第十一章

 幼稚園の頃、私達はまだ誰も性別がなかった。先生は私達が将来なんにでもなれるように色々と話しを聞かせてくれたけど、それはあくまで幼稚園児として教えられる知識でしかなかった。恋愛の仕方を教わるにはまだ早いけど、キリスト教系の幼稚園だったから将来の話しをしたらキリスト教の教えで、先生達はアドバイスをくれた。中にはチーターになりたいと言う子も居た。なんにでもなれると言う言葉をそのまま額面通りに受け取ったら、大きくなればチーターにでもなれると思ったらしいけど、生きている生き物が違うから、先生は困りながらも言った「うーん、ヨウちゃんは人間だから難しいと神様は言っているけど、けどもし、他にもやりたいこと見つけたら、先生に教えてくれるかな? 約束だよ?」そう言って先生はやり過ごしたのだが、その子はそのまま看護学校に向かった。あの時、先生があの子の夢を否定したからなのか、大きくなって現実的な夢を見れるようになったのか、他に妥協的な夢を見るようになったのか、親の意見を参考にしたのかは友達ですらない私には分からないけど、あの時、ヒバリが言った言葉を私は忘れないと思う。



 ―――先生、僕はお嫁さんになりたいです。



 あの時先生は困った。あの頃の私達はまだ誰も性別がなくって、それでも誰も夫になる可能性があって、誰もお嫁さんになる可能性があって、それを理解できていない私達は簡単にお嫁さんになる、旦那さんになると言っていた。しかし、それを理解して来た先生達は言葉に困った。

 今ここで下手な事を言えば、私達の性別を勝手に先生達が決めた事になる。

 生涯に置いて責任を持たなくはならない性別決定を簡単に、本人以外で責任を持つ事を多くの幼稚園や保育園は避けている。性別の無い時代に置いて、性別を幼少期の頃に決定すると言うのは難しい。

 

 私は男の子が好きになった。男の子の身体を見るのも密かに好きだったし、エロイなぁって思った事もある。その甲斐あって自然にジャニーズが好きになったし、無事に男の子と恋愛もしたけど、女の子も少し好きになったと言うのは変じゃないと思う。

 こんな時代なのに、まだ同性愛への偏見はある。おかしいよ、みんな性別無かったのに、どうしても旧時代から持って来た偏見を後生大事に持って居るの。

 それが錆びて、もう意味もないものだと気付かずに。


 私は女の子になってしまったヒバリが好きで好きでどうしようもなかった。

 ヒバリに性別がなかった頃なら、レズビアンとかそういうの気にせずに居られた。だって性別がないのだから、好きになったとしても社会は気にしない。しかし、ひとたび性別が決まれば、それが同性であれば世間は急に手のひらを返したように攻撃し始める。

 性別がなかったころなら寛容に。性別が決まれば非寛容に。

 同性愛は気持ち悪い。


 何この世界、キモチ悪い。

あなたたちの方が気持ち悪いのに。


 私はヒバリが好きと言う気持ちをどうにかこうにか抑えようとしていた。でも、抑えようとする度に涙が出た。感情が好きだと言うのを否定してくれない。でも、理性は夏樹がヒバリと付き合っているのだから諦めるのが自然だと諭そうとする。しかし、理屈ではそうだと分かっていても好きだと言う感情が着いて行かない。脳と心は別の入れ物に入っていて、それぞれで処理しているからズレが生じるのかも知れない。

 枕を抱いて泣いても収まらなかった。

 この気持ちを忘れようとする度にヒバリが大きくなる。ヒバリを好きだと言う気持ちが大きくなる。それはもう私ではどうしようもなくなった。



 私はヒバリが好き。ヒバリが好き。ヒバリが好き。

 でも夏樹と付き合っている。だから諦めないといけない。



 私はヒバリが好き。だけどこの気持ちは抑えきれない

 私はどうすれば良いのか分からなくなった。分からないまま、ひとり悶々としていた。いつの間にか夜が明けていた。夜の名残を残したままの午前四時。薄い蒼を残したまま朝陽は死にそうなほどゆっくりとした様子で昇って行くのを、私は乾いた涙の跡を頬で感じながら、窓からその様子を見ていた。

 絶望的な気持ちなのに世界は生まれ変わったように新しくなる。

 何も新しくないのに、新世界のような新しさがある。

 世界は一日ごとに生まれ変わる。例え昨日何処かで戦争が起ころうと世界は関係なく、気にせずに、新しくなる。それが残酷なまでに当たり前で、残酷なまでに心強くって、残酷なまでに優しかった。

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