第11話:長くて短い一日_2


 じっくりと歩いてみるとよくわかる。会場は熱狂していた。みんながみんな騒いでいるわけではないのに、感じる空気はピリピリと痺れを感じさせ、それでいてじっとりとまとわりつくように熱い。じっとりとまとわりつくのは空気だけではない。一見さん禁止……というだけあって、新しい人間がやってくる回数はそう多くはないのだろ。会場全員が自分のことを見ている気がする。――イヤな視線を感じていた。誰もが腐ゲームの結果に一喜一憂しながら、素知らぬ顔をして自分を品定めしているような。

 例えばポーカーやブラックジャックならば、他の人を巻き込んでゲームができる。隼人が誘われてプレイしたババ抜きも、気軽にできる大富豪も。ゲームセンターにあるカートゲームだって、優勝すれば残りの人間の賭けコインをもらえるらしい。同じくメダルゲームは、そのまま落ちてきたコインが手持ちになるそうだ。事前にジャックポット手前まで投入したり、コインの山を積んでいたり。……カモでも探しているのだろうか。


「……こんな空気だったんだ……」


 隼人は誰に言うでもなくポツリと呟いた。楓の陰に隠れていて、今まで気が付かなかった……いや、すっかり忘れていたのだ。やはり、この場所は異常だと。だが、そのことを思い出しても、隼人の足はいつの間にかゲームへと向かっていた。『どのゲームなら自分に向いているのか』『どのゲームならコインを今以上に増やすことが出来るのか』『どのゲームなら心から楽しめるのか』を考えながら。

 スロットでコインを増やしたという事実は、隼人に自信と欲望をもたらしていた。元々、ギャンブルをするタイプではない。だが、このたった数時間でジワジワと変わりつつあった意識が、『勝った』ことで一気に変わってしまっていた。意識がこの会場内で起こることにしか興味がないくらいに。


「……ねぇ、アナタ、さっきそこでスロットしていたよね?」

「え? あ、俺?」

「そうそう! ちょろっと見てたんだけど、こういうの苦手……って言ってたのに、終わりのほうずっと当ててたよね? ……正直、すごいなぁって」

「そんなことないですよ、たまたまその、ツレが教えるの上手かっただけで」

「才能もありますよ! あ、あの、良かったらもう一度見せてくれませんかね?」

「えーっと……」


 知らない男の急な依頼に隼人はたじろいだ。歳は五十そこそこに見える。こぎれいな格好をしていて、その辺にいそうな人だ。自分にも言えることかもしれないが、なんとなく、この会場にはあうようであわない。ヘラヘラと笑っているように見えて、目の奥は笑っていないようにも見える。それにどこか違和感を感じた。


「ちょっとだけで良いんですよ! いや、あれだったらその、ワタシのコインを使ってもらっても良いんで!」

「それはちょっと……責任負えないし……」

「そんなこと言わずに! もうちょっと後が無くて……ちょっとでも、枚数を増やさなきゃっていうか……ははは」


 そう言って、男は自分が腕に嵌めていたデバイスの画面を隼人に見せた。


「えっ」

「ご覧の通りなんですよ」

「なに、したんですか……? こんなになるまで……」

「いやね。ちょっと張り切り過ぎたって言うか、ウッカリしちゃったって言うか……」


 この男のコインの枚数。上の段には【COIN】と書かれている。純粋に賭けられるコインはない状態だ。そして、下の段。そこには【32971COIN】と表示されていた。――緑色の文字で。


「……どうやったらこんな枚数になるんです……?」

「いやー、ポーカーで負けまくってしまって。それで、純粋に集中できるゲームにしようと思って、スロットにしたら。……えぇ、お恥ずかしい」

「そんなに負けたんですか!?」

「もう賭けるモノがなくなってしまって。負けぶんはね、これでも最初は千枚くらいだったんですよ。で、取り戻そうと思ってたら、気が付いたらこんなに」

「え、え? でも賭けるモノがなくなったってことは、まずそこまで賭けたということ……?」

「あはは、そういうことです」

「それ、もうちょっとやそっとじゃあ盛り返せないんじゃ……?」

「いやいや、これでダメならね、一応自分の身体があるんでね。……もうね、家族は渡しちゃったんでね」

「……あ」


 隼人は思い出した。この男は、さっきイロハと共に地下へ降りたとき、あの部屋の中で黒服の案内人に縋りついて泣いていた人だ。家族を売る人が本当にいるのかと、隼人は雷にでも打たれたような感覚に陥った。しかも、物凄い枚数のコインの借金を抱えて、今目の前にいる。


「多分ね、さっき渡したんで。そろそろ数字が変わるんじゃないかなって思うんですよ。……あ、ホラ」

「……すごい」


 一瞬、デバイスの表示が消えたかと思うと、すぐに元に戻った。だが、先ほどとは違う。下の段のコイン枚数がゼロへと変わったのだ。32971枚もあったコインが、なにも無くなっている。


「家族はね、オリジナルだったんですよ。私も含めて。といっても、家族は妻だけですが。知ってます? オリジナルってひとつも自分を失ってないから、高い値が付くんですよ? もう、払ってしまったから妻は帰ってこない。けど、帰って来る可能性があるって聞いたんですよ! さっき消えた枚数分稼げば、戻してくれるって。……それまで、妻が生きてればの話ですけどね」


 この男の目が笑っていないと感じた理由がやっとわかった気がした。いろいろなものをシャットアウトしているのだ。後がない状態だから前に進むしかない。しかし、前に進むにはなにもない。笑うしかなくて笑っているのだと隼人は思った。……前に進むためには……。


「これで一旦清算されましたからね? あとはワタシが頑張るしかない」

「……そんなに稼ぐのは無理じゃあ……」

「いやいやいやいや。一攫千金の夢があるからみんなやるんですよ? コイン落としてジャックポット、ルーレットの数字に一点賭け。欲が勝てば、誰だって高額ベットするんですよ? きっと、アナタもね?」

「お、俺はしないですよ!?」


 ドキリと心臓が跳ねる。コインを手に入れる手段が多ければ多いほど、きっとのめり込んで離れられなくなるだろう。コインがどんなになくなっても、回収のときが来るまで新しく手に入るのだから。勝って負けてを繰り返し、どちらの数が大きかもう数えるのをやめたときには、思った以上になにもなくなっているだろう。


「まぁまぁ。ワタシはこうして生きてますから。ワタシがいればなんとかなるんです。アナタもそうだ。……それでその、教えていただけますかね?」

「俺にはその、教えることは……」

「そぉこをなんとかぁ!! ね? ね? 人助けだと思って! じゃないともう選ぶものが……。結果ダメでも文句言ったりしませんから! ね、ね? ねっねっ?」


 押しが強い。断っているのにこれだけ食い下がってこられると、なにもなくとも訝しんでしまうだろう。実際、隼人は『早くこの場から消え去りたい』と、そう思っていた。


「……なぁ、あの人またやってる」

「シナガワさんだろ? 俺もやられたよ」

「また借金増えたんじゃねぇの?」

「奥さん売ったってマジ?」

「さっき言ってたよな? この間、あの人が凄い形相で泣きついてるのを見たけどもしかしてソレ?」

「うわー、最悪。自制心なさすぎでしょ」

「絡まれてる人見ない顔だし、ありゃ首を縦に振るまで離れないだろうね」

「あー……ご愁傷様……」

「さっさと話し終わらせて、離れていくのが吉だな」

「賛成」


 遠巻きにヒソヒソと喋る声が聞こえる。隼人にこの男のことを教えようとしているのか、ヒソヒソと喋るというには大き目の声だ。嫌でも耳には入る。その言葉が本当ならば、このシナガワという男は隼人がスロットを教えない限り、ずっとまとわりついてくるのだろう。


「シナガワさんも、割と最近来たよな?」

「あー、そうそう。俺と同じくらいだから、あれ、それでも半年?」

「負けまくってんのによくやるよ……」

「夢買えるしなぁ。俺家買ったし。今度遊びに来いよ。嫁の要望詰め込みまくったら、やべぇ額になったけど」

「えー、奥さん会いたい! あ、アタシも家族で来月豪華客船乗ってくる、二週間!」

「お、また話聞かせてよ、俺も嫁と行きたいねってずっと話してたんだよね。良いよな、カジノあるだろカジノ」

「そういやお前も時計買ったんだっけ?」

「そそ。のちの財産としてね。困ったら換金一択」

「わかる。アタシも宝石類に換えてるし。ココいいよね。独自のルートあるから、コインがあればなんでも換えられるもん」

「それだよな」


 景気の良い話も聞こえてくる。シナガワの話とは雲泥の差だ。かたや遊び過ぎた代償に家族を、かたや家族の希望で家を建て船に乗り、財産を成している。

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