第7話 なくしたもの

 結局、俺は放心状態フォルムのまま買い物を乗り切った。

 全ての思考を放棄した俺の前には、女性用水着コーナーの居心地も赤崎の水着姿も効かない。

 そもそも水着の感想を求められてもおっぱいしか出てこないので、全てに頷くロボットと化していた。


「今日はありがとうございました」

「あー、おーん」

「先輩、そろそろ再起動してくださーい!」

「……はっ! どうした赤崎?」


 帰り道、赤崎に肩を揺すられたことで、俺は放心状態から戻った。

 どうやら自ら戻れないようだ。扱いが難しい。


「まったくもう……先輩ずっとぼーっとしてるし、何着ても頷くから結局自分で選んじゃいましたけど、夏休みは楽しみにしててくださいね!」

「あー、それ本当に確定してるんだね……」

「先輩暇ですよね? 誰かといるところ見たことないですし」


 悪びれる様子もなくあっさりとそんなことを言う赤崎。

 でも流石にそれはちょっと傷つくぞ。

 一応これでも友達ちょっとだけいるんだからな!


「そういう赤崎は……あ、うん」

「あーっ、今私の事バカにしましたね!?」

「同じこと言っただけだよ」


 魔法少女も怪人も、友達事情は厳しめのようである。


 それからたわいもない話をしつつ歩き、ショッピングモールの最寄り駅に着いた頃だった。

 ドゴォン! という轟音が、さっきまでいた店の方から聞こえてくる。


「……怪人か!?」

「わ、私落し物をしたかもしれません! 先輩は先に行ってください!」


 俺にそう言い残すと、赤崎は全速力でショッピングモールの方へ走っていった。

 まさかこんなところで可愛い後輩を置いて逃げられるわけがない。

 赤崎に気づかれないよう距離を空け、俺もその後を追った。


 店に近づくにつれ、逃げ惑う人々とすれ違うようになる。

 魔法少女は人払いの魔法を使用できる。その効果もあるだろう。


 駐車場につくと、既にルビーと怪人が戦闘を開始していた。

 相手はただの雑魚怪人。

 しかし、その数があまりにも多かった。


「十体同時とかマジかよ……」


 俺は物陰に隠れる。

 相手が固有種ユニークである方が楽だった。


 あいつらは基本的にもう助からない。

 魔法少女が倒そうが俺が倒そうが関係なく消滅する。

 しかし普通の怪人は違う。

 魔法少女の持つ浄化の力によって倒されれば、彼らは元の人間に戻ることができるのだ。

 その力を持たない俺が倒せばそのまま死亡する。


「殺したら赤崎が悲しむだろう……ひとまずは静観か」


 現在形勢は互角。

 近接戦闘を主軸に、死角からの攻撃をさせないように魔法弾で牽制している。


 しかし如何せん数が多い。

 一撃で倒すような大技を持たないルビーはスピードを駆使して少しずつ削っていくしかない。


「やあっ!」

「グギェーッ!」


 ルビーが威力を高めて放った魔法弾が、怪人のうち一体を撃破した。

 体の表面から黒いオーラが剥がれ落ち、スーツ姿のおっさんになる。


「はっ! えいっ!」

「「グギャアアア!」」


 敵怪人たちが動揺した隙に、高速で振るわれたステッキがさらに二体撃破する。

 俺の視線は、ステッキを振る度に揺れ動く美しき果実に注がれていた。揉みたい。


 そして、それからさらに立て続けに怪人を倒していくルビー。

 敵怪人の数は残り三体にまで減っていた。


「はあっ、はあっ……あと、三体!」


 この数ならばルビーにとって苦ではない。

 普段のルビーであれば。


「なっ……!」


 駆け出そうとしたルビーの膝から力が抜ける。

 カランと音を立てて落ちたステッキは、その実体を保てずに消滅した。魔力切れである。

 最近の大量発生で疲労が抜けきれていなかったルビーは、ここに来てガス欠を起こしてしまったのだ。


「そ、そんな……!」

「「「ギャギャギャギャ!!」」」


 そしてそんな姿を嘲笑うが如く、三体の怪人が膝をつくルビーに迫る。


「ここまでかね……」


 俺は物陰で変身、一瞬で距離を詰める。


「悪く思うなよ……【魔刃】」


 反応する暇すら与えずに魔力の刃を振るい、三体の首を同時に斬り飛ばした。

 一撃で絶命した怪人たちは黒いモヤとなって消滅。

 その場に残ったのは俺とルビー、それからルビーが助けた七人だけになった。


「怪人さん……」


 全員の命を救いたかったのだろう。

 様々な感情がごちゃまぜになったような表情で、ルビーが俺を見る。


「限界まで待ったつもりだよ。ただ、君の方が大事だったというだけのことさ」

「……わかってます。また、助けられました」


 ルビーは悔しそうに唇を噛む。

 どうにかしてやりたいが、俺はその方法を持ち合わせていないし、何かを言う資格も無いと思った。


「今日はもう限界だろう。またね、ルビーちゃん」

「……」


 俺は俯くルビーに背を向け、駅の方へ跳躍した。






 変身を解除し駅前で待っていると、同じく変身を解除した赤崎が歩いてくるのが見えた。


「よう赤崎、探し物は見つかったか?」

「せ、んぱい……?」


 赤崎は必死に取り繕おうとしているが、誰が見ても分かるほどに落ち込んでいた。

 今にも泣き出してしまいそうな表情をしている。


「見つからなかったんだな。大切なものだったんだろ?」

「はい……」


本当はこんなことをする資格なんて持ち合わせちゃいないが、俺は赤崎の頭を軽く撫でる。


「ま、終わったことはもうどうしようもないんだ。次はなくさないようにするしかない」

「はい……うぅっ、ぐすっ」


 ついに泣き出してしまった赤崎を連れ、俺は帰路についた。


 女の子を泣かせて、その癖に慰めの真似事なんかして……ひでえマッチポンプ野郎だ。

 はぁ、おっぱい揉みてえ……全部忘れてしまうぐらいに。

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