第十七章

 「もう、向こうのクラスは何してんだか……」 雪穂は呆れながらもヒバリたちの事が気になった。


 (本当は同じクラスが良かったのに……)


 今更言っても仕方ないがそう思わずには居られなかった。そもそも合同なのにグラウンドを分けて使う意味が分からない。いや、広さとかそういう意味で仕方ないのだけど、それなら最初からそう言う設計で作れば同じグラウンドに居られるのに! と雪穂は設計者に文句を言いたくなる。

 「何か恋する乙女って感じだね」

 そう言ったのは千秋だった。学校指定のジャージ姿がその大きな胸に似合っていない。

 「どういう意味?」

 「そのまんまの意味だよ。ずっとヒバリの事ばっか見てる。あたしも告白したのに全然見向きもしない。なんか悲しいなぁ」

 「……その言い方ズルい」

 私だって千秋の事は好きだ。でも、それはやっぱり親友としての好きでしかなくって、私はどうしてもヒバリの事が一番好きでそれを誤魔化す事も偽る事も出来なかった。これで良いんだと思う気持ちと、これで良いのかなと思う気持ちが常に胸にある。

 ヒバリは夏樹と付き合っている。

 ヒバリは夏樹が好き。

 それは分かっている。分かっているけど、けど……。

 どうしても心が整理つかない。モヤモヤする。イライラして何だか無性に何処かへと走りたくなった。



 ピーーー!



 男性体育教師の笛が鳴る。

 「次、お前らだぞ!」

 そう言われるのと同時に私はスタートラインに立った。早く走りたい。早く走りたい。早く走りたい。ここでもない何処かへと走って、この嫌なモヤモヤを吹き飛ばしてしまいたい。

 今空を飛べたら、あの青空を思いっ切り飛び回りたい。海をがむしゃらに泳ぎ回りたい。

 このモヤモヤを手頃なスポーツで晴らしたい。晴らして、そして、また素直な気持ちでヒバリに向かいたい。あぁ、だめだ。私はどうあがいてもヒバリが好きで、どうしてもヒバリが好きだ。千秋には悪いけど、私はヒバリが好き。



 スタートの笛が鳴る。

 私は走った。他の皆も一緒だ。この世界の学校は男女で体育を分けたりしない。無性別時代を経て、身体的な差と言うものをほぼ感じないと言うのを理解した。やっぱり筋力に着き方とか、脂肪の着きやすさとかはやっぱり差があるけど、同じ運動量で同じ食事だったらたかが成長期の差なんてそんなに目くじら立てるほどでもない。だから、一緒に走る中に男子が二人居る。他三人は女子だ。

 私はそんな彼らを抜かした。

 「雪穂飛ばし過ぎだって!」

 千秋が言う。でも、構わない。

 私は今走りたいんだ。

 どこまでも何処までも遠くへと、このモヤモヤが消える彼方へと走って、走って、走りたいんだ。

 誰にも邪魔されたくない。そう思って居ても、やっぱ地上は狭かった。すぐにゴールしてしまう。こういうゴールはあるのに、他は色々とゴールはないものだなと私は思う。

 「雪穂のタイムは―――」

 計測係の真面目そうな眼鏡の男子がタイムを言うのだが私はほぼ聞いて居なかった。別に体力測定じゃあるまいし、それにこんなに気持ち良く走れたのだから、少しは体育の評価上がって居るだろ。そう思ったら、肩をポンと叩かれた。見るとさっき一緒に走っていた男子のひとりだった。確か陸上部だったような……。

 「お前良い走りだな。陸上部に欲しいくらいだ」

 「そう?」

 「テニス辞めて入らないか?」

 「嫌」

 「そっかぁ、残念だ」

 残念がるリアクションがデカいな。でも、まぁ、こういう素直に感情出す人を少しは羨ましく思える。

 遅れて千秋が声を掛けた。かなり息を切らしている。体育会系っぽい身体してるのに……主に胸が、意外と運動音痴だ。

 「はぁはぁ、たく、これだから体育は嫌いなんだ……」

 「胸のせい?」

 「そうそう、この豊満な胸の……って何言わせんだこの!」

 そう言って彼女は私の胸を揉む。

 「お前だって良い乳してんだろうが!!」

 「ちょっ、やめって!」


 そうしていたら、男子が顔を赤くして逸らした。

 意外と初心な男子生徒達だ。

 「こら、お前ら! 発情してんじゃねー! 神聖な体育をなんだと思ってやがる!」

 「えぇ、先生は保健体育で性の授業もするじゃないですか?」

 そう教師を茶化すのは千秋だ。

 「バカ、あの授業は健全な自分の身体への向き合い方を教える神聖な授業だ。いいか、今は性別から身体のつくりまで色々と変わる時期だ。それに向き合い、そして知恵を着けて勇気を持つ、これが無性別時代の新しい生き方だ」

 「「おおぉ!」」

 その教師の言葉に感心したのは周りの生徒達も一緒だった。



 パチパチと拍手する生徒達に教師は少し照れてる。



 「はじめて先生を健全な眼差しで見た気がする」

 「今まで不健全だったのかよ!!」

 千秋の強烈なボケにツッコミが入った所でちょうどチャイムが鳴った。すかさず集合を掛けるとすぐに一ヶ所に集合した。こういう所は仮にも少し緩い進学校の良い所だ。適度に真面目で適度に緩い、張る所と緩める所のバランスをとる事ってもしかしたら今の時代に必要なのかも知れない。


 「ありがとうございました!」

 「「「ありがとうございました!!」」」


 日直の号令でこの日の体育の授業は終了だが次の四時限が現代国語と言うのは少し眠くなりそうだ。

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