第十三章

 お昼はパスタにした。海老とベーコンパスタを注文した僕とナポリタンを頼んだ夏樹は美味しそうに食べている。

 話した内容なんてほとんど教室に居る時と変わらないけど、教室に居る時よりも楽しくって、ずっとお喋りできるから好き。何が違うのかは分からないけど、時間も気にせずに自由で平和に夏樹と居られるだけで僕は幸せなんだと思う。

 僕は食事するのが少し苦手だ。

 食事すると何か恥ずかしいから人目を気にしながら食べちゃうけど、夏樹はそんなこと気にせずに頬張るので、何だか気にしてしまう僕の方が可笑しく思えて、安心した。

 夏樹は不思議だ。居るだけで安心するし、心強いからいつの間にか全部預けてしまう。

 心も身体も全部夏樹になら見せて良いと思う。

 「ヒバリ」

 食べ終わると不意に夏樹は僕の名を呼んだ。僕はナプキンで口を拭いていたから反射的に、何も思わずに夏樹からのキスを受けた。

 ナポリタンの味がするキスだった。

 とっても美味しいキスをした僕はあまりの不意打ちに、恥ずかしかった。

 「うわわわわわあああ!!」

 顔が熱い!! もう火が出るんじゃないかってくらい熱くって、僕はテーブルに伏して夏樹の顔を見ないようにした。

 「バカバカバカ!! 急にするなよ恥ずかしいな!! もう少し考えてよ!!」

 伏せたまま僕は怒った。

 「な、何だよ! 付き合っているんだからキスぐらい普通だろ?」

 「違うよ!! もっと何か雰囲気大切にしたかったのに、こんな食事してまだ鏡も見ていないのにキスするなんて!!」

 「なんだよ、それ!! じゃあ、良いよ。今日は帰ろうか?」


 「え?」


 思わず僕は顔を上げた。

 夏樹の顔は怒っていた。けど悲しみの方が大きくって、泣きそうな顔をしては居なかったのに泣きそうだと思った。

 「なんで帰ろうなんて言うの?」

 「だってキスも好きな時に出来ないなんて、やっぱりヒバリは俺の事好きじゃないんだろ?」

 「ちが!! 何でそんな話になるの!? 僕言ったじゃん!! 雰囲気大切にしたいって!!」

 「じゃあ、どのタイミングなら良いんだよ!! 何!? 夜の噴水の前でして欲しいのか!? じゃあ、それまで待ってやるか!!」



 パシーン!!



 僕は思わず夏樹の頬を叩いた。

 泣きたくなった。こんなすぐに夏樹と喧嘩するなんて思わなかった。ずっと一緒だったのに。家族よりも一緒に居る夏樹とこれからもずっと、これから以上にもっともっと大切な関係になりたかったのに、そんな事言われたら悲しくなる。ああ、夏樹は僕の事何も分かって居ないんだなって思ってしまう。

 僕だってキスしたい。いつでも好きな時に。でも、やっぱりそれにはタイミングがあって、だから、それを分かって欲しかったのに、夏樹は僕の話しを聞こうとしないから、それが悲しくなった。


 周りのお客さんが心配そうに僕らを見ている。


 「帰ろうか……」

 夏樹が悲しそうに言う。

 せっかくのデートなのに、大切な想い出になるはずだったのに、何だか悲しい思い出になってしまった。



 その日の帰りの電車は重い空気だった。

 まるで暗い湖の底に沈んでしまったかのように車内には重い空気が漂っていた。

 このまま死んでしまうかのような悲しい気分に夏樹も何も話さなかった。

 電車は一時間して地元に着いた。

 本当はこのままカラオケでも映画でも観たかっただろうに、ふたりともそんな気分じゃなくって、早く家に帰って泣きたい気分になって、駅で何も言わずに別れようとしたけど、

 「ヒバリ」

 夏樹が声を掛けた。

 それだけの事に僕はわずかな希望を抱いた。このまま別れたくない。

 「ごめんな……俺、お前の事分かって居なかった」

 「ううん、僕の方こそごめん。あんな事で怒る事なかったのに、夏樹がしたい時にキスさせてあげればよかったのに、僕って心が狭いんだね……」

 「そんな事ない!!」

 そう言って夏樹は僕を抱き締めた。

 「もっとお前の気持ち考えてあげればよかった。ごめんな……」

 「ううん、良いんだよ」

 僕は夏樹を抱き締めた。

 「……ねぇ、キスして……」

そう言うと夏樹は目を閉じてキスをした。少し短いキス。夏樹はゆっくりと唇を離すと、またごめんと言った。僕は首を振り、お互いに謝るようにまたキスをした。

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