第12話::長くて短い一日_3
「……なぁ、聞いてるか? なぁなぁ!」
「あぁ……えーっと……」
聞こえてきた会話に気を取られて、隼人はシナガワの存在をしばらく忘れていた。
「い、一回だけです! 一回だけでいいならやります!」
「ホントか!? 絶対それでコツ掴むからよ! やった、やった!」
大人気なくピョンピョンとその場で跳ねて喜ぶシナガワ。その姿を見て隼人は数歩後ろへと後ずさった。
「コイン一枚で良いですよね?」
「い、いや、十枚! 十枚だ!!」
「え、十枚の台? 俺あんまりリスクは……」
「ワタシが十枚賭けるだけですから! アナタがやってた台は、十枚賭けられますからね。ほらほら、早速」
今来た道を、シナガワに背中を押されながら戻る。ひとりで歩いていたときよりも増えた気のする視線を感じながら、先ほどプレイしていた台へと向かう。この短時間で誰も移動しなかったのか、最後に自分が見た絵柄からリールは変わっていなかった。席に着き、ゆっくりとボタンを触りながら当てた時の感覚を思い出した。
「そ、それで? こ、コツは?」
「……リズム」
「リズムぅ?」
「まずは、この絵柄の速さになれること。それから、みっつのリールそれぞれの絵柄の順番。それによって、ボタンを押すタイミングがそれぞれ変わってくるから注意してください」
「はぁ、はるほど……?」
「最初の数回は捨てたほうが良いかもって思います。じゃないと、ムキになって失敗するなって。……俺はそう思いました」
「ま、負けっぱなしはイライラしちゃうからね。……ワタシもね、結構イライラしちゃうタイプですから」
「ありますよね、うん。……それで、次はこのリールの速度に慣れる。ボタンはその速度に慣れたらタイミングよく押す。早過ぎても、遅過ぎてもダメ。でも、早く押さないといけない」
「どうして?」
「目に入って目の前に来て押しても、押した瞬間にはもうその絵柄は送られちゃってるから。……って、全部受け売りだけど。だから、リズムが大事なんですよ」
じっくりと回るリールを見つめ、今言ったことを再現するようにポンポンポンとボタンを押した。同じ絵柄がみっつ揃う。
「――おぉぉぉぉ!! すごい!」
「こんな感じ、です。俺が言えるのも、見せられるのもこれくらいで」
「いやいやいや、十分ですよ! ありがとう! ……みんな、ワタシが負けっぱなしなの知っているから。近寄ってこないんですよね。話なんか、とても聞いてくれない。……最初はね、そんなことなかったんですけどね。やっぱり、負けっぱなしって駄目なんですね。話しかけたら、みんな自分のツキも下がるって思ってるんでしょ」
力なく笑うシナガワに同情するも、ヒソヒソ話されていた内容を思い出すと、長く一緒にいたいとは思わなかった。
「それじゃあ、もう俺行っても良いですかね? ……友達と待ち合わせしているので」
「あぁ! ありがとう! さっきのアナタのタイミング、ずっと頭の中で思い描きながらやりますよ!」
「頑張ってください、ね?」
隼人が席を立つと入れ替わりでシナガワが座った。両手を擦り合わせ、ニヤニヤしながらスロット台と向かい合わせで座る。その姿を見届けて、隼人は再度スロットのエリアから離れた。例えシナガワが負けても自分の責任にならないことを祈りながら。
「他には……」
楓はポーカーへ行くと言っていた。隣のテーブルでは、ブラックジャックをやっている。カードゲームはババ抜きと大富豪、七並べに真剣衰弱ぐらいしかやったことがない。テレビゲームの中のミニゲームとしてプレイしたことはあるが、人相手にプレイしたことはない。
「……スロット以外にも、なにかできるゲームを増やさないと」
色々なゲームをプレイする人たちに、それを見る人たち。一喜一憂するのは、プレイしている人だけではなかった。オーディエンスも目の前で繰り広げられるゲームに、その結果に一喜一憂している。
『自分も勝てるかもしれない』
『自分も負けるかもしれない』
『カモになるかもしれない』
『カモにされるかもしれない』
『大金を手に入れるのは自分』
『大金を失うのは自分』
『次にプレイするのは自分』
『次に見られるのは自分』
『あのコインは自分のモノ』
『このコインは誰かのモノ』
――絡みつく空気は、最初よりもずっと濃くなっているような気がした。
隼人はこのまま、ポーカーの隣のテーブルでブラックジャックをプレイしたあと、もう一度スロットに戻ってボタンを押した。まだ座っていたシナガワに目をやるが、彼はスロットに張り付いてまったく隼人には気が付いていなかった。真剣にプレイしているんだろうと気にも留めず、別の台へと座って幾らかプレイしたあとまた移動した。そうしてそのままルーレット、初めてのカーレースにはすっかりハマり、勝っても負けても何度もプレイした。車の運転は普段休みの日にしているが、あまり得意ではなかった。だが、ゲームだとやはり一味違う。面白さを感じながら、その気持ちでボードゲームで新たな人生を辿った。子どもには恵まれなかったが、たくさんの家と立派な職を得られた。
一回だけバカラをプレイしてから、約束していた受付へと向かった。気付いたらとっくに一時間を過ぎており、早歩きで受付へ到着すると既に楓が待っていた。
「ゴメン楓! 時間見ていたつもりだったんだけど……」
「いや、良いよ。それだけ楽しかったんだろ?」
「……うん、楽しかった」
素直に隼人は自分の今の感情を認めた。確かに楽しかった。時間を忘れるほどに。
「コイン、どんな感じ?」
「勝ったり負けたりで。でも、見て! ホラ、今プラス三十枚!」
「すげぇ、この一時間で増えてんじゃん!」
「思ったより、カーレースに夢中になっちゃって」
「あれ、VR使ってるだけあってかなりリアルだよな。俺もあれ好き」
「ゲーセンレベルだと思ったけど、全然違うんだな。あ、それで、今これくらい」
「せっかくだから、換金していけよ!」
「さ、三十枚分?」
「あぁ! ……あー、いや、あんまり多いと奥さんに怪しまれるか? あっちでアクセサリーとかバッグとかにも換えられるし、純金のコインとかもお勧めだぞ?」
「……じゃあ、なにかお土産にしようかな? 十枚くらい現金にして、子どもの服とか買ったらどうだろう、喜んでくれるかな」
「オモチャも良いんじゃないか?」
「そうだな、たまにはそういうお土産買って帰るのも……」
隼人はよく考えて、十三枚を宣言通り現金に、十枚を使って自分の時計と妻にあいそうなアクセサリーへと換えた。余分に換金した現金は、子ども達の服とおもちゃを買う予定だ。今からなにを買ったら子どもたちが喜ぶか、もうワクワクしている。それに、リコにこのアクセサリーを渡したら。
「お、財布が分厚くなったんじゃない?」
「……あぁ、こんなに札入れに入れたことはないよ」
財布には十三枚の一万円札が入っている。それに、モノに換えて残った分の千円札。手に持った感触は厚みがあり思わず顔が綻んだ。
「俺、来週も来るけど、良かったらまた隼人も来ないか? 休みの日と、平日も少し」
「ここ平日もやってるの?」
「そうだよ? 年末年始以外年中無休」
「すごいな」
「暇潰しにも良いし、金稼ぎにも使えるし、良いだろ?」
「なんか悔しいけど認める」
「ホラホラ! 俺の言った通りだろ?」
「あー、わかった、わかったから! そう興奮するなよ」
「だって嬉しいんだもん! で、で? 来週も来るか?」
「……行くよ、一緒に」
「そうこなくっちゃ! ……もうちょっとやってから帰る?」
「んん、そうだな……」
隼人と楓は換金を終わらせ、またゲームへと戻った。
結局、この日初めての参加だったが、隼人は圧倒的な勝利を収めて帰宅した。コインを自分の力で百枚まで増やしたのだ。一部は楓と共闘し、ふたりで手に入れたコインもある。どうやら楓は隼人の数倍も稼いでいるようで、最終的にいかにも高そうなスーツと時計を交換して帰った。
「……なぁ、この車ってやっぱり」
「ん? あ、これ? そうそう、あそこで稼いだお金で換えたよ」
「すごいな楓。そんなに稼げるなんて……」
「これは経験の差って言うか、隼人だってこんなに最初から稼ぐとは思わなかったよ。超優秀。俺の稼いだ額なんかすぐに追い越すって」
「元手がきっと違うだろ?」
「そんなことないぞ? 俺はここまで稼ぐのに結構苦労したし、最初なんか負けっぱなしだったよ」
「そんな感じ、全然しないけど」
「今は稼げてるからな。それに、あそこよりもっと……まぁ、それはまた今度。さ、家着いたぞ。じゃあ、また月曜に会社で」
「あぁ、ありがと。おやすみ」
「おやすみ」
ふたりで食事をして帰ると、既に外は暗くなっており図らずとも一日一緒にいるかたちとなった。
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