第10話 怒りの拳

 その時、大きな音と共に天汰の居る牢屋の壁に大きな穴が空き砂煙が舞う。


 そして砂煙の中から声が聞こえた。


「ここにいたか」


 聞き覚えのある声だった。


 天汰は朦朧もうろうとする意識の中、砂煙の中の影を見ていた。

「遅くなっちまった、大丈夫か?坊主」


 砂煙の中から出て来たのは背丈と同じくらいの赤い棒を肩に掛け鋭い目をした金髪の男。


(ゴクさん……)


 ゴクは天汰に歩み寄り、棒を振り下ろして天汰を捕らえている鎖を砕き、そして天汰を胸に抱き寄せた。


「怖かったろ、もう大丈夫だ」


 天汰の目から大量の涙が溢れ出した。


「ゴクさん゛…ぼぐ…僕」

「もう大丈夫だ、俺が来たからな」

「は゛い」

「早くここから出るぞ

 」

 ゴクが天汰の腕を肩に回そうとしたその時。


「おいおい、待て待て」


 何処からか声が聞こえる、そして二人の目の前にダンが現れた。


「何処に行こうと言うのかね、そいつはここで死ぬんだ」


「おめぇか?坊主をこんな目に遭わせたのは…」

 ゴクはダンを睨み付けた。


「だったらどうなんだ?」


 ダンはニヤけた顔で答えた。

「全くここは臭いな〜人間のくその匂いがぷんぷんする、息が詰まりそうだ、なぁ君もそう思うだろ?」


 ゴクはダンの話を無視して天汰を抱え壁の端っこに天汰を優しく下ろした。


「ゴクさん…」

 天汰はゴクを見てか細い声で呼んだ。


「少し待ってろ」


 そう言って振り返ったゴクの顔に血管が浮き出るのが見えた。


「何処の誰だか知らないが、そこの糞漏らしはほっといた方がいい、そいつは弱すぎて勇者なんてとてもできやしない糞を垂らすだけの傀儡くぐつだ、そいつはこの世界にふッ!」


 その時、突然、ダンは後方へ飛んだ、ダンは壁に衝突し壁は粉々になり瓦礫の山ができた。天汰の前には拳を突き出したゴクの姿があった。

(一瞬だったから見えなかった、ゴクさんがあいつを殴ったんだ!)


「もう喋るな」怒りまじりの声でゴクは言った。

 瓦礫の中からダンが出てきた。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!この野蛮猿が!」


 ダンの顔は血だらけで頬は腫れ上がっていた。


「貴様〜!!!!よくも俺を殴ったな!!!!!」

 ダンは顔を真っ赤にして怒った。


 懐にぶら下げていた人器を取りナイフに変形させた、するとダンの手の甲に格の紋が現れた。

(なんだ、あの格の紋は六角形が五重?しかも色は…濁った黄緑色?王様が言ってた属性にはあんな色なかったぞ?樹属性なのか?)

 そして、勢い良く飛び出しゴクに切り掛かる。

 しかし、ゴクは見切ったのかダンの顔面に目視できないほど速いカウンターパンチを喰らわせた。

 再びダンは後方に飛び、壁に衝突した。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛ーい!」


 ダンは再び立ち上がった。ダンの顔の両頬は腫れ上がり血だらけだった。


「お前!絶対殺す!」


 ダンは再び逆手にナイフを構え叫んだ。


「”属性付与エンチャントポイズン!”」


 するとナイフの色が黄緑色へと変化した、そしてナイフから謎の黄緑色の液体が滲み出る


(何だ、あれ…)


 ダンは目を大きく開いてゴクに向かって言う


「野蛮猿が!てめぇをぶっ殺してこの街の広場に飾ってやるよ」


 そして、ダンは物凄い勢いで走り出しゴクの四方八方を飛び回る。


(速い!姿が見えない!)


「俺が見えるか!野蛮猿!」


「喋るなって言ったろ」


「あ゛??何だって!」


 ゴクは飛び回るダンの首を瞬時に掴み勢いよく地面に叩きつけた。

 地面の割れる音と共にダンは白目を向いて血反吐を吐いた。


「坊主、怪我ねぇか?」


 ゴクは振り向いて言った。

(あっ!)

 天汰は何かに気づいた。


「ゴクさん…下」


 天汰はゴクの足元を指差して言った。

 その時、ゴクの脚がいつの間にか起き上がっていたダンに斬りつけられた。


「油断したな!馬鹿め!」


 深い傷では無いものの傷口には黄緑色の液体が付いていた。


 ダンは大笑いしてゴクを指差して言った。


「死んだぞ!お前!」


 突然、ゴクはよろけて膝を付いた。


「体に力が入らないだろ!そのままお前は死ぬんだよ!」


(ゴクさん!!)


 ダンは振り返って言った。


「次はお前だよ?糞漏らし」


 ダンは天汰に向かってナイフを片手で遊ばせながらゆっくり近づく。

 そして、天汰の前にたち天汰を見下す。


「お前のおかげで国からたんまり稼がせて貰ったわ!礼を言うよ」


 そう言いダンはナイフを振り下ろす。


 その時、何処からか赤い棒が飛んできて天汰を守るように壁に突き刺さった。


「あ゛?なんだ?」


「おい、俺との戦いは終わってねぇぞ?ノロマ」


 天汰はダンの脚の隙間の奥を見た。


 ゴクがこちらに向かって手をかざしていた、棒を投げて天汰への攻撃を防いだようだ。


「誰がノロマだ」


 ダンはしかめっ面で振り返る。


 ゴクは膝に手をつき覚束ない脚で立ち上がりながら言う。


「お前だよ、カス」


「本当に死にたいようだな、仕方ない本気を出そう、”グランふッ!」


 ダンの後方から棒が飛んできてダンの後頭部を強打した。ダンは倒れ込んだ。


「させねぇよ、またなんかすんだろ?」


 ゴクの手に棒が戻った。


「貴様!!俺をコケにしやがって!!許さん!!」


 ダンは目にも止まらぬ速さでゴクの背後に周りナイフを突き立てた。


「死ね!野蛮猿!」


「ノロマが」


 ゴクは瞬時に棒を回転させて背後に現れたダンのこめかみに会心の一撃を喰らわせた。

 ダンは飛んでいき白目を剥いて動かない。


「怒りで動きが単調過ぎなんだよ、ノロマ」


 ゴクは足を引きずりながら天汰に歩み寄る。


「ゴクさん、毒大丈夫なんですか…」

「ああ、大した事ない。」

「良かった…その人死んだんですか…」天汰はか細い声で聞く。

「いや、気絶してるだけだ、それより…っておい!どうした坊主!坊主!」


 天汰はゴクの肩に倒れ込んだ。天汰の意識は朦朧としている。


「おい坊主!!寝るな!!今寝たら死ぬぞ!おい!おい!おい!おい天汰!!!」

 天汰はハッとして目を開けた。


「天汰しっかりしろ!」


 ゴクは真っ直ぐ天汰の目を見て言った。


「初めて名前呼んでくれた…」


 天汰はゴクを見て言った。


「馬鹿野郎、びっくりさせんな」


 ゴクは優しい照れ笑いをして言った。


「あっそうだ」


 と言ってゴクは自分のポケットから小さな瓶に入った回復薬を取り出した。


「これ飲め」


 ゴクは天汰に回復薬を飲ませた。


「ありがとうございます…」

 天汰の目から涙が溢れ出す。


「おい、どうした?まだどっか痛いのか?」


 ゴクは天汰の顔を覗き込んで言った。


「い゛や、違い゛ます、ま゛た…まだ生きてい゛けると思う゛と嬉しぐて…」


「まったくお前ってやつは」


 ゴクは笑いながらで言った。


「さて!」


 ゴクは立ち上がった。


「一応アイツは縛っておくか」


 ゴクはその辺にたまたま落ちていた鎖を拾い、気絶して動かないダンをキツく縛った。


 そしてゴクは振り返った。天汰は泣いている。


 ゴクは呆れた笑顔で言った


「たくっ、まだ泣いてんのか?」


「ずみま゛せん…」


 天汰は涙を手で拭う。


「何泣いてんだよ天汰、帰るぞ」


 その時、天汰の記憶の中の姉とゴクが重なった。

(『何泣いてんのよ天汰、かえるよ』姉ちゃん…)


「は゛い!」(『う゛ん!』)


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