第二章
――――お前は男になるんだ。
そう父さんが言った。
――――あなたは女の子になりなさい。
そう母さんが言った。
幼少期からふたりは僕が全くどちらでもないまま五歳を迎えた日にそう言うのだ。
その頃までに性別は少しできている子も多いのだが、僕は全くどちらでもなかった。性別を現すものが僕には存在せず、誰かを好きだと言う感情が僕の中では希薄だった。
それは人間失格の主人公のように人の感情が分からないのではなく、なになにちゃんが好きだとか、何々君が好きだとか、幼稚園児によくある、よく分かって居ないけど好きだと言う感情を現すようなことが、僕には理解できなかった。
その点では僕は大庭葉蔵なのかもしれない。
人間失格の大庭葉蔵のように僕の家族仲は不和ではなかった。しかし、何処か違和感があるのだ。
僕は性別なんかいらない!
それなのにみんな寄ってたかって僕に男になれだとか、女になれだとか言うんだ!
僕はひとりだ……。
そういう意味では僕は人間失格なんだ。
神様は残酷だ。
せっかく性別をなくしたのなら、どうしてそのまま性別をないままにしなかったんだ。
知恵の木の実を食べたから世界中の生き物に死の呪いを与えて、神に挑もうとしたらバベルの頂上か大雨を降らせて、人が一緒にならないように言葉の壁を作って、三度目には性別すらも奪い、あとは何を望むのだろう……。
もしかしたら神様は人が嫌いなんだろうぁ……。
△
「どうしてそう思うんだい?」
中村先生は隣の部屋からガラス越しに言う。スピーカーから先生の声が聞こえる。僕の声はどこかにあるマイクから向こうにも聞こえる。
部屋の様子は見えないけど分かる。MRIに入る前に見た。そして、生まれてからずっと通っているような感覚のある病院だから、もうふたつ目の家のようなものだ。
家という程に気持ちの良い物ではないけどね……。
例えるなら、そうだなぁ……研究施設かな?
よくあるだろう、生物兵器を扱う研究施設。
デストピアという現代小説があった。天才的な頭脳を持った孤児ばかりを集めた研究施設で、子供の脳をいじってアインシュタインに継ぐ天才を生もうと言う計画が昭和の混乱期に陸軍の極秘施設で行われていたらしい。
戦後、その子達は自分を作った政府に復讐すべくテロを行うと言う内容の小説だ。
あの中で少年たちは施設を家だと言った。
家のない子達にとって忌むべき場所であるはずなのに、家だと称する事に僕は違和感を覚えたのだけど、分からなくもなかった。
多分コレが分からない人は満たされた人なのだと思う。
そう言えば満たされた人は音楽を聞かない。満たされていないから音楽を聞くんだと路上ライブをしていた女性が言っていた。その言葉に僕は共感した。僕は性別を含めて色々と欠落しているんだ。だから、僕は満たされていない。
「人が好きなら人を増やすように人を作るでしょ? だから昔は性別があった。世界は男か女かのふたつだった。でも、今は性別がない人と男と女の三つに分けられた。僕はない方。
もし人を増やしたいのならふたつの世界で良いはず。それなのに三等分したのはやっぱり人を減らしたいからじゃない?」
「それは違うよ」
中村先生は言う。
「人口的にわずかにだけど男の方が多い。コレは単純に男性の遺伝子の方が劣っているからだと思われて居てね、狩猟時代にも死亡率は男性の方が多いから生き残る為にわずかに男性の人口が増えた。しかし、今は三つ目の性別が誕生した。これは、男でも女でも可能なように進化した証拠で、人類はより一層、種の保存が出来易くなった証拠だと思う。神様はきっとまだ人が好きなんじゃないかな」
「希望論ですね」
「君のもね」
中村先生はそう言う。
MRIの中で何かが回転する音がずっと響いている。僕はこういう継続的な音が苦手だ。永遠を感じてしまうからだ。人は永遠なんてないくせに永遠なんて言葉を作った。永遠の命、永遠の愛、そんなもの存在しないのにエジプト文明ですら永遠の命を持とうとしてミイラを作った。
日本も死後も生きながらにして仏に仕えようと即身仏になる高僧も居た。
存在しないから憧れるのは狂気に近い。僕には恐怖だ。
僕は終わりの方が好きだ。
どうせ苦しみながら生きるのだから、僕は終わりという希望が在った方が生き易い。
終わりを恐れる人と終わりに希望を見る僕。
どっちが真理とかはどうでも良い、これは僕の哲学だから、僕だけが理解していればいい。
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