第2話:ただの日常_1


 ――それは、天気の良いある日のことだった。


「あー俺、三人目生まれるわ」

「マジ? おめでとう!!」

「サンキュー」

「産まれるってことは、もう臨月とか?」

「いや、まだえーっと、二ヶ月だったっけ?」

「全然じゃん。なんでもう産まれるだなんて言うんだよ」

「そんな深い意味ねーよ」

「おめでとう隼人。きっと、臨月まであっというまだよね。奥さん大事にしてね」

「あぁ、もちろんだよ」


 【譲原隼人-ゆずはらはやと-】は、一緒にご飯を食べていた、ふたりの男性とそんな話をしていた。臨月かどうか聞いたのが【阿形楓-あがたかえで-】、それに突っ込んだのが【篠宮衣玖-しのみやいく-】である。回答者が譲原だ。

 彼らは会社の同期だった。勤続年数が経ちプロジェクトは離れてしまったものの、こうしてたまにランチを一緒に食べているくらいには付き合いがある。


「二ヶ月じゃあまだ性別わからないよね?」

「まださすがにね。でも、女の子が良いな、上ふたり男の子だし」

「無事に生まれてきてくれれば、どっちでも良いんじゃないの?」

「それはそうなんだけど。欲が出ちゃうって言うか」

「俺ら男にはどうしようもねぇしなぁ」

「性別なんかはむしろ男じゃない? だって、男の染色体は女性は持ってないんだし」

「え、でも、女腹とか言うじゃん」

「……楓、絶対結婚しないほうがいい。マジで」

「これは俺もそう思うよ」

「なんでだよ! そう言われたらそっちかな? って思うだろ⁉︎」

「「思わない」」


 ふたりから否定され、楓は不貞腐れたように黙ってしまった。だが、これはいつものことであるかのように、気にせず隼人と衣玖は口の中にお米をかき込んでいた。


 楓は結婚しておらず、衣玖は先日社内恋愛の末婚約したばかりだった。その中で隼人は三人目の子どもである。隼人は大学三年のときに付き合った、ふたつ後輩の【今井リコ】と、自分が五年目のころに結婚した。そこから三年後に長男の【結人-ゆいと-】、さらに三年後には次男の【桐人-きりと-】が産まれ、そこからまた三年経った今、三人目の子をリコがお腹に抱えている。


「でも、奥さん『産む』んだね」

「うん? ……あー、うん。嫁さんもオリジナルだし、最後だろうから産みたい……って言っててさ」

「増えたもんね、クローン体」

「俺も事故にあったから、フルボディになったしなぁ」

「僕もだよ。僕は指だけだからセミボディだけど。隼人はまだオリジナル?」

「あぁ、今のところはね」


 ――クローン体。いつだったか、ほぼ同一遺伝子を持つクローン人間を作ることが許されなかったころがあった。しかし、世の中はどの穴をどう突いて糸を通したのか、ほぼクローン体のようなモノを『今後の世界には必要な試作品』として正式にこの世の中に生み出してしまった。

 元々は、事故や病気で身体の一部を入れ替えなければ生きられない人のために作られたものだった。人工培養したその人自身の身体を使い、ダメになった部分を入れ替えることで長く生きられるようにした。あくまでもそのためであって、若い身体へ脳を入れ替えたり、赤の他人の身体を乗っ取ったり、新し一切く人生をやり直すためではない。定着しないと思われていたソレは、医学の進歩だと意外にも人類に受け入れられ、今では当たり前のように身体の入れ替えが行われている。【クローン】といかにもそのままの形で呼ぶのは躊躇われるのか、クローンではなく【ボディ】と呼ばれ、脳みそ以外クローン体をフルボディ、脳みそ含む一部が人間のままはセミボディ、一切手を入れていない場合はオリジナルと呼ばれていた。

 呼称をわける理由は、クローン部分は通常の医療では対応できないからだった。専門の病院か科に行かなければならず、その部分の治療が間に合わなければ、人間部分も間に合わないことがある。よってクローン体を利用していることを明示して、確実にかつ迅速に対応できるよう、不測の事態に備えていた。


 ただ、技術がまだ不安定だからか、それとも歴が浅いからなのか、臓器や皮膚の定着後の経過はあまり良くない。クローンにした部分は、定期的なメンテナンスが必要だった。それに、セミボディとして一部を使用する場合でも、身体全てを作り上げる必要があり、ひとり一体作成するのが限度だった。よって、今でもオリジナルからの臓器提供はみなが待っている道である。他人でも、オリジナルのほうが経過の良いこともある。

 臓器提供の適合しない可能性は、検査方法及び薬品の開発によって昔と比べて随分と低くなった。それでも、臓器が定着しない可能性もあるが、念の為にクローン作成したモノをサブとして一緒に用意することで、逃げ道を用意している。

 

 この中で、隼人はオリジナル、楓はフルボディ、衣玖はセミボディだった。過去に大事故で全身損傷した楓は、親の意向でフルボディとなっていると聞いていた。衣玖は子どもの頃に不注意が原因で指を切り落としてしまい、くっつかなかった人差し指がクローン体になっている。


「今度僕は全部歯入れ替えるよ。子どものころから虫歯が多くて」

「お、やっとか!」

「衣玖、ずっと新しくしたいって言ってたもんね。良かったじゃん」

「コンプレックスだったから」


 そう言って衣玖は嬉しそうに小さく笑った。ガハガハと大きな口を開けて笑わない。たくさんの銀歯が見えてしまうからだ。衣玖はそれをずっと気にしていて、いつの間にか上手く笑うことができなくなっていた。


「ふたりとも、さっさとフルに替えればいいのによぉ」

「メンテナンスが大変でしょ? この人差し指だけでも検査もお金も結構するんだ……って思ったのに」

「なんだっけ、健康体なら初回はその部分を提供すればタダなんだよね?」

「そうそう。俺は事故だったから、保険効いてるしね。相手さんにもいくらか出してもらってるし。まぁその代わり、脳みそと心臓以外は事故で全滅だったから、オリジナル部分渡すこともできなかったし。結局、心臓もダメになって、残ったのは脳みそのみ! ……自分らしさなんて脳みそしかないけど、この身体でも生きててよかったって思ってるよ。」


 楓の事故は対人だった。交差点で信号無視をした車が、楓の運転する車にノーブレーキで突っ込んできらしい。病院のすぐ近くだったこともあり、治療は迅速に行われたが、身体は還らなかった。車に乗っていたのは楓のみで、相手も怪我をしたものの、楓ほどの大事には至らなかった。そんな事故の話を語る楓はあっけらかんとしていて、鬱々とした感情は持ち合わせていないようだった。


「最近は、脳みそなくても動くような研究進んでるんだよね?」

「あ、俺手伝ってる。脳みそと記憶保存用のチップを繋いで、いつでも人工脳に載せ替えれるようにバックアップ取ってるんだよね」

「えっ、すご!」

「どうせフルボディになっちゃったからさ、脳みそ売ると、良い値段で売れるらしいよ? ま、俺もなんに使うのかは知らないけど。特に今は、衣玖の言う通り脳みそも心臓もひっくるめて、全部クローン体を作る研究進めてるところだし。必要みたい」

「でもちょっと怖いよね。脳みそ売って、試しに脳もクローンになって、チップから記憶もらっても、じゃあ自分の自我はどこにあるの? みたいな」

「俺みたいなやつとか、病気で余命いくばくもないとか、脳腫瘍とかは救いだと思うけどね。脳がダメだったら、今はフルやセミになっても不安があるわけじゃん。それがなくなるんだもん」

「それは……そうかも……」

「噂じゃあ、結構自分の身体売ってるやつ多いみたいだぜ?」

「こっわ……。でも、俺みたいなオリジナルって、もう随分減ってきてるんだよな……」

「子どもや若い人はまだまだオリジナルが多いみたいだけどね。売ってお金にして、生活費にしたり好きな物買ってるって話は聞くよね。……僕も、セミだって話すると『売ったの?』って聞かれることあるし……」

「そ、そこは聞きかたもっと配慮してほしいよな……。衣玖や楓は、その部分なくしてるわけなんだし……」

「実際そんなもんだよなぁ、世間の目って。自分だってフルやらセミボディの癖に、急に馬鹿にしてきたり、いきなり喧嘩売ってきたりってあるんだぜ? 病院でそんなことあるって信じられないよな?」

「え、なんで喧嘩売ってくるの?」

「知らね。……まぁ、自分が人間じゃねぇって思ってて、羨ましいんだろ? オリジナルが。大体クローン体の来る病院や科はは決まってんだから、その場にはそういうやつしかいねぇのに」

「そうなんだ……」

「俺、こんなだから毎年病院通ってるし、フルの検査でも通ってるけど、これで結果悪いときあったら脳みそも交換するつもり」

「悪くならないことを祈る……って、言いかた悪いか?」

「いや、ま、俺はどうなっても俺ってことで!」


 衣玖とは正反対に、大きな口を開けて楓は笑って見せた。


 フルボディ、セミボディ、オリジナル。見た目ではほとんど違いがわからない。肌の質感も臓器の動きも感情も、パッと見てわかる目立った差はなかった。ただひとつ見分けるポイントがあるならば、フルボディとセミボディは身体のどこかに管理のためのバーコードをつけていた。管理のための。管理が必要ないオリジナルに、このバーコードはついていなかった。

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