う。

 まるで悩んでいた時の俺のような口ぶりだ。

 彼はそのまま続ける。


「だから俺は、恋心を心の奥底に閉じ込めた。恋はできずともせめて蒼依の力になれるよう、必死で努力してきた」


 なるほど、つまり恋愛に興味がないように見えていたのはそれを全力で隠していたからというわけだ。

 おっぱい欲に逆らってきた俺と同じ……はちょっと失礼か。

 とはいえ方向性は同じようなものだろう。


「だが、そろそろ限界が近い。蒼依への愛が、止められないんだ……!」


 欲を抑え込むことによる衝動も、身に覚えのあるものだ。

 俺がおっぱいより先に優歌を好きになっていたら、彼のようになっていたのだろうか。

 そんなことを少しだけ思った。


 ……てか欲望がおっぱいの俺と違って怪人なの簡単に隠せるんじゃないか?

 はっきり言ってただの漣先輩のこと好きすぎる人だし。


「隠したまま付き合うのはダメなんですか?」

「俺は蒼依に対して、常に誠実でありたい。騙すような真似はしたくないんだ」


 真面目だなぁ、芯まで圧倒的に真面目。

 まあでも別に怪人だってバラしてもいけると思うんだよな、なんたって俺で大丈夫だったんだし。


「なあ籾杉、お前はどうやってルビーと付き合った? 成功者の話が聞きたい」

「俺は特に何もやってないですよ。正体がバレて、それでも優歌が受け入れてくれた。それだけです」

「蒼依は、俺を受け入れてくれるだろうか……」

「大丈夫だと思いますよ。ただ……」


 問題は付き合った後なんだよなぁ……。

 振られたがっている漣先輩と認識にズレが生じることは避けられないだろう。


 そのことを言うかどうか迷ったが、俺は結局言うことにした。

 個人的に、副会長の恋を応援したいと思ったからだ。


「漣先輩は付き合った後に捨てられたがると思います」

「俺はそんなこと絶対にしない!」


 突然感情をむき出しに叫ぶ副会長。

 気持ちはわかる。

 怪人になるほどの想いとはそういうものだ。


「わかってますよ。だから、俺は先輩の愛が勝利することを願ってます」

「……わかった。助言、感謝する」


 最後にそう言い残し、副会長は夜の闇に消えた。


 振られたがりの魔法少女と愛に生きる怪人。

 二人の熱く末永い戦いが今、始まろうとしていた。

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