第十九章

 放課後。雪穂のクラスに言って一緒に帰ろうと誘ったのだが、その前に先約が居るって事で僕はいつも通り夏樹と帰る事にした。今日は雪穂のテニスもない日だから久しぶりにと少し期待していたのだが、それなら仕方ないと思いながらもやっぱり少し寂しかった。僕って嫉妬深いのかなって思いながらも、友達取られて嫉妬するのも何だか変な話しだし、いい加減に大人にならなくちゃと自分に言い聞かせて、夏樹の元に戻る。

 夏樹は階段の踊り場で暇そうにスマホを見ていた。僕に気付いて、スマホをしまうと「あれ、雪穂は?」と言った。

 「何か他に約束あるみたい」

 「また、千秋って奴か」

 「多分」

 「俺あいつ嫌いなんだよなぁ」

 夏樹が誰かに対してイヤそうにするのは珍しい事だ。基本、夏樹は好き嫌いがはっきりしているけど、それは、なんだろう物事に対してで、例えば後輩が顧問に理不尽に怒鳴られて居たら、ぶん殴ってでも後輩を庇う、そんな感じなのだけど、人に対してはあまり好き嫌いを抱かない。多少の苦手意識はあるようだけど、基本的には夏樹の人への接し方は平等だ。その夏樹が千秋に対してはっきりと嫌いと言ったのは意外だった。

 「行こうか」

 夏樹はそう言って僕と学校を後にする。

 しばらく話しながら帰っていたけど、夏樹が立ち止まった。

 何だろうと思って前を見ると近くのカフェで雪穂と千秋が仲良さそうにパフェを食べているのが見えた。開店したばかりの店で学生半額キャンペーンをしていた。

 夏樹は構わずカフェの前を通り過ぎる。

 「やっぱりあいつ嫌い」

 夏樹は心底イヤそうに言う。

 でも僕はそうやって人を簡単に嫌いだと言う夏樹を好きじゃなかった。

 僕の好きな夏樹は良い意味で大雑把で明るい夏樹が好きで、でも今の夏樹は他の人を突き放すような夏樹だから、僕は少し夏樹居るのが寂しくなった。でも、やっぱり僕は夏樹が好きだから、夏樹に嫌われたくなくって、僕は普段通り夏樹と一緒に居た。



 △


 家に着いた。

 送ってくれた夏樹は別れ際に「さっきなんか俺、感じ悪かったよな?」と心配そうに聞いて来た。多分雪穂たちを見掛けたあのカフェの事だ。でも、僕は分からない振りをした。

 「ん? 何のこと」

 「いや、良いんだ。じゃあ、また学校でな」

 「うん」

 夏樹を見送った後、僕はただいまを言ったあとすぐに部屋で制服の上着を脱いでベッドに倒れるようにしてうつ伏せになった。

 枕に顔を埋めて「うわぁ―――!!」と何だか正体不明なモヤモヤを吐き出すように叫んだ。

 こういうの嫌いだ。

 昔からずっと仲良かったのに少しずつ変わってきて、何だかバラバラになって行くような気がして、離れていくような気がして、それがイヤで嫌いで、むしゃくしゃして、何だかあの頃のままで居たかったのに、時間と環境が僕の願いと裏腹に少しずつ変えていく。

 僕だってそうだ。まさか女になるなんて思わず、まさか夏月と付き合うなんて思わず、あんなに不安だったのに、女になると少し安心した性別に、今度は人間関係で少し不安定になって、うまく行かないもんだなぁと思った。思ったけど、僕はやっぱり昔みたいにいつか戻れるんじゃないかと、少しだけ未来に希望を持って居た。その根拠のない希望に。

 でもね、でもね、やっぱりダメみたいだよ。

 未来が希望に満ちているのはフィクションだけで、現実ってやっぱり残酷だった。



 △


 ヒバリの誘いを断った後、私は千秋と一緒にお茶をした。

 美味しいお店だった。そのあと、千秋の家に遊びに行った。少し遊んで行かないと言う彼女に、あ、なんかゲームとかするもんだと思って居たのだが、不意に唇を奪われた。

 「ふふっ、なんかお互いぎこちないね」

 そう言って笑う千秋だが、なんだか少し慣れている風なのが怖かった。

 そのあと、何度かキスを繰り返されながら少しずつ仕草がエロくなって行く。私の袖の中に千秋の手が入るのがくすぐったくって、やっぱり何処か怖くって、私は身体が少し強張った。

 「………はぁ」

 彼女はそんな私を見て溜息を吐いた。そして、ベッドに押し倒すような体勢から私を解放すると何事もなさそうに髪を直す。そして、「やっぱ付き合うの無理そうだね」と言った。

 「え?」

 「いやいや、気付いてるでしょ? ヒバリと雪穂は付き合えない。だから、私の好意を代わりに受け入れた。けど、忘れられないよね? あ、別に傷付かなくていいよ、私も似たような事してるし、お互い様。さ、服着なおして帰って。大丈夫だよ、未遂はレイプじゃないんだし!」

 そう言って私を帰そうとする千秋に不思議と怒りは起きなかった。代わりに……。



 「何で泣いてるの?」



 「はっ!?」

 彼女は気付いていなかった。口では平気な風な事言って居るくせに彼女の表情は苦しそうで、なんだか無理して嫌われようとしているみたいで、私は見て居られなかった。

 「あ、別に泣いてなんか」

 「泣いてんじゃん」

 「泣いてっ……んっ!?」

 私は彼女の唇を奪った。

 驚いて眼を丸くしているようだったが、近すぎて表情が見えない。

 やがて、私を押し返すように彼女は私を突き飛ばす。息を切らしながら「何するの!?」と言った。

 「ごめん、泣いてる顔可愛かったから」

 「はっ? お前ドSかよ!」

 「うん、かもね……」

 「サイテー」

 「いいじゃん。サイテー同士で。私はヒバリの代わりにあなたと付き合って、あなたはそれを承知で最初自分を差し出したんでしょ? 立派な共犯者だね」

 「全然嬉しくない。てか、あんた意外とワルなんだね」

 「恋愛ってさ、結構ワルだと思うよ」

 「うわぁ、雪穂からその発言出るとかウケる」

 「え、嘘」

 「うん、見た目清純そうなのに」

 「人を不純みたいに言わないで!」

 そう言ったらさっきまでの雰囲気が可笑しくなって、何だかお互い笑ってしまった。

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