第10話:長くて短い一日_1

 イロハと席に戻ると、スロットを終えた楓が座っていた。


「どこ行ってたの? 俺、結構勝ったぜ!」

「あ、あぁ、ちょっと。結構勝ったって、楓凄いな……」

「お前もやってみる? スロット」

「や、でも、俺はこういうの苦手で……」


 先ほど見た光景が脳裏によぎる。なにかを担保にしなければならないほど、賭け事にのめり込むつもりはない。今このまま家に帰っても、なんの後悔もないとさえ隼人は思っていた。興味はある。お金もほしい。紹介してくれた楓のメンツもある。しかし、最後に聞いた家族を売る話のインパクトが凄まじく、隼人は気後れしていた。自分はそうならない自信があるし、そこまでの興味もない。楓に貰った三十枚を元手にすれば、これ以上お金もかからない。三十枚を現金化すればだいたい三十万円になるのだから、これをもってもう来ないという選択肢を選んでも良いのではないだろうか。なにか理由をつけて何度も断れば、きっと楓も察するだろう。


「もしかして、まだ怖がってんの? 全然だって! ちょっとこっち!」

「あっ、ま、待って……!」


 今度は楓が隼人の手を引いていってしまった。残されたイロハが、フフッと笑って小さく手を振っている。


「このスロット一枚だから。ちょっとやってみて?」

「え、俺スロットやったことないんだけど……」

「え!? そうなの!? じゃあ、俺がやってみるから最初は見てて?」

「わ、わかった」


 楓が隼人の代わりに席へ着いた。デバイスをスロットに付いた機械へとかざす。そしてコインを一枚賭けてボタンの隣にあるレバーを下げると、目の前にあるリールが回り出した。


「これいつ止めるの?」

「まぁまぁ」


 楓はジッと回り続けるリールを見ている。そしてしばらく見続けたあと、ようやく止めるためのボタンをみっつ連続で押した。ポンポンポン――と小気味良い音を小さく立てながら、一番最後の絵柄を外してみっつのイラストが並んだ。


「げ、外しちまった! ゴメン!」

「いや、良いよ。このコイン元々楓のモノだし」

「いーやダメだって! ……あと一枚だけ、使ってもいい?」

「もちろん!」


 そのまま、また同じようにレバーを下げた。隼人が楓を見つめる中、楓はまたリールを見つめている。ポンポン、ポン――。今度は絵柄がみっつ揃っている。


「よっしゃ!」

「え、あ、すごい!」

「よかったぁ、これで当たらなかったら、俺の面目丸潰れだったよ」

「どうやってやったの?」

「……慣れ?」

「それめちゃくちゃ難しくない?」

「こうさ、絵柄の順番と回る速さと、目の前に来るタイミングとボタン押すタイミング。狙ってる柄が目の前に来たときにボタン押しても遅いだろ? 目の前に来た柄の幾つか前を狙うんだよ」

「だから難しいって」

「リズムだよリズム。慣れりゃずっと当てられるぞ? 気力がもてばだけど」

「む、無理!」

「じゃあ、隼人が慣れるまで俺が止めるから。見て覚えろよ」

「で、できるかな……」

「できるって! 俺にだってできるんだから、隼人なら余裕だろ?」

「買い被ってるよ俺のこと」

「いやいやいやいや! 絶対大丈夫だって!! ……二十枚くらい無駄にしたらごめん」

「マイナスじゃなきゃいいんでしょ?」

「ま、極論そうだね」


 隼人は楓を止めることなく、そのままスロットを回すのを見守った。そしてその結果は、楓の心配をよそに最初の枚数に十枚プラス、計四十三枚になっていた。減るどころか十二分に増えている。


「あー、息止まるかと思った! いや、実際止めてたな。俺のコインじゃないから余計緊張したわ」

「すごっ……天才じゃない? 楓」

「褒め過ぎだって」

「そんなことないよ! ……って、俺の代わりに楓がやるのって大丈夫だったの? めちゃくちゃ今更なんだけど……」

「あ、コインは出してるから大丈夫だよ。代打ちみたいな? 俺には入ってこないけど、これで隼人がやる気出してコツ掴んでくれたら全然別に」

「……俺もやってみていい?」

「やれやれ! 忘れないうちに! 絵柄はそこに書いてある種類で全部。……なんとなく、見えてくるようになるって」


 隼人は楓と席を代わると、両手を擦り合わせて気持ちを落ち着けようとした。手のひらは少し湿っており、席に着く前から既に緊張していたことがわかる。目の前で今揃っている絵柄を見ながら、頭の中で楓のプレイで見てきたリールの回転速度を思い出す。そしてこのリールに描かれている絵柄を口の中でブツブツと呟きながら、レバーを下げた。


 ポンポン、ポンッ。


 楓を真似て押してみる。が、絵柄は揃わなかった。押すまでの反射かそもそものタイミングが違うのだろう。


「あ、失敗した」

「一回なんか失敗に入んねぇって! まだコインあるし、やってみようぜ!」


 二回目、三回目と、隼人はレバーを下げる。ポンポンとリズムよく鳴っているように聞こえるボタンの音も、実際目の前のスロットを見ると音だけで揃ってはいなかった。


「……難しい!」

「いや、よく見てみろって。今やったコレ、絵柄あと一枚で揃うだろ? もっと気軽に押してみろよ、最後のボタン」

「気軽に……って」

「リールの配列は参列同じじゃない。それに、別に全部横一列で当てなきゃいけないわけじゃない。とにかくみっつ揃やいいんだから。大丈夫、肩の力抜けよ。死ぬわけじゃないんだから」

「わ、わかった」


 コインは既に十枚減っていた。ついさっき、楓の稼いだぶんがあっという間に溶けたのである。簡単に肩の力を抜けと言われても難しい。なくなるときは一瞬だ。跡形もなく消え去ってしまう。目に見えるのは枚数の表示だけで、本物のコインでもお金でもない。なくなったという事実はよくわかっているが、なくなったという実感はあまり湧かなかった。あくまでも、コインの枚数がカウントダウン形式に減っていくだけ。数字が変わっていくだけ。


「ふぅ……」


 深呼吸してレバーを下げる。それはほんの小さな音のはずなのに、頭に響き渡るくらい大きな音に感じた。


 ――ポンポンポン。


「――ぅ、あ……!!」


 コイン十一枚目にしてコツを掴んだのか、求めていた揃いの絵柄が目の前に現れた。


「やったじゃんよ!! あー、良かったー!!」

「揃った……揃ったよ……!?」

「小役だけど、最初にしちゃ十分だろ。よし、今の感覚忘れないうちにもう一回やろうぜ!」

「うん!」


 真面目な顔をして、もう隼人は一度スロットをする。


 ――ポンポンポン。


「いっ……やったぁ!!」

「やるじゃん! 慣れてきたんじゃね?」

「かもしれない。……楓が成功するの見せてくれたし、コインも増やしてくれたからできたんだよ。ありがとう」

「俺は別になんもしてないよ」

「楓のおかげだよ!」

「へへっ。それなら、また一緒に来てくれるか?」

「あぁ。……使い過ぎない程度でなら」

「そのコインがなくなったら終わり、だな」

「そうする」

「俺あっちのポーカー行ってこようかなぁ」

「えっ、ちょっと待って! あと少しだけ一緒にいてよ、ひとりなの不安でさ、心臓止まりそう」

「お前なんか可愛いこと言うんだな」

「変な言いかたしないでよ楓」

「ま、いいぜ! 俺が今日付き合ってもらってんだからな」

「サンキュ」


 今の感覚を忘れないようにと、隼人は続けて二十回ほどスロットを回した。すっかり慣れたのか、連続で絵柄を当てると、いわゆる勝ちの状態でゲームを終えることが出来た。


「……増えてる」

「だーから。簡単だろ? 追い込み過ぎると、怖くなるからな。楽しむことが大事なんだよ」

「……ちょっと楽しかった」

「その気持ちが大事!」

「なんか、思ってたよりずっと簡単だった」

「だろだろ?」

「すぐゼロ枚になると思ってたのに。まさか俺がコイン増やすなんて……」

「お前仕事中の集中力すげぇからさ。俺はイケると思ってたよ?」

「そんな褒められると恥ずかしいな……あ、楓向こうのポーカー行きたかったんだっけ。引き留めてごめん。ひとりでもちょっと安心してできるようになった気がする」

「自信ついた?」

「とっても」

「そりゃなにより。……行ってきても良い?」

「あぁ」

「隼人も見て回ったら?」

「そうするよ」

「一時間後に、受付前に集合しようぜ? それまで自由時間的な」

「わかった」

「よーし。それじゃ……幸運を祈る!」

「ふふっ。お互いな」


 軽い足取りで楓はどこかへ行ってしまった。先ほどやろうと言っていたポーカーのエリアはすぐそこである。見ているうちになにか他にやりたいゲームでもあったのかと思いながら、隼人もまだプレイしていないゲームを見てみることにした。

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