第七章
階段の踊り場で密かにキスをするヒバリを見て声を殺して泣いた。 口に手を当てて、声出さないように泣いた。込み上げて来る悲しさは寂しさなのかヒバリを夏樹なんかに取られた悔しさなのか、私には振り向いてくれなかったヒバリへの失望からなのか分からないけど、それでも、ヒバリが夏樹を好きになれたと言うのには嬉しかった。夏樹が好きだから女の子になったんだよね。良かったね。でも、ごめんね……。素直に祝福できないや……。やっぱり私はヒバリが好きで、朝起きて、顔を洗っても、登校しても、普通に授業受けても、家に帰ってもずっとずっとヒバリの事ばかり考えている。
ヒバリが女になった。それなのに私は相変わらずヒバリが好きだった。
女の子になっても変わらず私はあなたの事が好き、あなただけを見て来た。出来れば私と付き合って欲しかった。夏樹なんかじゃなくって私を見て欲しかった。お願い……。
夏樹と別れて私と付き合って欲しい……。
「……何を言ってんだろ私……」
私は自分の心の汚さに驚いた。
階段の壁に背中を押し付けて私はゆっくりと座った。額を抑えて、眼を隠すように深い溜息と共に私は涙を伝う心と反比例して綺麗なひと滴を拭う事なくその場に沈んだ。
△
「お前もっと可愛いカッコしろよ」
下校時間、夏樹は不満そうに言う。何で? と聞くと夏樹は少し恥ずかしそうにしていた。
「だって、女になったんだろ? もっと可愛いカッコしろよ」
そう言うのだから僕はクスっと笑った。
「夏樹は可愛いね」
「はぁ!? 俺が?」
「うん、なんか可愛い」
「なんだそれ?」
そう言って夏樹はキスをしようとするのだが、僕は近付く夏樹の顔を遮るように顔をそむけた。何だよ? と夏樹は不満そうだったのだが、僕は周りを見渡す。何人かの生徒が遠慮がちに僕らを見ている。女子がキャーと言い、男子生徒がニヤニヤしながら見ている。それ以外の内気な生徒は顔を向けないようにしているけど、眼は僅かにこちらを見ている。
女性は視線に敏感だと言うらしいけど、僕は完全に女性になる前からこういう視線に敏感だった。っていうか、夏樹も場所を選んで欲しい。
「夏樹、場所を選ぼうよ」
「……あ、わりぃ」
一瞬苛立った夏樹だが周りの視線に気づき居心地が悪そうにしている。
「夏樹も思春期してるね」
「なんだよそれ……」
夏樹はそう言うとふたりしてなんだか可笑しく思えて笑った。
「くそ、……可愛いかよ」
「え、あの……ありがとう?」
「少しは謙遜しろよ」
「こういうのは謙遜する方が嫌われるんじゃない?」
「ち、増々女子化しやがって」
「うん、女性ホルモン多くなったからかな?」
「ちげぇよ、元々そう言うとこあったんだよお前は」
何故か怒っている夏樹。
「夏樹、怒ってる?」
「いや、だから、その仕草!! くそ、俺ちょっと頭冷やしてくる!!」
「え、何処行くの待ってよ!!」
急に走り出した夏樹を僕は慌てて追いかけた。
何だよ、あいつのあの可愛さは!! 元々性別無い時から可愛かったのにあの首を傾げる仕草とか流れるような短い黒髪もシャンプーも普通の使っているはずなのに、性別無い時からあいつの匂いとか好きだったし、たまにすムラっとくるし、男物の制服着ているのにあいつの顔思い出しながらオナニーだってした事あるし。やった後にすげー後悔したし、友達相手に発情したとか少し気まずいし、すげー死にたくなったし。でも、あいつが女になって、やったって思った。
あいつが男でも女でも好きだって言って置きながら、男になったらどうやって付き合おうとか本気で考えていたし、どうやって、周り黙らせようとか考えて居たら知恵熱出て来たし、そしたら、あいつがLINEで『ごめんね、急に。今日、学校休んで病院で精密検査して居たら、女性になって、性別決まったんだ……。その報告だよ~』って来て。
あーもう!! 俺こんなに悩んで居る時に急に答え出して来て、俺もうこの感情何処に向けたらいいんだよってなって、そしたら、急にムラムラして、処理して、そしたら学校であいつの顔見れなくなって、でも、話さないといけないから言ったら、やっぱり俺のせいで女になって居て、少し責任感じたけど、でも社会的に付き合うってハードル下がって、少し安心したのも事実だった。
「あぁ、もう!! 俺ゲスいなぁ……」
「はぁはぁ……、下水?? 下水がどうしたの? はぁはぁ……」
驚いて振り返るとそこにはヒバリが居た。聞かれた。そう思った。
「意外だったよ」
「ごめん、今のは……」
「そんな社会的な事に関心があるなんて」
「うん、実は、ごめん、そうなんだ……。ん?」
アレ? なんか可笑しくね? なんか話しが噛み合っていなくね?
「てか、もう、足速いよ。はい、鞄。もう、夏樹途中で落としていたよ」
「あ、あぁ……ありがとう」
そう言ってヒバリから鞄を受け取る。
ふたり分の鞄持ちながら追いかけて来てくれたのか。なんかキュンとくるな。
「ね、ちょっと休ませて。何だか喉乾いちゃった」
そう言ってヒバリは近くの公園のベンチに座った。
俺は自販機でコーラを買った。
受け取るヒバリ。わずかに細い指が触れる。温かい。走って来たヒバリは白い肌に似合わずに温かかった。
「本当は水が良いなぁ」
「自分で買え」
「ひどいなぁ、僕彼女でしょ?」
「今更、女になるなよ。無性別の頃からどっちになれば良いんだって悩んでいた癖に、急に性別決めやがって」
「ごめん、でも、僕だけが決めた事じゃないよ」
「他に誰が?」
ヒバリは俺を指さす。やっぱりな。
「責任取ってね」
そう言うヒバリは悪魔的な笑みを浮かべた。
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