うちの可愛いお嬢様になにしてん??

こう

うちの可愛いお嬢様になにしてん??



「エレオノーラ・フォン・クリスティビー! 今夜をもってお前との婚約を破棄する!」


 ぶっ殺されてぇのか。


 お嬢様の侍女として控え室で控えていた私は、夜会会場から響いてきた戯れ言に殺意の波動に目覚め、国家反逆罪に値したとしても発言者であるこの国の王子へ殺意を飛ばした。


 本来ならここまで明瞭な声が控え室まで届くことはないが、夜会会場であるホールは広く、音が反響するようになっており、壇上の声を遠くまで運ぶよう設計されている。今夜は主催者の挨拶にしか使用されないはずの壇に誰かが上り、馬鹿げた発言をしたことを見ていなくとも知ることとなった。


 というか問題の馬鹿者は我が主人エレオノーラ・フォン・クリスティビー公爵令嬢を貶めた婚約者、この国の第一王子エフィム・プロテア・ベルベッサ以外にあり得ない。


「誤魔化しても無駄だ! お前がアンジェリカに行った悪行の数々、調べは付いている! 王族の婚約者として品位のない行いだ、見損なったぞ! 悪事を働くような女に私の婚約者が務まるはずがない!」


 ぶっ殺すぞ無駄にでかい声を出しやがって。


 壇上の声しか通らないので反論しているだろうお嬢様の声が一切聞こえない。聞こえてくる一方的な殿下の言葉に殺意をたぎらせながら、主人のコートを引っ掴み控え室を後にする。こんな状態で夜会に居座り続けられるはずがない。早急に主人を退避させなければ。

 侍女として廊下を走るわけにも行かず、最大限の早足でホールの出入り口へと向かう。会場に繋がる扉の前で警備している騎士の姿が見えた。直立不動だが、明らかに会場内の騒動に戸惑っている。分かる。主催者でもない王子がとんでもないことしでかしている戸惑いがすごい。


 そう、この夜会は王家が主催したものではない。当然夜会会場も王宮ではない。

 だというのに駄王子が好き勝手して主催の面目を潰しているのだ。


 この夜会の主催者は、我が主人クリスティビー公爵家の分家であるティーゼ伯爵。

 つい先日終結した隣国とのいざこざから帰還した王弟殿下を賞賛し労る慰労が目的の夜会だった。


 何故王家ではなく伯爵家が主催しているのかと言えば、王弟殿下とティーゼ伯爵が親友同士で有名だから。

 正式な祝賀会は王家が主催するが、今回は簡単な慰労会。王家が主催する祝賀会に参加できない家格の低い貴族も、伯爵家が主催ならば参加できる。疲れている王弟を、まずは労うための夜会だ。

 伯爵家に任せたと言っても王家からも顔出しは必要だし、クリスティビー公爵家は本家なので招待される。王家である第一王子と、その婚約者であるエレオノーラのカップルが参加するのが最適だと考えられた。両陛下が参加したのでは下位貴族達が萎縮するだろうからと、わざわざ年若い二人に任されたことだというのに。


 だというのに駄王子は、何を勘違いしているのか本来エスコートしなければならないエレオノーラを人の家の夜会で糾弾している。

 人様のお家で何をしているんだ。抉るように殴り飛ばしてやろうか。

 大体誰だアンジェリカ。上位貴族にそんな名前の令嬢は存在しないぞ。オリガの知っている上位貴族のアンジェリカ様はアンジェリカ・チェリー伯爵夫人八十二歳だ。伯爵も健在。


「アンジェリカは男爵令嬢だ! 知らないとは言わせないぞ!」


 流石我が主人同じ疑問に行き当たったのですね。同じ疑問をぶつけられたのですね。

 いや知るわけがないだろう駄王子。お前こそエレオノーラ様の忙しさを知らんのか。

 習い事だらけで最近利き手を痛めておられるんだぞ。腱鞘炎ってやつだ。目立って心配をかけてはいけないからって健気に夜会では手を保護していないからとっても心配。もしお嬢様の手が悪化していたら、お前の利き手を折ってやるからな。


「彼女が泣きながら私に訴え続けた内容からしてつまらない嫉妬心からの行動だろう。私の友人にこのような行いをするなど、国母となる私の婚約者にふさわしくない!」


 友人って距離感じゃねぇだろうが密だったろうが使用人の噂話に上がるくらい近いらしいじゃねぇか異性と適切な距離感を保つお嬢様を見習え!

 そのせいで偉そうとか怖いとか言われているが、お嬢様は貞淑なんだ!


「父からの許可など無くても罪人のお前と婚約破棄くらいできる! さあ私の前から消えろ!」


 できるわけねぇだろ無能王子誰が罪人だ。不能にしてやろうか。

 …いや私が手を下さなくても不能になる可能性があるな。これだけ無能っぷりを発揮したら最悪廃嫡されないかな。されないかな。されないかな。されて欲しいな。星に願い続けよう。たくさん流れろ星。私の願いで燃えてくれ。


 侍女のオリガは会場には入れない。物騒で不敬な思念を抱きながら主人のコートを片手に出入り口脇に控え、警備の騎士と目が合った。流れから待っている侍女がエレオノーラ様の侍女だと分かったのだろう、労るような動作をされる。そちらこそ仕える家の夜会をめちゃくちゃにされましたね。オリガも同じ動作を返した。

 お互いあいつ腹から捻れねぇかなって感情で一致したはず。お伽噺の悪い魔法使い、出番です。いないなら仕方がねぇ。オリガの護身用のナイフが唸ります。


 秘密裏に第一王子を滅多刺しにする方法を考えていると、ホールの扉が開いた。普段では見ないふらふらと覚束無い足取りで、オリガの主人が現れる。主人を支えるように二人のご友人が寄り添っていた。後ろからついてくるご令息二名はご友人の婚約者だろうか。

 第一王子の糾弾を目にしてもエレオノーラ様を支えてくれるご友人達の存在にきゅんとした。我が主人はしっかり御友情を育まれている。

 このオリガ、顔と名前をしっかり覚えておきますね。恨みもご恩も忘れませんのでよろしくお願い致します。勿論今回はご恩ですのでご安心を。


「お嬢様こちらを」

「オリガ、ありがとう…あなたたち、わたくしの侍女が来たから、もう大丈夫よ。会場に戻ってちょうだい」

「いいえ、私たちももう帰りますわ」

「ええ、このことをお父様にお伝えしないと」


 やはり真面なご令嬢達。流石我が主人のご友人。

 彼女たちも会場には戻らず、そのまま帰宅するらしい。用意を済ませていたお嬢様が一足先に車寄せへと向かった。

 お嬢様にコートを羽織らせて馬車へと誘導する。いつになくふらふらした足取り。流石に駄王子からの扱いにショックを受けておられる…。


「う…」

「お嬢様!?」


 馬車に乗り込んだ所でお嬢様が頭を抱えて膝を着いた。咄嗟に抱きかかえるも、完全に力が抜けている。

 お嬢様の意識が…ない!


「お嬢様…! 」


 この婚約破棄、それ程衝撃を受けて…!

 やっぱりぶっ殺すからなあの駄王子―――!!




 申し遅れました。私はオリガ。

 オリガ・ペンネル。

 父が事業で失敗し、立て直す間もなく借金取りに全てを押収された没落男爵家の娘です。

 魂の抜けた父と働いたことのない母と幼い妹を抱えた私にはもう金持ちに身を売るしか道はないと思われましたが、父と懇意にしていた公爵様に拾われて間一髪路頭に迷う事態にはなりませんでした。

 父と公爵様は同じ学園の同じクラスで切磋琢磨した中で、人が良くて失敗する父を知っていた公爵様は学生時代の誼で手を差し伸べて下さいました。父を補佐として雇用し、私を侍女として教育し、一人娘のエレオノーラ様と引き合わせて下さったのも公爵様です。


 公爵令嬢エレオノーラ様、九歳。

 はい、天使でした。公爵家で蝶よ花よと育てられたエレオノーラ様は我が儘でしたが見た目は天使。大天使。

 ただ上位貴族にありがちな、他者を思いやれないタイプの我が儘の多い子供でした。

 見た目は天使。中身は小悪魔だったのです。いえ、怪獣?


 恥ずかしながらこのオリガ、当時十五歳の若造でした。一家路頭に迷う所を拾われた恩もあり、クビにならぬことだけを考えて仕事を熟しておりました。よって我が儘令嬢の可愛くない我が儘にもひたすら頭を下げて対応していたのです。

 しかし度重なる暴力的な我が儘に堪忍袋の緒が切れて…幼い妹にするように、やってしまったのです。


 おしりペンペンを。


 はい、小さな足を掴んで引きずり倒し、胴を抱えて脇で固定し、利き手を大きく振り上げてぺーんっと。ぺぺぺぺぺーんっとやってしまいました。実にリズミカルに。

 大変恥ずかしながらこのオリガ、家族の為に耐えてきましたが元々は男爵令嬢。使用人として働き始めて間もなく、令嬢としての感覚(プライド)が残っていたのでやってしまったのです。いえいえ令嬢としてでもやってはいけない、普通はやらねぇだろという行為でしたね。はい、五歳の妹を躾けるのと同じ気持ちになってしまい、やってしまったのです。


 当然そんな扱いをされたことのないエレオノーラ様、ギャン泣きです。

 最初は無礼者! とか放しなさい! と抵抗していたのですが、私が容赦なく説教をしながらおしりをぺんぺん叩くので、痛みと恥辱で泣いてしまいました。声を上げての大泣きです。すぐ大人達が駆けつけて、私の愚行は知られることとなりました。

 やっちまったわけです。一家路頭に迷うと頭を抱えました。いえ、公爵令嬢に体罰など、首をはねられてもおかしくない愚行。

 私は地面に伏して謝罪しました。やらかしたのは私なのでどうか罰は私だけに…!


 しかしエレオノーラ様の言動を問題視なさっていた公爵様がお許しになり、それどころか私を改めてエレオノーラ様付として配属なさりました。

 主人が道を違えたら身体を張って矯正するのが忠義者だと仰って。

 …身体を張ったというかぶち切れた結果だったのですが、良きように捉えて下さったようです。

 それからエレオノーラ様には大変警戒されましたが、許可をいただけたのならと、私は盛大にお嬢様に口出し手出しし放題。妹に接するように叱り飛ばしながら傍におりました。勿論、私が全て正しいわけではございませんので、二人で何度もぶつかり合いながら。

 …恐らくそれを期待して私を侍女にしたのでしょう。その頃はわかりませんでしたが今ならわかります。公爵は一人っ子でひとりぼっちになることが多い娘に、擬似的な姉を用意したのです。

 でなければ、許される筈がない。その頃の私がした愚行は、それだけ罪深い行動でした。

 しかしおかげさまで、近い距離で過ごしたからこそ、お嬢様はオリガに心を許しそれこそ姉のように思ってくださっている。


「もう、オリガってば本当に口うるさいんだから!」

「恐れ入ります」

「褒めてないのよ! もう昔のわたくしとは違うのだからもっと信用して欲しいわ!」

「いつまで経ってもお嬢様は私にとって手のかかるお嬢様ですよ」

「もぉーう!」


 ぷりぷり怒りながら頬を染めるお嬢様は控えめに言って天が授けた守るべき柔花に違いありません。やわっやわなお花です。間違いありません。愛い。実に愛い。

 お嬢様はちょっと怒りっぽい所もあるけれど人の話が聞けるツンデレお嬢様に成長しました。ツンツンしていますが、人情的なお嬢様。おかげさまで家柄だけではなく、人柄に惹かれお嬢様を慕うご友人が絶えません。


 だというのに。

 だというのにあの駄王子…!

 エフィム・プロテア・ベルベッサ殿下…! 思い込みの激しいお坊ちゃんが…! お嬢様の献身を受け入れぬばかりか学園で出会ったご令嬢と浮気して、エレオノーラ様を冤罪で断罪なさるなど…!

 うちの可愛いお嬢様に何をしてんだこらぁ!!


 結果だけ言おう。

 屈辱の婚約破棄からすぐ、お嬢様は駄王子によって王都を追放された。


 …オリガの右手が唸ります。いずれ人知れずぶっ飛ばしたく存じます。

 オリガもお嬢様と運命を共にするつもりなので二度と会わない可能性が高いですが、万が一がございます。出会い頭にあの煌めく顔面をひしゃげたいと思います。


 そう、私はお嬢様と共に王都から出ていきます。

 クリスティビー公爵家はとりあえず王家の命令に従い、お嬢様を王都から追放…と見せかけ、領地へと避難させました。

 相手は駄王子ですが王子ですので、王家からの命令を無視するわけに行かないのです。ここは粛々と従っておいて反逆の狼煙を上げる為に証拠を集めることに致しました。愛娘への仕打ち、忠臣と名高い公爵様もぶち切れておいでです。

 ええ、まあ、王都に残った公爵家の方々のお仕事です。メッタメタにお仕置きして欲しいです。暴走しているのが駄王子だけなのか王族全体なのかによって公爵家の対応も変わります。オリガの忠誠は公爵家にありますので、王家など知らぬ。

 やってしまって下さい旦那様。是非に。


 お嬢様と領地に戻る私のお仕事は、駄王子の所為でお疲れのお嬢様をお世話することです。

 駄王子は本当に思い込みが激しく、潔癖なくらい正義感の強い男だ。少しのミスも相手が怠惰で身についていないのだと憤り、他人からの進言に見せかけた戯言を本気にして糾弾する。何度お嬢様は訂正し、矯正し、怒鳴り散らしたことか。

 幼い頃から決まっていた婚約なので、お嬢様は駄王子を放置することができない…そんな教育を王家から施されていた。最早呪いの域である。

 わたくしがなんとかしなくちゃ、はわりとよく聞くお嬢様の口癖でした。

 結果駄王子相手に口うるさくなり、その所為で駄王子に疎まれ…たのは、結果的に良かったです。

 公爵家としては今回の件、お嬢様を領地へ避難させながら、王家からの洗脳を解く方向で固まっています。


 固まっていたのですが。


 昏倒したお嬢様はお目覚めになってすぐ、呆然と鏡をご覧になっていました。

 絹糸のような金の髪。湖面のような碧の瞳。形の良い小さな唇と薔薇色の頬。どこからどう見ても愛らしい我が主人、エレオノーラ・フォン・クリスティビー公爵令嬢。

 お嬢様は、鏡を見ながら叫んだ。


「わたくし…生まれ変わったわ!」


 新しい自分に生まれ変わったという意味でしょうか? 大変よろしいと思います。

 実際この日からお嬢様は生まれ変わったように新しいことに手を出し始めた。


 領地に着くなり今まで最低限でしか関わらなかった領民と交流し、「はっこう」という謎の魔術を用いてふわふわなパンを焼き、「からあげ」という罪深い肉料理を生産し、「まよにーず」という中毒性のある調味料を開発なさった。

 ぶっちゃけ魔女の所業。お嬢様でなければ告発していた。

 特にまよにーずはやばい。あの調味料があるだけで野菜嫌いの大きなお子様もしっかり野菜を摂取なさる。しかも中毒性があり、一度知ったら知らなかった頃に戻れぬ味。


 そう、大きなお子様。いい年して野菜嫌いを貫いておられた王弟殿下…アルセーニー・フォン・ベルベッサ様がまよにーずで野菜嫌いを克服なされた。


 駄王子がやらかした夜会の主役だった王弟殿下は、ティーゼ伯爵から事の顛末をお聞きになってお嬢様を不憫に思い、様子伺いにわざわざ領地までいらっしゃった。

 きっと他に理由があったのでしょうが表向きの目的はお嬢様に声を掛けてお慰めすること。裏の意味は恐らく、王弟殿下が顔を出すことで、王家はクリスティビー公爵家をないがしろにしたわけではないという意思表明。

 悪いのは駄王子。王家としてはそう印象づけたいはず。

 駄王子だけが駄王家だったようです。

 そう信じますよ。信じますからね。


 代表として現われた王弟殿下は、立派な方です。

 戦乱の英雄と呼ばれるほど武勇に優れ、兄陛下を陰になり日向になり支えています。ちなみに独身ですが結婚経験ありで、奥様は若かりし頃に病死。後妻を探しているという話は聞きませんが、狙っている方は星の数と聞き及んでおります。


 そんなご令嬢たちを歯牙にもかけず、亡くした奥様を今も愛しているのだと思われておりましたが…この王弟殿下、お嬢様がお作りになる魔法の料理にがっちり胃袋を捕まれてしまいました。


 特にまよにーずの魔力に抗えません。罪深き唐揚げ料理にも相性が良く、他の食材と喧嘩しないまよにーずの多種多様な調理方法にメロメロです。もうお嬢様なしでは生きていけない身体にされてしまいました。

 更にナンバン焼き? なるもので陥落。負けていました。王弟殿下、圧倒的敗北。

 戦乱の英雄、形無しです。


「私はもう、貴方の振る舞う料理の虜だ。いいや料理だけではない。戦帰りの私を労る貴方の真摯な言葉、自分が傷ついているのに他者を気遣う行為。領民と共に泥だらけになって笑う貴方の、太陽のような笑顔の虜だ。年の離れた大人だというのに、年若く美しいあなたに恋い焦がれる、浅ましい私をどうか受け入れてはくれないか」


 此処で料理のことしか語らなければ隙を見て舌を引っこ抜く所でした。


 お嬢様に跪き、嫋やかな手を取り口づけを落とす動作は熟練の女たらし。いえ間違いました紳士。恐らく紳士です。紳士ですよね信じますよ? 戦士とか言い出したら開戦の銅鑼を鳴らすからな。正面ばかりから来ると思うな。

 お嬢様が嫌がるようなら私の右手が唸る所でしたが、指先に口づけられたお嬢様の頬は薔薇色。駄王子へ献身という名の呪いを掛けられていた頃には全く見ることのなかった乙女の表情をなさっていた。気付いた私はそっと右手を下ろしました。無念。いえ、喜ばしいのですが…悔しい!


 …とはいえ、悪いお話しでは、ないのかもしれません。

 お嬢様は料理という名の魔術(?)を操るようになってからツンが行方不明になり、人が変わったかのように穏やかになられました。普段の過ごし方が大分マイルド。あれほど詰め込んでいた習い事も、手を付けておりません。お嬢様の高貴さは損なわれませんが、親しみが増している気がします。


「お嬢様は以前より周囲と壁を無くされましたね」

「そうかしら。ちょっと物の見方を変えただけよ」

「数々の魔術、オリガはお嬢様が魔女に目覚められたのかと戦々恐々しておりましたが、お嬢様はお嬢様で安心しました」

「料理を魔術って言うの止めない!? オリガはいつも大袈裟なのよ!」

「そうでしょうか…そういえば、一番変わった物がありました」

「そんなのあったかしら」

「ツインテールにはもうなさらないので?」

「しないから!!」


 私はツンデレじゃない小学生じゃないロリじゃないと真っ赤になって主張しておられましたが、ツンデレとツインテールの因果関係がオリガにはわかりません。それ関係あります?

 ショウガクセイとはなんでしょう。現在ハーフアップで落ち着いておられますが、時折頭を揺らしてはこれじゃないという顔をしているのを知っています。我慢せず素直になればよろしいのに…身体が覚えているでしょう…? ツインテールの重みを。

 それでバランスをとっていたのですか?

 疑問に思いますが、こだわりがあるのでしょう。子供っぽいかしらと呟いていたこともあるので、生まれ変わる発言も関係しているのかもしれません。実際、ツインテールをやめたお嬢様は大人っぽくおなりだ。王弟殿下とならんでも遜色ない。年の差は、ありますが。


 そう、お嬢様は十八歳。王弟殿下三十歳と年は十二歳ほど離れていますが、年の近い相手より年上のどっしりと構えた方の方がお嬢様をお守りできる気がします。

 何せ、敵は駄王子。敵は駄王子なので。

 駄王子と対抗できる男とくれば、王弟殿下は最適解。これ以上の男はいらっしゃいません。多分。

 まよにーずの下僕ですが、お嬢様に虜なので問題ないでしょう。まよにーずはお嬢様の代表魔術ですし。


(公爵様は余程の身分差が無い限り好きにさせよと仰せ…私はお嬢様の決断を待つのみ)


 そう、お嬢様のお気持ちが第一。

 なので。


「やあオリガ。今日も綺麗だね」

(相手が誰であれ、お嬢様を惑わせるようなことは致しません!)


 領地で行きつけの小物屋。

 入店してすぐ、先客だった男がオリガを見つけて片手を上げた。オリガはげんなりした。

 またかこの野郎。


「今日は何を買いに来たんだい? エレオノーラ様のお使いだろう?」

「店主、メモを渡しますので後日品物をお屋敷へお届け下さい。代金はこちらになりますので計算をお願い致します」

「はいお待ちを~」

「相変わらずつれない」


 彼は王弟殿下の従者。お嬢様のところに現れる王弟殿下の背後に常に付き従っている従者だ。

 確か名前はレナート。

 彼は王弟殿下がお嬢様に惚れ込んでから、こうして時折私の前に現れるようになった。


 そう、お嬢様の情報を求めて…!


 お嬢様の趣味嗜好を、お嬢様着きの侍女であるこのオリガから入手しようと考えているのだ。

 お嬢様の情報を横流しにする? そんなことするわけがないだろう愚か者め。

 情報漏洩は重罪だ。主人が望む場合は別問題だが、お嬢様はご自身の情報がもれることをに怯えてすらいる。ぷらいべーたがない? とかなんとか怯えていらした。

 お嬢様が、王弟殿下に惹かれているのはわかる。だがそれと、侍女のオリガがお嬢様の情報を漏らすのとは繋がらない。

 むしろお嬢様が王弟殿下に対し、良い感情を抱いているからこそ、漏らすべきではないと考えている。


「王弟殿下にお伝え下さい。お嬢様のお好みは、ご自分でお調べになるようにと」

「その一環として私が動いているんだけれど」

「ご自分で、です。第三者の手を借りず、ご自分でお嬢様にお聞きになればよろしい」

「そこは年上の男性として、余裕をみせたいところを汲んでくれない?」

「本気でこの先をお望みなら、失敗を恐れず御自ら行動なさるべきです」


 男の余裕とかぶっちゃけ知らんがな。

 お嬢様の幸せが一番ですが、こそこそするような輩なら叩き潰します。

 それにお嬢様は、よくわかりませんがこそこそされることに怯えています。恐らく陰謀渦巻く王都での冤罪断罪三芝居が未だ根強く棘となっているのでしょう。

 だからこそ、お嬢様を喜ばせたいのなら対話から情報を得るべきです。


「失敗は不正解ではありません。恐れずお嬢様と向き合うよう、お伝えくださいませ」


 失敗を重ねてお互いを知るのだ。

 …裏で画策するより、お嬢様好みの展開だろう。実は恋物語に憧れているお嬢様。さらっとスマートに欲しいものを渡されるより、ちょっとお忍びデートとかで見つけた何気ない品を渡される方が好印象。実用性、機能性よりも思い出重視です。乙女なので。

 私は屹然と、しつこい男を睨みながら発言した。公爵家の侍女であるオリガと、王弟殿下の侍従であるレナートならばレナートの方が立場的には上だろう。王弟殿下の望みを叶えぬ不届き者と言われても構わない。それでもオリガはお嬢様の情報を漏らすわけにはいかない。

 オリガの反応で罰を与えるような男なら、きっとお嬢様はお逃げになる。

 いつでもかかってこいやと睨みあげる私に、レナートは微笑みを深めた。


「手厳しいな。流石はお嬢様一番の忠義者と名高いオリガだ」

「…ちなみに、私はあなたに気易く名前を呼ばれるような仲ではありませんので、対応を改めてください」

「本当に手厳しい」


 とか言いながら、彼は満足そうに笑いました。

 …なに笑てんねんいてかますぞ。

 私の不穏な選択肢に気付いたのか笑顔のまま一歩探すその危機察知能力、とても憎たらしく思います。


 そんなやりとりのあった後日、王弟殿下はお嬢様に、な、なんと…養鶏場をプレゼントいたしました。

 管理者付き、維持費持ちです。

 お嬢様は爆笑なさいましたが規模がおかしい。本当にそれ、お嬢様と歩み寄って決めたプレゼントですか? まよにーずが欲しいだけでは? このオリガ、判断に困りました。

 …養鶏場以外にも困ったことが一つ。


「ねえオリガ。最近レナートとよく話しているわよね?」

「嘆かわしいことに…」

「そ、そんな苦渋に満ちた顔をしなくても…」


 そう、お嬢様が仰るとおり。

 あの男、お嬢様の前でもやたらと私に話しかけてくるようになったのです。

 お嬢様の前でやめろ! 従僕だろうが! 大人しく王弟殿下に付き従って黙ってろ!!

 しかし王弟殿下も気さくな方で、従僕であるレナートとも気軽にやりとりをするので会話も多く、そんなレナートが私に話を振るので私も尊い方々と言葉を交わすことに…。

 いやなんでだよ?


「あれは絶対、オリガに気があると思うのよ!」

「オリガにその気はございません。断じて」

「一刀両断取り付く島も無し…!?」


 お嬢様がはわわ、など愛らしい声を上げているのでときめきで小賢しい男のことなど空の彼方に飛んでいきました。お嬢様、愛い。

 しかし一生懸命話題を続けようとなさっております。どうやら傍にいる人間の春模様が気になるご様子。残念ながら現在秋ですので、これから冷えていきます。豪雪にご注意ください。


「アルもね、レナートが女性を気にしているのは珍しいと言っていたわ。あの人、言動が軽薄に見えてかなり硬派らしいわよ? もう少し歩み寄ってみない?」

「歩み寄りですか…」


 ぶっちゃけそれは必要か?

 なんて思いましたが切って捨てるわけにもいきません。だって王弟殿下とお嬢様、とてもいい感じ。このままいけばあの男が私の同僚になる日も近い。

 となれば今からでも連携をとる必要がありますが、初手で私からお嬢様の情報を引き出そうとしていた小賢しい印象がどうしても拭えません。けっ。


「それにレナートってばオリガに話しかけるとき、必ず声が優しくなるの。きっとオリガから声を掛けたらとっても喜ぶと思うわ」


 …声は意識したことがありませんでしたね。

 私が気付いたのは、あの男の表情。

 私と目が合った瞬間の、ふと柔らかく緩む口元や目尻。

 そういった変化に、心臓のあたりがきゅっと締め付けられないかと聞かれたら…黙秘。


「…その歩み寄りは、王弟殿下をいつの間にか愛称呼びしているお嬢様を見習えばよろしいのでしょうか」

「ああああああああぁあららなんのことかしらぁあああ!?」

「誤魔化しがヘタすぎますお嬢様」


 私のことよりお嬢様です。オリガは知りませんでしたよ、お嬢様が王弟殿下を愛称でお呼びしていただなんて。いつの間に。マジでいつの間に。

 真っ赤になってブルブル震えるお嬢様は人の話だと興味津々だが自分の話では照れが天蓋突破して会話にならないご様子。おかげさまで交流ある、他のご令嬢たちにもお気持ちがほぼ、バレています。

 この反応、もしかしなくとも今盛りの銀木犀ですかね。そう、初恋。

 駄王子? あれは家との契約で洗脳でだったのでノーカウント。ノーカンです。

 ノーカンです。

 ノーカンだったのですが。


(その駄王子からお嬢様に手紙だとぅ!?)


 なんか来やがりました。王家の紋章がしっかり刻印された上等な手紙が。

 破り捨ててぇ。

 破り捨ててぇですが、一介の侍女でしかない私にその権限はありません。くそが。

 怪しい手紙なら中を改めることができますが、王家の刻印は流石に不可侵。お嬢様にお渡しするほかない。そこで廃棄命令が出たら初めて破り捨てられる…いや暖炉かな。


 私は歯ぎしりしそうな口元にグッと力を込めて耐えた。耐えながらお嬢様に手紙を差し出し、お嬢様の反応を待った。お嬢様は怯えながらも中身を確認し…その表情が蕾から咲き誇る花のように艶やかに――――!?


 それ駄王子からの手紙であってますよね!?

 なんてこった駄王子からの手紙でお嬢様がそんな笑顔になるなんて!


「聞いてオリガ! 殿下が私に謝罪の手紙を送ってきたわ!」

「今更ですか!?」


 何ヶ月経ったと思っておいでで!?


「そんな意地悪言わないで。あの方が真摯に謝罪の手紙を書くなんて…一度思い込んだらカラスも白いエフィム様が…」


 改めてやべえやつですね。


「私の身の潔白を自ら証明してくださったそうよ」


 お前が勝手に勘違いして暴走して罪を着せたんだぞ!


 聞くところによると、お嬢様と婚約破棄をした後に件の男爵令嬢と過ごしている中、やっと違和感を覚えたそうだ。

 お嬢様がいなくなっても、彼女は誰それに虐められたと嘆くことをやめなかったから。

 酷いことを言われた。酷いことをされたとしくしく泣くご令嬢を慰めていた殿下だが、お嬢様以外の人間が彼女を虐める理由がわからずより正確に調査した結果、ご令嬢が何でもかんでも酷いずるい悲しいと泣いて自分の意見を通していることに気付いた。おっせぇんだよ。

 殿下は最初、意地悪をされているという訴えを、お嬢様が嫉妬からそのような行いをしたのだと考えていた。実際男爵令嬢とご一緒していたので、それを邪推されたと考えたそうだ。

 いや邪推って。事実だろうが浮気者め。

 なので、お嬢様の件は動機があると思って調査が甘かった。

 しかし今回は動機が読めず、しっかり調べた結果、男爵令嬢が過剰に反応しているだけと判明。

 ということはお嬢様の件もそうだったのではと思い至り調査し直した結果…お嬢様の身の潔白が証明されたらしい。

 繰り返すが、おっせえ!!


「合わせる顔も無いので直接謝罪に来られないけれど、いつか直接謝らせて欲しいと書いてあるわ」


 どの面下げて会う気だこの駄王子。


「殿下は元々思い込みの激しい方だったけれど正義感溢れる実直な方で…本当に私がやったと思っていらしたのね。信じてくださらなかったのは悲しいけれど…自らの非を認めて、こうして謝罪の手紙をくださるなんて…」


 なんでちょっと頬を染めておられるのですお嬢様チョロいんですか!? チョロいんですかお嬢様!


「…殿下のビジュ、一番好きだったのよね…推しだったし…」


 びじゅって何ですかお嬢様! オシって何です!?

 いそいそとお返事のご用意ですかお嬢様! ちょっと嬉しそうですねお嬢様! そこでお返事しちゃうんですかお嬢様!

 そしてお嬢様と殿下の文通が始まる――――!


 このオリガ、久しぶりに危機感を抱いております…!

 情報収集を行った結果、駄王子の言い分に嘘はなく、本当に駄王子自ら調べ直して非を認め、お嬢様の潔白を証明なさったそう。間違った正義感でお嬢様の将来を潰してしまった責任をとるため、立太子を延期なさったとか。人を観察する目が足りていないと、視察の回数を増やすことにしたらしい。


 これ、ガチで自ら気付いて行動しているらしい。


 公爵家の方々は駄王子の後ろ盾ではなくなったが、わりと早い段階で過ちに気付いて行動を開始した駄王子を見守る姿勢に変わったそうだ。

 ただし、再婚約は考えていない。そこは絶対認めねぇとのことだ。

 公爵家は許していないし認めていない。

 認めねぇが…。


 ここでまさかのお嬢様からの歩み寄り。


 そこで歩み寄っちゃうんですかお嬢様。歩み寄りは王弟殿下だけにしときましょう?

 婚約者同士だったときよりも親密になるとは思っておりませんでした。しかも手紙だけのやりとりで。文章だからですか?

 落ち着いて相手がやらかした過去の所業を思い出してください。え? 人はやり直せる? 更生したならそれを認めるのも大事? 婚約のやり直しは本当に考えていませんか!? お嬢様が考えていなくても向こうが考えちゃったらどうするんですか!!

 顔を合わせないからこそ築かれる信頼関係…どうやら駄王子は本気で改心というか、己の未熟さを自覚なさった様子ですが、オリガは大変複雑です…!


(お優しいを通り越して甘いですお嬢様…!)


 しかし「手紙出してきてね」と愛らしく頼まれたら断れないのが侍女というもの。

 ああ苦しい。絶対お嬢様にとって良くない相手だとわかっているのに。許されるなら細切れにして山羊の餌にするのに。お嬢様のお手紙にそんなことはできない。目を覚ましてくださいお嬢様…! そいつは思い込んだら烏も白いんですよ! 多分今だけ自分が悪いと思っているだけで、その内また変な思い込みに走りますよ…! 見極めてくれ王家の方々! 早急に!

 やりきれないジレンマを抱えながら手紙屋の投函箱の前に立つ。本来なら王家の手紙はこんな一般的な方法でやりとりされないのだが、駄王子は現在身分を隠して行動しているらしい。何をしているんだお前。だからお嬢様も身分を隠してお返事している。何をなさっているんですかお嬢様。絶対その非日常感に酔わされていますよ。

 なので、こうして一般の手紙屋を経由するわけだが…途中で荷物を紛失する事故が起きないかなぁ!! など願ってしまう。しかしそれだと他の手紙も巻き込まれてしまう。悩ましいです。

 切ないため息を零して、手紙を投函箱に…。


「それは誰への手紙?」

「!?」


 背後から声を掛けられて飛び上がる。勢いよく手紙が投函された。ああ! 出されてしまった…!

 振り返れば、じっとオリガを見つめるレナートが立っている。


「…それは誰への手紙?」

「…あなたにお伝えする義理はございません」


 同じことを問いかけられて、思わず固い声で返す。レナートはじっとオリガを見つめていた。

 なんだこいつ。


「家族への手紙かな」

「お答えする義理はございません」

「王都にいる同僚かも」

「お答えする義理はございません」

「離れた地にいる恋人とか」

「しつこいですね。いませんよそんな相手」

「ふうん」


 何故か身を屈め、じとっとした目で下から覗き込まれた。ほんとうになんだこいつ。


「それにしては、とても悩ましげな顔をしていたけれど」

「気の所為です」

「ため息がとても切なかった」

「気の所為です」

「まさか遠距離で婚約者がいるのかと、邪推してしまったのだけれど」

「存在しませんよそんな人」


 いやしつこいな。

 不本意ながら手紙も出してしまったし、さっさとお嬢様のところに戻りたいのだけれど。

 …何故か、しっかり否定しておかなければならない気がして、身を正した。


「私は【お嬢様と婚約者どっちが大事なの】と聞かれれば【お嬢様】と即答する人間なので、遠方で私を健気に待ってくれるような婚約者は存在しておりません」


 言われたことは無いが、もし異性と付き合うことがあればこの点を許容できる人でないと修羅場待ったなしである。譲れない譲らないこの想い。否定するならオリガの右手が唸ります。

 私の回答に、きょとんとしたレナートが噴き出した。


「なるほど。確かに遠方に恋人はいなさそうだ」


 その通りだが腹立つななんだこいつ。


「ということはさっきの手紙はお嬢様のかな」

「詮索するなら舌を抜きますが」

「目が本気だよオリガ」


 本気だからな。

 じとりとした私の視線に、レナートは無害を主張するように手を振った。


「余計な詮索はしないとも。お嬢様が隠れて手紙のやりとりをする相手がいるなんて殿下が知れば、焦って事をし損じるかもしれないし。あの人は遅咲きの初恋に翻弄されている最中だから、俺も余計なことはしないさ」

「…奥様とは政略結婚だったと?」

「貴族ではよくあることだろう? 殿下は王族だし特にね。だから今、手探りで歩み寄っているのはとても楽しそうだ」

「そうですか」


 この男、主の情報を私に零してどうする気だ。

 私からお嬢様に、それとなく初恋だと知らせて欲しいとか? いいや、こういう話は本人からされてこそだろう。オリガも経験はありませんがなんとなくわかります。

 …殿下は本気だから安心してみていろ、ということでしょうか。

 本気だからって何も安心できませんが。

 視線を合わせればレナートがにこりと笑う。嬉しそうに微笑まれて、私はさっと視線を逸らした。


「そろそろ戻りますわ。失礼致します」

「送るよ」

「あなたも用事があるのでしょう。そちらを優先してください」

「うん、優先して君を送ることにする」


 …つまり公爵家への、お嬢様へのご用事か…。


 特になかった。

 本当に私を送ってすぐ帰った。

 ただ私を送ることだけが目的だった。

 裏を読んだつもりだったのにあっさり帰ったレナートに、本当の本当にそれだけが理由だったのだと気付いた私は…。


 ええいどうでもいいわとにかくお嬢様だ!


 うずきを無視してお嬢様の元へと戻った。


 数日後、王弟殿下がお嬢様を射止めました。

 …突然急いだな貴様!! ジェラッたか!? ジェラッたのか!? ジェラッたんだな!!


 どうやらお嬢様と交流する中で、お嬢様が駄王子とやりとりを再開している気配を感じ取り、盛大に焦ったらしい。駄王子は盛大にやらかしているが根は善良…善良…? なので、万が一でもお嬢様がよりを戻してしまえば大変だと大股でお嬢様との距離を詰め、大人の余裕をかなぐり捨てて盛大に口説き、押し倒す勢いで迫ったとか。オイこらうちの可愛いお嬢様に!! なにしてん!?


 お嬢様が沸騰しているんですが!!

 耳から湯気が出るくらい赤面しているんですが!! 吐息が色っぽいですね本当に何しやがりました王弟殿下お前まだ婚約の許しも得てねぇだろうが不敬罪だろうとオリガの右手が唸りますよ!?

 英雄だろうが知りません。転ばせてからの殴打だ。オリガ頑張ります。


 頭の中で素振りを繰り返していた私ですが、お嬢様が艶のある顔で王弟殿下を見つめるので拳を下ろさざるを得なくなりました。

 お嬢様が…お嬢様が幸せなら…! 私の出る幕はない…!

 く…っ! 正直歯ぎしりする勢いですがオリガはお二人を祝福し…ます…!


「そう邪険にしなくても、我が主はお嬢様を不当に扱ったりしないよ」

「手塩にかけて育てたお嬢様が獰猛な狼にパクッとされる直前な事実に打ちのめされているだけです」

「我が子かな」

「我が子と思って接しておりましたので」


 年の差で言えば姉ですが、やっていたことを考えれば母の気持ちだったかと。


 イチャイチャしているお嬢様と王弟殿下の邪魔にならないよう、部屋の隅に移動している私とレナート。王弟殿下は気付いているが、お嬢様は気付いていない。恐らく数分後に私を探してどこ行ったの!? と驚愕する顔を見せてくれるだろう。

 長く傍にいた私が移動したことに気付かぬほど、目の前の殿方に夢中なのだ。寂しい気持ちもあるが、お嬢様が幸せになれるなら…イヤやっぱり気にくわねぇでござる。それ以上お嬢様に触るようならあっついお茶を淹れに行くぞ。


「あの二人も落ち着いたようだし、これからもオリガと一緒だな」

「…私はお嬢様の嫁ぎ先までついて行きますので、まだ暫く長い付き合いになりそうですね」

「うん。いっそのこと、もっと深く付き合わないか?」

「あ゛ぁ゛?」

「その急にガラが悪くなる感じ、普段の冷静さとギャップがあって好きだな」


 なんだこいつ物好きか。


 胡乱げに見上げれば、笑顔のレナートと視線が合う。

 しかしその目は真剣で、私は咄嗟に罵倒を呑み込んだ。

 今まで誤魔化して来た感情が、泡立つように表面へ…出てきそうな所を、パチンと壊した。


 しゃらくせぇ。


「私の相手は、二番手に甘んじることのできる方でないと難しいですよ」


 オリガの一番は、お嬢様ですので。


 私の言葉に目を丸くしたレナートから、ツンと顔を逸らす。幸せいっぱいだけどとっても恥ずかしそうなお嬢様が見える。デレデレな王弟殿下邪魔です。もっと横にずれてください。角度的にお嬢様が半分しか見えない。

 内心ギリギリしながらもお嬢様を見守っていたオリガは、きょとんとしていたレナートがにんまり笑ったのを見逃した。


「順番に拘る君がいずれ葛藤するところ、すごくみたいな」


 そんな不穏な呟きも、オリガの耳には届かなかった。

 何せお嬢様に対して不埒な王弟殿下へ怨嗟を飛ばすので忙しかったので。


 両想いになったとはいえ、純粋なお嬢様にこれ以上触れてみろ。べたべたしすぎでは? オリガの右手が唸ります。

 この野獣どもめ。


 うちの可愛いお嬢様になにしてん??

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