第21話 踏み込まない

 二学期が始まって早々、学校では体育祭の準備が開始されていた。

 クラスでは出場する種目決めが行われたのだが、俺はまさかの短距離走に抜擢されてしまっていた。


「なあ廉、なんで帰宅部の俺が短距離走になってるんだ? 普通もうちょっと目立たない競技になると思ってたんだけど」

「なんでって、そりゃ足が速いからだろ?」

「いや、まあそれなりに速く走れはするけど……」


 俺は部活動を行っていないが、もとより平均よりは運動ができた。

 その上で怪人化による影響により、陸上部にも引けを取らない程に速く走れるようになっている。

 授業でいちいち手を抜いたりしていなかった俺が選ばれるのは、実力的にはありえる話であった。


「赤崎ちゃんにいいところ見せるチャンスだぜ?」

「別に足が速くても何もないだろ……」


 相変わらずの腹立つ笑顔に恋愛脳。

 新学期になっても、未だに俺と赤崎をくっつけたいようだ。


 俺は自分が走るんじゃなくて赤崎が走ってるのを見たいけどね?

 だってどう考えたって揺れる。

 何がなんて言うまでもなく揺れるのだ。


「ま、せいぜい頑張れよ!」

「迷惑はかけないようにするよ」


 別にわざわざ手を抜こうとかそんなことは考えていない。

 そもそも俺が普通の人間だったなら、授業も寝ずに受けてるだろうし屋上に入り浸ってもいないだろう。

 あくまでも、ちょっと人よりおっぱいが好きなだけの一般男子高校生だったはずなのだ。






 悲報、赤崎走らない。

 昼休み、体育祭の出場競技を赤崎に聞いてみたところ、短距離走や障害物競走などには出場しないことが判明した。

 つまり、赤崎のおっぱいがトラック上で躍動する様をこの目に焼きつけることが叶わないということである。


「厄日だ……」

「えっと、何か嫌なことあったんですか? 私でよかったら相談乗りますよ……?」

「嫌なことはあったけど相談できないんだ……」


 当然ながら、お前のおっぱいが揺れる競技が見たかったんですなんて言えるわけがない。

 そんな事をすれば、これまで必死で普通を装ってきたのが全てパーになってしまう。


「そうですか……」

「別にお前のこと信用してないとかじゃないからな? ただ内容が合わないってだけだ」


 これまでもおっぱい関連の悩みをすべて誤魔化してきたせいか、赤崎に相談をしたことはほとんどない。

 赤崎はそのことを気にしているようだった。

 てかよく考えたら俺の悩みほとんどおっぱいの事だな……。


「また何かあったら言ってください、私にできることなら何でもしますからね!」

「お、おう……気持ちは受け取っとくよ」


 俺の手を取ってブンブンと振る赤崎。

 尻尾があったら振ってそうな勢いである。


「……なんか俺、赤崎にいろいろ貰ってばっかりな気がするな」

「そうですか?」

「普段の弁当だってそうだし、この前の相談も聞いてもらったし……」


 あとおっぱいを揉ませていただいております。


 俺の日常は赤崎で彩られていると言っても過言ではないと思う。

 それに対して俺は何もできていない。


「でも私、先輩が仲良くしてくれるから寂しくないんです。お弁当をいつも褒めてもらえて嬉しいですし、忙しい私のことをいつも気にかけてくれてますし」

「そ、そうか……赤崎がいいならいいんだけど」


 赤崎の笑顔が眩しい。

 話せば話すほどに、俺は赤崎のことが好きなんだなと実感させられる。


 赤崎も俺の事を悪くは思ってないようだが、それは人間の籾杉志抱に対してのことだ。

 俺は怪人で赤崎は魔法少女。

 正体がバレたら確実に終わる関係。


 今の関係を続けるだけで精一杯の俺に、その先へ踏み込む勇気なんてあるはずもない。

 俺はただとにかく、少しでも長くこの日常が続くことを願うしかできないのだ。


「暗い話はこれくらいにして、ご飯食べましょう!」

「ああ、そうだな」


 話を区切るように、赤崎は弁当を広げる。

 俺もまた、足りるはずもないパンを取り出す。

 そうして今日もくだらない話をしながら、楽しい時間を過ごしていく。

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