第19話 人間、籾杉志抱

 結局、赤崎を泳げるようにはできなかった。

 一応何もせず浮くぐらいならできるようになったが、怪人の出現もありそれ以上はできなかったのだ。


「せっかく教えてくれたのに……すみません」

「気にすんなって、得意不得意なんて誰にでもあるもんだ。それに、俺たちはそもそも遊びに来たんだからな」

「泳ぎならばそのうち私が教えてやろう」

「は、はい!」


 ちなみに漣先輩は怪人出現の時までずっと泳ぎ続けていた。本当に人間か?

 最早変身の必要性を感じないまである。


「てか三人ともどの辺に避難してたんだ? プール出たら俺だけになってたから超不安だったんだけど」


 この中で唯一普通の人間である廉は、当然ながらプールから避難していた。


「あ、ああ、それはだな……」

「えーっとですね……」

「色々あってだな……」


 魔法少女と怪人になってました、なんてもちろん言えない俺たちは、三人揃って適当に誤魔化す。

 そんな様子に廉は首を傾げつつも、これ以上深く追求することはなかった。






 それから途中で廉と漣先輩とは別れ、赤崎と二人で電車に揺られていた。

 赤崎はぼんやりと、何か考えごとをしているようだ。

 しばらく無言の時間が続いた。


「先輩」

「ん、どうした?」


 軽く下を向いたまま、赤崎がおもむろに口を開く。


「先輩、前に私のこと守ってくれるって言ったじゃないですか」

「ああ」


 少し間をあけて、赤崎は続ける。


「もしも、今日私が怪人に襲われていたとしたら……」


 此方を向いた赤崎と目が合う。

 瞳が薄らと潤んでいる。

 何かを恐れるような、そんな表情だ。

 

「……私のこと、守ってくれましたか?」

「……ああ、お前は俺の大事な後輩だからな」

「そうですか……嬉しいです」


 瞳を潤ませたまま、軽く微笑む赤崎。


 自分で言ってて酷いなと思う。

 半分見捨てたようなことをしておいて、よくもそんなことが言えたものだと。

 自分が前に言ったことなのに、よくもあんなことができたものだと。


 赤崎を騙しているという事実が、目の前に突きつけられている。


 赤崎はきっと今日のことで、いざという時見捨てられるんじゃないかとか、そういう不安が湧き上がって来たんじゃないかと思う。


「……俺はお前といるのが一番楽しいよ」

「本当ですか?」

「ああ、だから何があっても絶対守る。嘘じゃない」


 俺は赤崎の頭を軽く撫でる。

 赤崎は目を細め、体を寄せる。


 人間、籾杉志抱は赤崎優歌のことが好きだ。

 俺の事を慕ってくれて、笑顔が可愛くて、料理が上手くて、たまにちょっと失礼な赤崎のことが。

 怪人、籾杉志抱は魔法少女ルビーのおっぱいが好きだ。

 ……ただ、それだけだ。


 今はまだ、赤崎を大事に思う気持ちの方が強いと信じている。

 なのに、俺はすぐに助けなかった。

 守りたいはずなのに、目先の欲に負けた。


 日に日に強まっていく怪人としての欲望、意思。

 もしそれに完全に飲み込まれて、一線を超えてしまったら。

 きっとそんな俺に赤崎と共にいる資格はないだろう。


 俺は人間として赤崎に接したい。

 おっぱいはそりゃ揉みたいけど、それだけの薄っぺらい奴にはなりたくない。


「まあでも、怪人が出たらちゃんと二人で逃げような?」

「はい、もちろんです!」


 内に渦巻く欲望は、絶対に隠し通してみせる。

 そう、密かに決意した。

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