第32話 四つ腕、再び

◆赤崎優歌視点


 あれから数日、先輩が学校に来ることはなかった。

 メッセージも送ったが、全て未読のまま。

 私は一人、屋上でお弁当を食べる。


「……私のせいだ」


 私が先輩を騙していたから。

 先輩はずっと悩んでいたのに、全部一人で背負わせてしまった。


 招いたのは最悪の結果だ。

 先輩は傷つき、日常は壊れてしまった。

 私が勇気を出していれば、もしかしたらもっといい結果になったかもしれないのに。


「うぅっ、ごめんなさい、先輩……!」


 自然に涙が溢れ出す。

 あれからずっとこんな調子だ。

 罪の意識に押しつぶされ、泣きじゃくる。


 そんな時だった。


「獲物、見つけたぜぇ?」

「か、怪人……!」


 突如として、怪人が現れた。

 筋骨隆々の巨躯に、四本の腕。

 強い威圧感を放つ怪人を前に、指先が震える。


「ここらはテメェ一人らしいからなァ? じっくりいたぶってから殺してやるよ!」

「……そんなこと、させません!」


 勇気を振り絞り、変身する。

 コスチュームと共に作り出したステッキを、強く握りしめる。


 正直勝てる気がしない。

 よく見れば、陽葵さんと蒼依さんが負けたという怪人に似ている。


 でも、ここで引くわけにはいかない。

 どんなに悪い子だったとしても、私は魔法少女だから。


「はあぁっ!」


 牽制の魔法弾は使わない。

 威力の低い私の魔法弾でダメージを与えられるとは思えないし、撃つだけ魔力の無駄になってしまう。

 最初から、魔力をステッキに込めての殴打を繰り出す。


「そんなんじゃ効かねえぞぉ!」

「そ、そんな……!?」


 ステッキの一撃を、四つ腕の怪人は腕をクロスさせることで受け止める。

 そして、そのまま弾き返されてしまう。


「多少は骨のあるヤツみてえだが、俺には通じねえ」

「……だったら!」


 ステッキにさらに魔力を込めていく。

 大量の魔力により、ステッキが薄らと赤い光を放ち始める。


「隙だらけだぞォ!!」


 チャージ中の私に向かい、四つ腕が高速で迫る。

 ……まずい、回避が間に合わない!


 被弾を覚悟した私だったが、その拳が私に届くことはなかった。

 青白く輝く剣が、その攻撃を受け止めていた。


「ぐっ……貴様の好きにはさせない!」

「はん、またやられに来たのかテメェ! 」


 今日は学校のある日で、ここは学校の屋上。

 この学校の生徒会長である蒼依さんも、怪人に気がついていたのだ。


「おらよ!!」

「ぐ、ぐあぁっ!」

「サファイアさん!」


 しかし、その力の差は歴然だ。

 怪人が腕を振るい、サファイアさんは入口のドアまで吹き飛ばされてしまう。


 魔法少女サファイアの魔力量はあまり多くない方で、それを蒼依さん自身の技術で補っている。

 故に、単純な力押しにどうしても弱くなってしまうのだ。


 だが、時間を稼いでもらったおかげでチャージは完了した。

 私はステッキを振りかぶり、怪人に向かって高速で飛んだ。


「やぁぁあああっ!!」

「死ねやァあ!!」


 赤く輝くステッキと怪人の拳がぶつかり合い、拮抗する。

 しかし、ステッキ一本に対して怪人の腕は四本。

 残った腕によって繰り出された拳を、回避することもできずに受けてしまった。


「あぐぅっ……!」


 吹き飛ばされた私は、立ち上がろうとしていたサファイアさんを巻き込んでドアに突っ込む。

 強烈なダメージに、二人とも立ち上がれなくなってしまった。


「くっ、ここまでか……!」

「先輩、ごめんなさい……」


 私たちはおそらく殺されるだろう。

 魔法少女をやる以上、その可能性は理解しているつもりだった。

 しかし、実際に迫る死の恐怖で、体が震えてしまう。


 怖い、死にたくない。

 それに、先輩に謝ることもできないなんて。


「これで終わりだなァ、魔法少……ごぶぅッ!!」

「おい、何してんだこのクソ野郎」


 トドメをさすべく迫る怪人の腹に、突如として大穴が開いた。

 帽子とマントを身に纏う仮面の怪人が、その拳で怪人を貫いたのだ。


「先輩……!」

「え、先輩? え?」


 サファイアさんが、私と先輩を交互に見て困惑している。

 そんな様子を後目に、先輩は魔力の刃を生み出す。


「前回は仕留め損なったからな……二度と復活できないようにバラバラにしてやるよ」


 もはや断末魔すら残らなかった。

 超高速の斬撃により粉々になった四つ腕の怪人は、そのまま黒いモヤとなって消えていく。


 先輩はチラリと此方を見て、それから踵を返す。


「まってください!!」


 反射的に、私は先輩に向かって跳んだ。

 既に限界を迎えた体に鞭打って、先輩の腕を掴む。

 振り返った先輩は、仮面越しにも分かるほどに悲壮感を漂わせていた。


「話したいことが、あるんです……」


 もう逃げるわけにはいかない。

 先輩だけに背負わせたりしない。

 もう二度と後悔しないように、私の気持ちを伝えるんだ。

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