第十二章

 その週の土曜日、夏樹とデートした。家を出る時、母さんはもう少し可愛い服にしなさいと言ったけど僕はジーンズに白いパーカーを着ていた。呆れる母さんは好きにしなさいと言ったのだが、そんなに変なのかなぁ、このパンダのパーカー。結構お気に入りなのに。おなかにパンダの顔がイラストされたシンプルなデザインだが秋口に着ると結構温かくって気に入っているに……。

 「可愛いな、その服……」

 駅で待ち合わせしていた夏樹は僕の服を見てそう褒めてくれた。ホラやっぱり可愛いじゃん! お母さんが変なんだよ! あんな微妙そうな顔して。

 「ありがとう、お気に入りなんだ」

 「そうか……」

 そう言って夏樹は僕にキスをする。夏樹の唇は少しだけ震えていた。それなのに暖かくって、僕は安心した。そして、そのまま夏樹は改札を出る。僕もあとに着いて行って、出る時に夏樹は手を繋ごうと差し出すのを僕は恥ずかしかったけど繋いだ。夏樹の手はいつも感じるよりも大きかった。僕が女になったからなのかもしれない。でも、身体の骨格はまったく変わっていない。少し胸が大きくなって痛かったけど、肩も凝ったけど、気になったのはお尻に脂肪がついた事だった。少し大きくなって張りが出ているけど、大きいのは少し気になるから、女になって最初に感じたデメリットだった。

 「男になったらもっと戸惑うぞ?」

 少し混んだ電車内で僕らは立ったまま外の景色を眺めるように話した。

 地方都市だから住宅街の方が目立つ。たまにトタン屋根の古い工場みたいな建物が見えるけど、基本的に視界は広い。遥か遠くにビルが見える。電車はあそこを目指すように大きく緩やかなカーブを描く。

 「そうなの?」

 「まず体は無駄にデカくなるし、声は低くなる。あと毛は濃くなって、ニキビが出来やすくなる」

 「大体男になった子が抱く悩みだよね?」

 「あぁ、急に体臭も変わるし高校生になったら髭も生えるようになるし、あの変化は少し傷付くよな?」

 「実感は出来ないけど分かるよ」

 「あ、そっか。お前今は女だもんな」

 「見た目で分からなかった?」

 「いや、何かお前って男になるもんだと思って居たから……」

 「え、ヒド!」

 「ヒドって何だよ! お前どっちでも良かったんじゃないのか?」

 「どっちでも良いけど、少し女の子になりたかった」

 「え」

 今度は夏樹が驚く番だった。

 「男になりたかったんじゃないのか?」

 「どっちにもなる気はなかったよ。でも、少しだけ女の子に憧れていたんだ。……えっと、夏樹はそう言うの嫌だったかな?」

 僕は少し不安になって夏樹を見た。

 夏樹は急に僕を抱き締めた。そして、少し強く抱きしめて僕の耳元で言った。

 「ヒバリの事が好きなのは変わらない。それが男でも女でも、性別が無くとも俺はお前が大好きだ。愛している。今は少し驚いただけだ。多分男になりたいんだろうなって思って居たんだ。自分の事、僕って言うし、そう言うの見て居たら男になりたいんだろうなって思って居た。

 本当は少し悩んだんだぞ? 男同士でも好きで居られるのかって。今は女になって安心しているけど、男になっても俺はお前を愛していたと思う。……ヒバリ愛してる」

 そう言って夏樹は僕にまたキスをした。



 その街は人口三十万人の地方都市。

 IT系と医療系の会社が多く、逆に僕が行きたがっている食品系の企業は少ないのが賜に傷だけど、それは地域的特色のひとつだから僕が言っても仕方なかった。それに、僕は関東に出たいと思って居た。東京は好きじゃないけど、地方都市なら好きだった。東京みたいな暴力的な人口じゃないし、適度に密集していて、適度に都会だし、適度にオシャレなお店があるのも好きだった。

 それはこの街も少し似たようなもので、定期的に演奏会が開かれるのは音楽都市ならではで、チケットも五百円だけど有料で、演奏も県内外の有名校が演奏するから、下手なプロよりも怪物が生まれやすいから音楽業界も注目している。でも、僕はそう言うのより、パテシェの方が好きだったから、いつか製菓学校に行こうと考えていた。

 両親からは普通の大学の方が良いんじゃないかと言われたけど、普通の大学で普通に就職していても、それで自分を納得させることが難しいと思ったから、どうせなら、進みたい事に専念できる学校にしたら両親は僕の意志を尊重してくれた。

 「ヒバリって和菓子職人になりたいんだっけ?」

 「違うよ! パテシエだよ! もう、夏樹は本当に人の話しを聞いて居ないね!」

 「ご、ごめん……」

 夏樹が手作りケーキが並ぶデパートの中で慌てるように言う。

 キッチンの中ではドライアイスで冷やしたプレートの上でチョコを形成するパテシエが作業している。素早く、無駄のない動きを僕はコレも芸術だよなぁって思いながら見て居たら、ひとりの店員さんが僕らを見て「よろしければ彼女さんと一緒に試食されますか?」って聞いて来た。

 僕は嬉しかった。僕を性別ある人間だと認められたみたいで僕は本当に嬉しかった。



試食用のチョコは薔薇の花びらの一枚。

パティシエが丁寧に整える薔薇の花の一部、まだ出来たてで、ドライアイスの冷たさがチョコにも残っていた。製品になるとコレがちゃんと一輪の薔薇になり、金粉が少し撒かれて、十二個入れの箱にそれぞれに詰められる。

値段は二千五百円と少し高いけど、バレンタインデーにはバイト代を貯めた高校生が思い切って買うそうだ。最近は夏樹みたいな男子もよく買う。 無性別者も買うのだろうか?

まだ性別のない人は中性的な見た目が多い。そして、肌が白いからよく目立つ。絶対では無いけれど、色素の生成がホルモンバランス的にうまくないらしい。でも、個人差はあり色素の生成が普通の人も居て、その人は何処か無性別でありながら髪が短く、少し男子的なようだ。

それでも、男子の性器は形成されていない。見た目はそうでも、やっぱり無性別なんだ。



「ひとつ買うか?」

「良いの?」

「あぁ」

「ありがとう」

夏樹はそう言って財布から三千円を取り出した。バイトをしていない夏樹にとって大金のはずだけど大丈夫かなと少し気にしたけど、買ってくれた事に素直に嬉しかった。

紙袋に入れられ、渡されたチョコを僕は宝石のように大事に持った。

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