第二十章

  定期検診の時に聞いた。「先生はさぁ、人間関係で悩んだことあんの?」

 夏樹はその日、中村先生の病院に来ていた。特に何処か悪いと言う事ではない。定期的に月に一回程度で検査を受けるのが義務になっている。僕らの世界でいう所の健康診断的なもので、この世界での検診はホルモンバランスの調整が目的で、特に思春期はストレスでホルモンバランスが崩れて、女子は生理不順になったり、男子は不眠症になったりと色々ある中で、無性別者だったら鬱病になったりと色々と危険だ。

 もとより性別が無いと言うのはホルモンバランスが崩れやすいから、それがそのまま精神バランスにも影響するから、だから国は無性別者の医療支援を行う事が多い。ヒバリも無性別時代は医療費の半分は国が出していたから、何度も病院に通えていた。


 ただ難点は性別が決まるとこの支援が外れる事だ。義務化するなら性別持っても支援して欲しいものだと文句を言いたくなるのだが、本来病院とは病気を治す施設で、病気でないならあまり本腰入れて動かないのだ。別に悪く言う気はない。ただの愚痴だ。


 「大人だって悩むさ。君は大人になったらそう言うの無いと思う?」

 「いや、そうじゃないけどさ、先生はなんか出来る大人って感じだからそういうの無縁そうかなって思った」

 「あはは、褒め言葉として受け取って置くよ。でもね、僕だっておじいちゃん先生によく嫌味言われるよ。若いんだからもっと苦労しろとかさ、お前らより仕事してんぞーって思うよ」

 「やっぱどこにでも居るもんすね」

 「そうだね。君はまだ社会に出てないのに知ったように言うけど、部活とかでも言われたりする?」

 「しますよ。男の社会なんて女より直接的ですからきつい時在りますよ」

 「ああ、女の人はねちねちしてるからね。おっと、医者がこんな事言うと仕事にならないから、今のは内緒ね」

 「やっぱ女の人が強いんですか?」

 「まぁ、女性が多いからね。今は少しずつ医師も女性が出て来て、看護師も男性が増えて来たけど、やっぱり半分は女性だよ。病院てのは誰かが単独プレーしたら仕事にならないんだよ。それを支える人たちが居て、初めて医者は仕事が出来るんだ。言ってしまえば、看護師さんたちが主役なようなものさ」

  中村先生はパソコンでカルテを作成していく。

 「先生はあんまり性別で人を見ないですね」

 「元女だからかな?」

 「あぁ……え?」

 「アレ言ってなかったけ? 僕元女だよ」



 △


 「中村先生って最初は女だったのに、なんで性別変わったんですか?」

 休憩だからさっきの話ししようか? と中村先生と一緒に喫煙室に入った。未成年が入って良いのと思ったが、家族が喫煙者で副流煙を吸ったとしても、実際にそれで死んだ人はほぼいないよ。死んでいるのはやっぱり喫煙者だし、煙草の毒なんてそのまま摂取すれば死ぬわけだから、まぁ、当然だよねと中村先生は言う。

 医療人と言うのは健康にうるさいと思ったのだが中村先生は違うらしい。

 「医者の不摂生ってよく言うよね。僕は適度なストレス解消には煙草は必要だと考えているよ。もちろん限度はあるし、吸わないのが一番だけど」

 そこで一度煙を吐く。

 「そうも言えないのが現実だよね。まぁ、楽しんで吸っている人がほとんどだから、目くじら立てて禁煙って叫ぶのも、案外考え物だと思うけど」

 「性別変わったのって自然と? 手術?」

 「自然と。そう結論を急ぐなよ、若いだろ」

 「若いので色々と時間の流れが早いんですよ」

 「確かに年齢で時間の流れ方違うとはよく言うけど、ただの体感だろ? 若い時は季節ごとに行事があるから時間が早く感じるけど、大人なんて大して変わらないから時間がゆっくりになるんだよ。手術の時なんか一時間のはずが実際は四時間も手術してて、終わったら仮眠室で爆睡していたよ。あれ、そう考えると医者の体感時間もそう変わりないのかも」

 「学生はそんないきなり緊急手術とかしないですよ」

 「いきなり告白されたりするだろ?」

 「ないですよ」

 「そっか? 夏樹はモテそうなのに。そういえばヒバリはどうなの? うまく行ってる?」

 「まぁまぁ」

 「そっか」

 中村先生はまた煙草を吸う。


 「僕が性別持ったのは十八の頃だった」

 そう中村先生は性別を持った時の話しをした。

 「大体十五までに性別決めないと成長に影響するんだ。成長ホルモンがうまく分泌されないと免疫にも影響するから、だから本当は十歳までに性別決まって欲しいんだ。そうでなくとも十五までに性別無くとも影響がないように人の身体は慣れ始めたけど、それでも、結構危険だからこうして定期検診があるんだよ。僕は性別決める事にそれ程抵抗がなかったけど、こだわってもなかったからそれが原因で性別がなかなか決まらなかった。それで、親が同意書を書いて僕に女性ホルモンを打ったんだ」

 「どうして女性に?」

 「社会的に優位だろ? 就職も結婚も。男女平等社会って言うのはね男を優位性から外す事でバランスを採るんだ。就職でも女性をわずかに多くとる。子育て支援も、経済支援も女性の方が受けやすい。だから、親は僕を女にしたんだろうね」

 「先生はそれでよかったんですか?」

 「言ったろ? 僕に性別へのこだわりはないって」

 「だから受け入れた?」

 「うん……まぁ、結局親が進めた見合い話とか聞くようになってさ、十八のガキに言うなしって思ったし、大学卒業後の進路の話しとか僕抜きで言うようになったら、なんか女って不便だなって思った」

 「だから、男に変わった……」

 「ヒバリと違ってさすがに十八からの性別変更はゆっくりだったけどね。まず、胸が少しずつ小さくなるし、生理は来なくなるし、筋肉は着くようになってくる。大体一年半は掛かるかな?」

 結構長い。

 そう考えると一晩で性別が変わったヒバリが特殊なのかな? いや、俺らだって三日くらいで性別が着いたから、個人差の範囲かな? うーん、それとも、元から両方の性別を持つ因子があったとか?

 そう考える夏樹に中村先生は感心したように見ていた。

 「君ももしかしたら医者向きかもね」

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