第十六章

 「雪穂大丈夫なの?」

  心配そうに教室で千秋は聞くのだが私は大丈夫だよと応えた。彼女は心配症だ。一限目の日本史の授業だってちゃんと受けていたし、それに、もう体調も良くなったのだけど、相変わらず私の中には小さな悩みの種が根を張っている。いや、それはもう種ではないのかな、そんな事を思いながら、私の悩みの種と言うのは千秋の告白だ。「私にしとけ」とはどういう意味なのだろうか、やっぱりそういう意味だろうなぁ。でも、女同士ではさすがに抵抗がある。

 性別がなかった頃ならまだしも、完璧に性別を得てからは、もう私は女になった。

 男が好きだと言う自覚はちゃんとある。だけど、やっぱりヒバリは好きだ。ヒバリは女の子になった。あまりにも唐突に。だけど、それでも、やっぱり私はヒバリが好きだ。同性になった。だけど、それは諦める理由にはならなかった。

 私は単純にヒバリが好きだ。多分男になったヒバリでも同じ事だと思う。

 だから、私はレズと言う訳ではないと思う。

 「あんたら仲良いよねぇ、付き合ってんの?」

 声を掛けて来たのはクラスの女子。別に冷やかしや何かではなく、悪意なく彼女は聞いて来たのだが、私は少しドキッとした。

 「まっさかぁ、女同士だよ?」

 そう言ったのは意外にも千秋だった。私は少しチクッとした。



 ………アレ? 何で悲しでんるの私?



 自分の感情なのに不思議な違和感を私は持って居た。

 ヒバリが好きなのは確かだ。ずっと子供の頃からヒバリの事が好きだった。それに偽りはないのに千秋に「女の子同士だよ」と言われてから、少し何かが痛い。でも、何が痛いのかが分からない。



 「だよねぇ、いや、マジで付き合って居たらどうしようかと思った!」

 「もし私が雪穂と付き合って居たらどうする?」

 「千秋が付き合って居たら? うーん、どうもしないかなぁ……ビックリはするかもだけど」

 「意外とあんたは大雑把なんだね」

 「まぁねー、あ、やべ、ちと友達待たせてんだわ」

 「はっ? もう授業始まるけど?」

 「秒で終わる用事。大丈夫、大丈夫」

 そう言って話し掛けて来た子は去って行った。

 嵐みたいな女だなと言ったのは千秋の方だ。私は彼女の名前を覚えていないが、クラスでは一応中心的な人物だ。

 「さっきの話し……」

 私は千秋に聞いてみた。

 「ん?」

 「いや、女の子同士がどうのとか……」

 「あぁ……」

 千秋は少し考えるようにして、私に耳打ちして来た。



 「だって女同士ってバレると面倒でしょ? あの子もああ言ったたけど、実際どうか分かんないでしょ? だから保険」



 そう小声で言った。



 △


 三時時限目。

 「うーん、やっぱ怪しいんだよなぁ」

 夏樹が言う。双眼鏡持って居ないのに双眼鏡のポーズしている。

 僕らが居るのは第二グラウンドだ。僕らの学校は小高い丘にあるので敷地が広い。すぐ下に住宅地があるのだが、比較的に新しい住宅地で適度にスーパーやクリニックもあり、もう少し麓には幼稚園や小中一貫校がある。第二グラウンドは少し坂を上った所で、下の第一グランドはフェンス越しに見えるようになっている。

 僕らはグラウンドでマラソンをしていた。ふたクラス合同なので僕らは次走る事になっている。

 「怪しいって?」

 「見ろよ。あの女、また雪穂の隣に居るぞ」

 「仲良いからでしょ?」

 「にしてはあんなに引っ付くか? あ、おいおい、急にイチャイチャしやがって!」

 「別に女の子同士の普通のイチャイチャに見えるけど……」

 「いつからお前レズに関心持つようになった?」

 「いや、僕別にレズって意味で言った訳じゃ……」



 ピーーー!!



 「そこのふたり! 他クラスの体育覗く暇あるならさっさと走れ!」

 「うわやっべ!」

 「急ごう、夏樹!」

 「あぁ」

 女性体育教師が笛を吹いて怒鳴った。僕らは慌ててトラックに入る。

 「まったく、男のお前ならまだしも女のヒバリまでどうした? 思春期か」

 呆れたように言う女性教師に周りの女子たちはクスクスと笑っている。

 「す、すいません」

 何だか僕は女になったのにすっごく恥ずかしい想いをした。

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