第四章

 雪穂と日直の仕事をしている時だ。「最近ヒバリと仲良いよね?」

 と雪穂は不意に俺に聞いて来た。俺より背の低い雪穂は少し背伸びしながらずらーっと書かれた数学の式を消している。俺は雪穂の方を見ると視線に気づいた雪穂が俺を睨むに似た視線を向ける。それは睨むではなく、嫉妬的な視線だったかと思う。

 「仲良いよね?」

 再度、雪穂はそう言う。

 俺は少しだけどうしようかと思った。雪穂もきっとヒバリの事が好きだ。しかし、それを知った所でどうしようとも思わない。悪いと思うなんてヒバリに対しても雪穂に対しても失礼だと思う。

 「付き合っているからな」

 俺はそう言うと雪穂は驚いた表情をした。「はぁっ」っと言う息を吸う声が聞こえる。いや、声と言う表現は変だろうか。とにかく溜息でもなく、どちらかと言えば驚きの息を吸う雪穂は顔を驚きから困惑に、そして顔を紅くして恥ずかしそうに顔を隠したかと思うと「はぅ!」と何故か後ろを向いて表情を隠した。

 俺は彼女の行動の意味が分からない。



 「ヒ、ヒバリって男の子よね?」




 何を訳の分からない事をと思った。

 ヒバリが男の訳がない。そして女の訳もない。ヒバリはヒバリでそこに性別がないのはみんな知って居る事なのに、雪穂は忘れてしまったのだろうか。

 俺が首を傾げていると「そうじゃなくって!!」と怒られた。

 「ほら、ヒバリの制服って男物でしょ? パッと見たら男の子同士だから……その……」

 雪穂は何だか変なことを言うのだ。

 男同士だから……なに? 別に男同士ではないだろう。見た目は男の制服だがさっきも書いたと通り、ヒバリに性別はないから男と言う単語を俺は詳しく認識して居なかった。



 「だーかーら、そう言う本あるでしょ?」

 「そう言う本って、いわゆる、ゲイ的な?」

 「……ず、随分、ストレートに言うじゃないの……」

 「曖昧なのは嫌いだからな」


 って言うより元々俺らには性別がなかったのにそう言う本があるのがよく意味が分からない。同性愛って言っても、なんだかピンと来ない。そもそも性別があった時代の価値観が薔薇とか百合なら未だにその言葉があるのが理解出来ない。いや、言葉は言葉だから在っても良いが、それを理解出来る世代が少なくなっているのに、その言葉を使い続けているのって何でだろうと思う。

 やっぱり世界はふたつだけなのだろうか。

 男の世界と女の世界。

 結局、生まれた時だけは性別ないままで、その後は後天的に周りの環境で性別が決まるから、そう言う世界になるのかも知れない。

 このままならヒバリは女になるかもしれない。

 そうなればどんな女子になるのだろう。

 雪穂のように可愛い女子になるのか綺麗になるのか分からないが、どちらにしても俺はヒバリが好きだ。コレに性別的な差はないと思う。

 仮にヒバリが男になったとしても、ヒバリならいいかなと思う。

 良いかなって、何か上から目線になってしまったが俺はヒバリの内面が好きで少しガラス細工のようだが、その男でも女でもない純粋な心が俺は憧れて、抱きしめたいと思ったから、ヒバリが何の判断をしたとしても好きだと本気で言えると確信している。



 △


 私はヒバリが好き。

 それは幼稚園の頃から変わらなくってずっとヒバリが性別無くって良いと思った。だって性別の無いヒバリはとっても可愛くって幼稚園の頃から私はヒバリが好きだった。あの子はお人形さんみたいに綺麗で、可愛くて、そして壊れやすいと思った。

 ホルモンバランスが安定しているけど、その精神までは安定していないからよく『僕は男になりたい』とか『僕は女になりたい』とか急に泣きながら言い出すのだから私と夏樹はオロオロしながらもヒバリを慰めた。


 あの子は一人称が僕だけど、その内面はどちらかと言えば少し女の子のようだ。

 生理を迎えた女の子のように面倒くさくって、ナイーブになったりして、子宮がないくせに子宮のある女の子よりも、女の子みたいに沈んだりして。精巣がないくせに背伸びして少し男の子みたいな服装して来たり、なんだかヒバリってチグハグだけど、何となくその区別のない性別が不安なのかなぁって思うと少しだけヒバリが可哀想に思ったけど、コレが母性なのかな? 私はヒバリを護りたいと思った。


 だから夏樹がヒバリと付き合ってんのかなって思ったら嫉妬した。

 ヒバリがそれを本当に恋と認識しているのかは分からないけど、いっときの気の迷いだったとしても、ヒバリと夏樹が傷付く結果になったとしても、私はヒバリの為なら良いと思った。



 「……でも、叶うなら」



 ヒバリは私の方を向いて居て欲しいと思うのは私のわがままなのかな。

 校門を潜りヒバリと夏樹が恥ずかしそうに手を繋いでいる。お互いに男子の制服で手を繋いでいる様子はそっちに見えるな。それはそれで萌えるのだが、こう言うとふたりに(主に純粋なヒバリに)引かれそうなので止めた。ちなみに夏樹に引かれようがどうしようが殴るのでどうでも良い


 私は夏樹には容赦しない。

 ヒバリには言った事ないが私と夏樹は中学一年の頃に付き合っていた。

 二年の秋に別れたのだが、約一年の交際をしていてそれなりに楽しかったと思うのだが、何となく夏樹との恋愛は学生のノリ的なものに思えて、私の方がつらくなって別れてしまった。

 あの頃からだろうか、夏樹がヒバリを意識するようになったのは。


 他の男子はヒバリを男子とも女子とも見ていない。

 夏樹とよく一緒に居るから若干男子よりの扱いかも知れないがみんなヒバリに触れたりしない。やっぱり性別がないとどう接して良いのか無意識な遠慮が生まれるのかも知れないが、それが、夏樹がヒバリと付き合うまでの私の平穏だった。


 許すまじとは思ったのだがヒバリが手を繋いで幸せそうな様子を見ると、そんな嫉妬の炎は消えてしまった。



 私はヒバリが好きだった……。

 それだけで、十分だ。

 この気持ちは大切な青春の一ページだったとして心に留めておこう……。



 △


 その日は雨だった。

 僕は雨と言うのが好きではないけど、特別に嫌いと言う訳でもなかった。

 傘に当たる雨音がまるでドラムのリズムのように奏でているのは聞いて居て楽しいし、それに車の通る音が少しだけ大きくなって、微かな湿気の匂いと共に、濡れた土の匂いがする。

 とあるアニメ映画監督は雨の日は上空の匂いを運んでくると言うような表現をしたけど、僕は地上の匂いしか知らないから、それが空の匂いなのか、僕には分からなかった。

 もしかしたら、僕が土の匂いだと思ったこの匂いが空の匂いなのかもしれない。

 僕が飛行機の操縦士にでも……いや、これはもしもの話しなので本気にしないで欲しいのだけど、もしそうなったら、確かめてみようかと思う……。



 そこで思った。

 飛行機の窓を開けたら気圧の変化で機体がバラバラになってしまう。

 結局、僕の将来やりたい事と言うのは叶わずに終わりそうなので、このやりたい事はなしにしよう。


 僕が将来の事を夢ではなくやりたい事とか居たのは、僕には夢と言うのがないからだ。

 性別が欲しいと言うのは夢ではなく願望だ。

 願望が夢ではないのかと聞かれたら、僕は答えに窮してしまう。

 僕にとっての願望と言うのはまだどちらでもないのだ。性別が欲しいけど、それは、居場所みたいなものが欲しいだけで、別に僕はどちらになりたいと言う強い願いはなかった。ここにサイコロがあって、その出た目で決めても良い。


 奇数なら男でも良い。

 偶数なら女でも良い。


 それくらい僕にとって性別は欲しいけど、強い願いではなかった。

 僕って欲が少ないかも知れない。今なら仙人になれるかも……。



 「なぁ、ヒバリは女になりたくはないのか?」

 夏樹が言う。

 なりたいと言うとそうであり、そうでないから僕は言葉に困った。だから僕の答えを少し夏樹に託そうと思う。僕は狡かった。

 「夏樹は僕が女の人になって欲しいの?」

 夏樹の足が止まる。

 思わぬ夏樹の行動に僕は五歩先に進んだ。そして止まった。僕の五歩うしろに夏樹が居る。

 彼は泣きそうな表情をしていた。男なのに泣きそうな表情に僕は罪悪感のようなものを感じた。胸が痛み、心臓が突き刺さるようで、まるで氷柱のような痛みなのに僕のお腹は熱かった。



 夏樹の表情が、苦悩に満ちた表情が愛おしかった。



 僕は少しサディストかも知れない。

 「俺は……お前みたいに性別が決まってない奴を知らない。好きになった人の性別で性別が決まるってのも正直仕組みがよく分かって居ない。元々性別無いのに何でそんな仕組みにしたんだろうって……って思ったら、生き物って本当に昔は性別がなかったんだってな。雌雄同体で、その環境で雄雌別れたり、たまに自家受精したりしているらしい。そっちの方が効率的なのに、どうして性別があるのかなって思ったんだ……」

 夏樹は少し苦しそうだった。

 「答えは見つかった……?」

 夏樹は首を横に振る。僕はそっか。と言う。「遅れるよ……学校」そう言って僕は夏樹の手を握った。

 夏樹は僕を引き寄せてキスをした。

 傘が地面に落ちて少し転がる。



 僕は強く抱きしめられた。

 「……もし、お前が本当に性別決めるの嫌ならそのままで良い。俺が決められなかったのは、決めたらお前がお前でなくなりそうで怖かった……。もしお前が女になったら、今のお前を否定したみたいで怖かった。もしお前が男になったら、この……壊れそうなお前が居なくなるんじゃないかと思った……」

 夏樹はさらに強く僕を抱き締める。

 「夏樹は僕をガラス細工のように壊したいの?」

 僕は笑って言う

 「逆だ。ガラス細工のように壊れてしまいそうだからこうやって傍に居たいんだ」

 「ありがとう……」

 でも、と僕は夏樹から離れる。彼は驚いたように僕を見ている。

 「壊れやすいだなんて思わないで欲しい。僕は伊達に十五年間生きてないよ」

 そう僕は彼に言う。

 いつの間にか雨は止んで居た。

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