第33話 おっぱいより大切なもの

 赤崎の胸を揉み、正体がバレた。

 越えてはいけない一線を越えた。

 もう、人として生きることなんてできない。

 ……赤崎と共にいることなどできない。


 俺はひたすらに絶望し、部屋に引き篭っていた。


「俺はクソ野郎共と同じ、性根の腐ったゴミ、人権なんて存在しない……」


 ベッドの上で蹲り、ひたすらに己への憎悪を垂れ流す。

 赤崎からのメッセージが溜まっているが、怖くて開けないでいた。


 もう、人の前に出ることは出来ない。

 欲に負けた俺はもう、死ぬまでこうしているしかないのだろう。

 自分の不甲斐なさや、先の見えない未来を憂い、怪人の癖に涙を流す。


 そうやって数日がたった頃。

 増えていく赤崎からのメッセージを開けないでいる俺のもとに、陽葵さんからのメッセージが届いた。


 恐る恐るメッセージを開いた俺は、思わず目を見開いた。

 学校の屋上、優歌ちゃんが危ない。

 メッセージにはそう綴られていたのだ。


 体が勝手に動きはじめる。

 そんな資格はないとか、俺が怪人であるとか、そんなことはどうでもよかった。


「赤崎ッ……!」


 窓を開け、部屋を飛び出す。

 髪も瞳も完全に赤に染まった俺は、変身せずともほとんど変わらない力を出すことができるようになっていた。

 それでも空中で変身したのは、泣き腫らした顔を赤崎に見られたくなかったからだろう。


 赤崎を守りたい。

 怪人に成り果てようと決して揺らぐことのないその思いだけが、俺を突き動かした。






 そして今、怪人を倒し立ち去ろうとした俺の腕を、ルビーが掴んでいた。


「話したいことが、あるんです……」


 瞳に涙を貯めながら、ルビーはそう切り出した。

 正直なところ、ただひたすらに怖い。

 しかしそんな心情とは裏腹に、その手を振り払うことはできなかった。


「先輩……私、先輩のこと騙していたんです」


 ルビーの変身が解ける。

 俺もまた、変身を解く。

 ただの籾杉志抱とただの赤崎優歌が、互いの目を見つめる。


「本当は先輩が怪人だって知ってたんです。初めて助けてくれた、あの日から」


 まさか、気を失っていなかったというのか……?

 衝撃で言葉が出ない。

 赤崎はそのまま続ける。


「私を助けてくれた人の事が気になって、知りたいって思ったんです」


 そこまで言って、赤崎は俯く。

 しかし、絞り出すように続ける。


「私が先輩の正体を知っていることがバレたら、避けられるんじゃないかって思いました。先輩が悩んでるって分かってたのに、怖くて言えませんでした……!」


 赤崎が俺に抱きつく。

 俺の顔を見上げ、必死で言葉を紡ぐ。


「私、先輩のことが好きなんです! 人間とか怪人とか関係ないです! いつも優しくて、私のことを助けてくれて……そんな先輩のこと、全部含めて大好きなんです!!」

「でも俺は、お前に酷いことをした……」

「そんなのお互い様です、私だって酷いことをしてたんです……! それに、先輩になら、お、おっぱい揉まれても……いい、です」


 夢かなにかかと思った。

 こんなことがあっていいのだろうか。

 だってこんなの、あまりにも俺に都合が良すぎる。

 怪人の俺が、魔法少女である赤崎に受け入れてもらえるなんて……。


「だから、ずっと一緒にいて欲しいです。もうどこにも行かないで欲しいです……!」

「赤崎……」


 赤崎は縋り付くように、俺の胸に顔を埋める。


 怪人になっても、変わらない気持ちがある。

 俺が何者であろうと、赤崎のことが好きなんだ。

 たとえ人前で生きる資格がなかったとしても、赤崎を悲しませることなんてしたくない。


 俺は怪人だから、欲に忠実に生きる。

 赤崎と一緒に過ごしたいし、ずっと守りたい。

 その欲望を叶えるためなら、他のことなんてどうでもいい。


 赤崎の小さな背に、腕を回す。


「俺も怖かったんだ、怪人だとバレたら拒絶されるんじゃないかって。でも、そんな俺を受け入れてくれるなら……」


 片腕を回したまま、反対の手で頭をそっと撫でる。


「ずっと一緒にいよう、赤崎。俺もお前のことが好きなんだ……」

「はい……!」


 俺たちは強く抱きしめ合う。

 おっぱいの柔らかな感触よりも、一緒にいられる喜びの方が大きく感じられた。


 それからしばらく、俺たちはそのまま抱きしめ合っていた。

 ……ドアの前に立つ漣先輩が、口をあんぐり開けたまま固まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る