第二十一章
「医者向き………」
「うん、夏樹は理論的に物事を考える傾向があるからね。先入観もないし良い医者になれそうだよ」
そこで中村先生は煙草をまた吸う。
「まぁ、向いているだけで君がなりたいかはまた別の話しさ。君だって嫌いだろ? 田舎の年寄りたちに向いてるからなれって言われるのムカつくだろうし、僕も経験あるから君に強制する気はないさ」
「俺は……」
夏樹は具体的な将来をまだ考えてはいなかった。だけど、バスケは続けたいと思っていた。大人になっても社会人バスケが出来る環境が良いけど、企業の部活に入るには夏樹はまだ力不足だった。これからというには時間が足りないが、かと言って将来の仕事としてバスケをする程の熱量は無かった。バスケは好きだが、仕事にするような現実味はない。あくまで好きな部活だった。
「中村先生は何で人は性別無くしたんだと思いますか?」
「どうしたんだい? 急に」
「だってやっぱりおかしいじゃないですか? 人から性別無くなるなんてありえなくないですか?」
「そうでもないさ、現に僕らは無性別だった」
「でも! 性別が最初っから在ったんならこんなに悩む事もなかったんだ! ヒバリが性別無い事に悩む事も、雪穂が悩む事も! 俺が悩む事も!」
「………」
中村先生は煙草の火を消した。
苦しそうに拳を握り、床を睨むように見つめる夏樹の肩に手を置いた。
「性が無くとも僕たちは悩むようにできている。生きている限り僕らは悩む。性別の事や生きる事そのものへの疑問や、人間関係、仕事色々だ。悩むようにできているんだよ僕らは、でも悩みを放置して生きてもそれ生きる事なのかな?」
夏樹は中村先生の手を振り解くように叩いた。
「宗教家みたいな事言ってんじゃねぇよ! 自分だって性別から逃げたくせに! 女が嫌だからって男になって、満足だったのかよ! どっかで無性別のままだったら楽だって思ってんじゃねぇのかよ!」
夏樹は中村先生の胸倉をつかむ。
「餓鬼だからって悩む事がどうのとかで、逃げ道作んなよ! あんただって本当は嫌なくせに! 性別持つ事が嫌な癖に納得した振りすんなよ!」
パシーン!!
夏樹は叩かれた。
その瞬間険しい表情をしていた中村先生はハッとしたような表情をして、夏樹に声を掛ける。
「す、すまない! 大丈夫?」
夏樹は身体を起こすと中村先生の表情を見て安堵した。
「ようやく人間の表情をしたな。あんた何処かで全部諦めたような表情が多いから嫌いだったんだよ。でも、今ようやく悩む人間の表情をしている。性を持つ事への疑問を感じるぜ」
そう言って夏樹は差し出された中村先生の手を握った。
立ち上がる夏樹に「まったく恐ろしい高校生だよ」と呆れたように呟く。
「正直に言うと僕には本当の性別が無い。性器の形成がどちらもなかったんだ。男の子のような身体になっても、女の子のような身体になっても性器の形成が無いから本当はどちらでない性だったんだ。その中途半端な性で僕は人並みな性欲も無ければ、ホルモン分泌もない。髭も生えないし、生理も来ない。だからね、僕はヒバリを見た時、同じだと思ったんだ。でもやっぱりヒバリは僕とは違うんだ。
正直な話し、僕のような人間は一万人に一人の割合らしい。変な話しだよね? 世界の基本は無性別者なのに成長したらどちらかになるのに、生涯無性別者なのはこんなにも少ないんだ」
中村先生は寂しそうに言う。
そんな中村先生を夏樹は哀しそうに見ていた。
そして、後ろから抱き締めた。
「何をしているんだい……」
「黙ってろよ」
「患者の君がこんな事してはいけないよ」
「俺は患者じゃない」
そして夏樹は「一度だけだ……」と言って中村先生にキスをした。
夏樹の優しいキスに中村先生は長らく心に突き刺さっていた何かが少し和らいだように感じた。
性を持つ事は本来苦痛だ。
それでも僕らは苦痛の中で生きなくちゃいけない。
この先どんなに苦痛が待って居ようとも、僕らは生きなくちゃいけない。
皆が無性別のままだったら、どんなに良かっただろう………。
でも、それは無理だ。世界は必ず男か女かになるように出来ている。ファインディング・ニモのクマノミだってメスからオスになる。アレは個体数を維持する上で必要な性転換なんだ。生き物の基本はメスからできている。人間も胎児の本当に初期の頃はそうだった。胚の時点で性ホルモンを母体から受けるのだけど、今ではその働きはなくなってしまった。代わりにどちらにもなれるよう特別な染色体が生まれた。それが無性別時代の始まりだった。
その染色体は「I」染色体と呼ばれた。
Y染色体でもX染色体でもないこの染色体は二本の染色体構造で存在して、無性別として生まれる。それが成長過程でY染色体かX染色体に代わる。コレが俺らが無性別から男か女になれる仕組みらしい。
そう保健体育で教わった。
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