第三章

 僕は夏樹が好きだ。もちろん、それは同性なら友愛で異性なら恋愛的な意味を持つかもしれない。ホルモンが男性と女性の両方がほぼ同数で分泌されて居る僕が、その異性愛的なものを正しく認識できているか、或いは感じられているかは分からないが、とにかくそう言った生物学的、医学的、哲学的みたいなものは放って置いて、僕は夏樹が好きだ。

 彼の淡々とした性格が好きだし、その何でも受け入れてくれそうな性格が好きで、僕は夏樹と居るのが好きだ。

 そして、同時に雪穂と居るのも好きだ。

 雪穂と居ると僕はホッとするんだ。彼女は元は性別無かったのに、今では充分に女の子らしくなって、胸だって大きくなった。

 僕らの性別を決めるのは好きと言う気持ちらしい。

 なら夏樹は女の子が好きで、

 雪穂は男の子が好きなんだ。

 その違いと言うのはわずかな遺伝子の差で決まるらしい。

 未だにどの塩基配列が人を人であると証明されているのか分かってないらしい。

 何処まで塩基配列の情報が欠落したら人は死ぬのか分かっていないらしい。

 それでも細胞の一生は決められていて、人の一生は決められていない。

 いつ老衰で死ぬのか分からない。

 いつガンになるのかもわからない。

 人は人の寿命が分からない。だから極端に死を恐れるのだ


 人は唯一死を恐れる生き物であり、唯一死の恐怖を克服した生き物だと言う。


 「死ぬのは怖くないと言い、人は死ぬ恐怖の準備をするのです」と前に読んだその小説の登場人物は言い「だが、その準備を出来ずに死ぬ人は居るだろう」と主人公は言う。

 まったくその通りだと思うのだが、主人公の言い分も分かり、彼女の言い分も分かる。しかし、どちらが正しいかと言うとまた別問題だ。

 分かると言うのと正しいのは別問題だ。

 生きる事に答えがない。なら死ぬのにも答えがなくって、僕らはその矛盾の中で生きている。



 「生き物は進化の過程で寿命を発明したんだよ。地球が生まれて四六億年。初期の原始細胞は寿命なんてなかった。世代交代は分裂によるコピー、しかしそれでは簡単に外部の攻撃を受けやすく、また、病気になり易い。それを、長い時間かけて克服するために進化しようとした。その過程で永遠の寿命の存在が邪魔になった。死ぬ事のない細胞はやがて病気に対して絶滅しかけた。そこで生物は自分に似ているけど違う生き物を作ろうと性別を発明した。同時に寿命を作った。そこでは定期的に生物が死に、その死骸は土に還り、また別の生き物を潤す」


 そう中村先生は言った。


 なんと悲しい話しかと思うのだが、このシステムは画期的だった。

 死ぬから必死に生きようと思うし、死ぬから今を大切にしようと思う。


 だから、僕はいずれふたりのうちどちらかに告白する気だ。

 それは性別が欲しい訳じゃなくって純粋に単純に好きだと言う気持ちからだ。



 僕は夏樹が好きだ。

 一人称が『僕』の僕に告白されたら嫌かも知れないが、あいにく僕は男じゃない。そして女でもないから、どちらにも性的な欲情しない。それでも、ふたりのうちどちらかを好きになる日が来ると思うと。そうしたら、きっと親友の片方は泣くだろう。

 僕としては雪穂に泣いて貰いたい。

 それは可愛いと言う想い以外に彼女の明るさに尊敬して、憧れて、惚れて、そして好きだと言う感情。

 もちろんそれが愛とか言う感情かは僕には分からない。

 僕は愛と言う言葉は知って居ても、愛と言うものを知らない。

 愛と言う書き方は知って居ても、愛し方を知らない。

 この言葉、誰の言葉だっけ?

 とにかく僕は夏樹が好きだ。それに嘘偽りもなく、そして誤魔化しすらもなかった。



 これは、僕は女になるチャンスなのかもしれない。

 好きになった性別で性別が決まるらしい。

 女性を好きなら男性に、男性を好きなら女性になる。



 なら、そのどちらでもない人はどうなるのだろうか。

 女性を好きでありながら女性の性別を持った人は、男性を好きでありながら男性の性別を持った人は、そのどちらかの性別を持ちながら、どちらも好きになる人はどうなるのだろうか。



 この世界は矛盾だらけだ。

 何処にも答えなんてない。

 その癖に答えを知りたがる。

 人は確実な答えを求めてしまう。



 やっぱり神様は人間が嫌いなんじゃないかと思う。



 △


 体育館で夏樹はバスケをしている。

 背の高い夏樹はコートを自由に動いている。三人にマークされているのに、ボールを奪われそうになると背を低くして、後ろに回転してから仲間にパスする。軽々とジャンプする夏樹から放たれたボールは放物線を綺麗に描き、バスケットゴールに入る。

 その瞬間、試合が終了して夏樹のチームが勝利して負けたチームは「夏樹が居るのに、勝てるかよ!」と文句を言った。確かに夏樹は強い、夏樹は自分だけがプレーするのではなく、ちゃんとチームを見て、適度にパスしたり、仲間を前に出したりして全体的なプレーを重視している。

 なんか、リーダー的な試合の仕方に僕は関心と尊敬をした。



 「夏樹は良いね、運動出来て」


 シャワー室から出た夏樹に僕はそう言った。

 学校指定のジャージ姿から制服に戻った夏樹に僕はそう言った。

 「何だよ急に」

 「だって、背が高くて運動出来て、カッコいいから……」

 僕がそう言うと夏樹は少し照れたように顔を赤くしたけど、それを誤魔化すかのように夏樹は僕にじゃれる。

 「そう言うヒバリだって可愛いぞ。背は低いし、色白だし、眼だって……」

 夏樹はそこで言葉を止めた。

 「眼だって……なに?」

 僕は夏樹の言葉が知りたくて聞いてしまった。もしかしたら、聞かなければよかった事かも知れないけど、友達なのに隠し事って何か嫌だった。……ううん、僕が夏樹の事好きだから言って欲しかったんだと思う。

 「いや、なんか、その……」

 そこで夏樹は周囲に気を配り言う。

 「その……可愛いなって」

 「なんて?」

 本当は聞こえていたのに僕は意地悪をした。ごめんね。

 「だ、だから、その……可愛いなって」

 「うん、ありがとう」

 僕は嬉しくってそう呟いた。

 もしかしたらニヤけてしまったかも知れない。

 今鏡あったら絶対自分の姿見たくない。でも、夏樹に僕の顔見られたら恥ずかしい。どっちが恥ずかしいかと言えば夏樹に見られたのが恥ずかしいけど、その自分の顔を知らなければ何とか耐えられる。そう思うと乗り越えられる羞恥心だったが、さすがにコレは無理だった。



 夏樹の顔が目の前にあった。

 閉じた睫毛が意外と長いと思った。僕は夏樹と初めてのキスをした。夏樹の唇は少し暖かくって、そして柔らかくって、夏樹の制汗剤の匂いがした。

 男の子の匂いだと思った。

 僕には無い匂いに憧れる。

 その癖に僕は『僕』って言う。

 男の子が好きなら女になるはずなのに僕の心は男の子に憧れているみたいだ。同時に女の子にもなりたいと思う。結局どっちなんだと思う。

 僕は心がきっと両方の性別があるんだ。

 男の子が好き、でも女の子にも憧れている。

 女の子が好き、でも男の子にも憧れている。


 ▽


 「稀にあるんだよ、両方の性別が好きな人が居て。心は女で身体も女の人が女の人に恋するのもあるし、心は男で身体も男の人が男を好きになる事もあるし、その両方が好きな人も居るし、身体の恋愛と心の恋愛が違う人も居る。そして、このどちらでもない人も居る。この世界に居るとね、性別は色々あるんだなと思うよ」


 そう中村先生は言う。



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