第9話 姉弟

 ダンから与えられたノルマこなして数十日、天汰は数時間のうちに20周、走り終えられるようになっていた。


(かなり体力ついたんじゃないか?余った時間で腕立て伏せもしてたら結構筋肉ついてきたぞ!)


 ダンとは毎朝、訓練場で顔を合わせるが『いつものノルマをしろ』と言われるだけでそれっきりその日は会わない。


 天汰は、彼がいつも何をしてるのかも知らない。


 ある日、天汰は20周走り終えた後、何日も行けなかった図書館に足を運んだ。図書館に入りイリーナを訪ねる。


「こんにちは、イリーナさん遅くなってすみません、この前の本の件なんですけど」天汰は申し訳なさそうにイリーナに尋ねた。

「天汰様、お待ちしておりました。事情はわかっております。城の周りを走る姿を度々見ておりましたから。では、こちらが私が厳選した本です。」


 そこには『人器の教科書』という本と『この木なんの木魔法の木』という絵本があった。


「まず、本の説明をいたします、この『人器の教科書』という本は人器について今わかっているすべてのことが記されています、人器の本は様々ありますがそのほとんどに誤った情報が載っております、しかしこの本には研究でわかった事実のみを書いているため誤った情報がありません。

次に『この木なんの木魔法の木』という絵本、謎が多いこの世界の数ある仮説の中で私が一番正しいと思う仮説がこの絵本です。それと絵本なのですごく分かりやすいです。以上です。」


「ありがとうございます!」


「次消してしまったら弁償ですのでお気をつけください。」


「消さないように気をつけます」


「では、人器の訓練頑張って下さい!」


 <天汰は図書館を出た>


(早速、部屋で読もう!)


 城に帰ろうとした時、城の長い階段の前でダンを見かけた。


(ダン師匠だ…何してるんだろう?)

 ダンは階段の前に立って誰かを待っているようだった。


(僕がちゃんと走っているか見に来たのかな?もう今日の分は走り終わったんだけど……)

 天汰がダンに駆け寄ろうとした時、坊主頭の男がダンに話しかけた。


 驚いた天汰は咄嗟に物陰に隠れた。

 天汰は物陰からダンと坊主頭の男を見る。


(何を話してるんだろう?ここからじゃ聞き取れないな)


 坊主頭と話した後、ダンはどこかに歩いて行く。

 天汰は後を追うことにした。


(見つかったらまた怒られるだろうな)


 ダンは右へ左へと曲がりある路地裏で止まった。ダンは辺りを見渡し、小汚い建物のドアを開け入っていった。


(こんなとこに何のようなんだ?)


 天汰はダンが入った建物のドアの前に立つ。ゆっくりとドアを開け中へ入る。

 どうやら地下に続いているようだ。


(汚いな、なんかジメジメするし)


 天汰は小汚い階段をこっそりと降りていく。

 すると薄っすらと光が漏れ出しているドアに突き当たった。

 何やら中から声が聞こえるようだ、天汰はドアに耳をつけ声を聴く。

 どうやら二人の男が会話しているようだった。


「作戦は順調か?」

「ああ、順調だ、またたんまり稼げるぞ!」

「それはいいな」


「俺ももう少しで城の見取り図が完成する、勇者のガキの師匠になってよかったぜ、簡単に城に入ることが出来る、それに国から給料も出るんだぜ、最高だろ俺はただガキ走らせてるだけなのにな!あのガキも馬鹿だからよー俺が与えたノルマを真面目に取り組んでやがる、人器なんて変わるはずないんだよ、全く笑えるぜ」


(そんな…)


 天汰は声を出さないように口を押さえる。


「お前ってやつは…あのガキこの仕事が終わったらどうするんだ?」


「適当にぶっ殺してどこかに埋めりゃいいだろ、元々この世界の住人じゃないんだ心は傷まねぇさ」


「何言ってんだ、今まで人殺して心傷んだことなんてないだろ、お前」

「フッハハハハハハ!!何か言ったか?」

「いや別に」

「それより、魔物はどのくらい集まっているんだ?」

「この前の猪は逃げやがったから残りはゴブリン10体とオーク3体だ」


(何をする気なんだ…)


「少ないな、もっと集めといてくれ」

「無理言うなよ、この街に入れる事さえ骨が折れるんだ」


 その時、ドアの軋む音が響く。


(しまった!前のめりで聴きすぎた!」


「おいちょっと待て!ドアの向こうに誰かいる」


(やばい!逃げないと!)


 天汰は階段を駆け上がるそして入り口のドアを開けた。


「はっ!」


「勇者天汰ここで何をしているのですか?」

 ドアの向こうにはすでにダンがいた。


 そして、天汰の首に衝撃が走る。


(くそ…)


 ダンは天汰の首に手刀を打った。


 そして、天汰は気絶した。


(『何やってるの!あんたたち!私の弟をいじめるな!』)

(『だってコイツなにかんがえてるかわかんねぇんだもん!』)

(『うるさーい!あっちいけー!弟をいじめるなー!』)

(『うわ〜また天汰がゴリラを召喚したぞ!逃げろ!』)

(『全く!誰がゴリラよ!だいじょうぶ??あまた』)


(姉ちゃん…昔の夢か)


 天汰は重い瞼をゆっくりと開け辺りを見渡した、辺りは薄暗く、檻と壁に囲まれ、空気はひんやり冷たかった。


(ここは?)


 天汰が動くと鉄の擦れる音が鳴る。天汰の両腕は鎖に固定され身動きが取れない。


(牢屋?そうだ…捕まったんだ、)


「起きたか、勇者天汰」

 松明を片手にダンが現れた。

「お前は運が悪いな、馬鹿な弟子だ」


「何を企んでるんだ!」

 天汰はダンを睨みつけた。


「なぁに俺はただ大儲けしたいだけさぁ、どうせお前は死ぬ!俺が何をするかなんて考えるだけ無駄さ」


「クソ野郎が!」


「おーっと怖い怖いそんな口聞けるんだな、てっきり大人しいやつだと思ってたよ」


「僕もあんたは礼儀正しい奴だと思ってたよ」


 ダンは笑い声を上げた。

「あれは演技さぁ、城に遣えるんだ礼儀良くしないと、あ!それとアイテムボックスありがとね〜大事に使わせてもらうよ〜」


 天汰はダンを睨みつける。


「あーそれと、これはいらないから返すよ」


 ダンはアイテムボックスから人器を取り出して天汰に放り投げた。

「人の物になった人器は金にならないからね、これでここから出たっていいんだよ?まぁそれが出来るならね、それじゃあね、出来損ない君、もう会う事はないだろう」


 ダンは暗闇の中に消えていった。


「くそ…くそ…くそ…」

 天汰の目から涙が溢れる。


「何でいつもこうなるんだ…」

 大量の雫が地面に落ちる。


「ねぇちゃん…」


<それから長い時間が経過した>


(あれからどのくらいたっただろう、飲み込む唾もない、無理に声を出すと乾いた喉が切れそうだ)


 天汰の周りは酷い匂いが漂い数十匹のハエが飛び交っている。

 そして、ひんやりと冷たい空間に長時間居たせいで体は小刻みに震えている。


 その時一滴の雫が目の前に落ちる、続けて一滴二滴と落ちてくる。


 天汰は勢いよく体と顔を前へ押し出し鎖が硬く張る。


(もう少し……)


 舌を伸ばし一滴が天汰の舌の上に乗った。


 天汰は大切に飲み込み再び同じように舌を出す。


 すると一滴二滴三滴と雫が落ちてきて天汰はそのを全てを飲んだ。


 天汰の乾き切った喉は少しばかりだが潤った。


<そんな光景が数回続いた>


<そして再び長い時間が経過した>


(『このこんじょうなし!何であんたはいつもやり返さないのよ!おねぇちゃんだっていつも守ってあげられるわけじゃないんだからね!』)

(『ゔぅ…ありがとおねぇちゃん…』)

(『何泣いてんのよ天汰、かえるよ』)

(『ゔん…』)

(『今日のごはん、からあげだって』)

(『ほんと!?』)

(『すぐ元気になった、早くかえろ!』)

(『うん!』)


 天汰は目を覚ました。


(いつの間にか気を失ったみたいだ…)


「だれ…か、だれ…か、だれ…か」


 天汰は乾き切った声で助けを呼ぶが誰かに聞こえるはずも無い。


(駄目だ…僕はここで…)


 天汰の意識は再び遠のいていく。

 その時、突然何処からか爆発音に近い大きな音が聞こえた。

 その音は数回続き、音と共に天井や壁が揺れて砂埃が降ってくる。


(なんだ?)


 天汰は朦朧とする意識の中辺りを見渡す。


 そして、爆発音と揺れはどんどん大きくなって行く。


(何か近づいて来てるみたいだ…)


 その時、大きな音と共に天汰の居る牢屋の壁に大きな穴が空き砂煙が舞う。

 そして砂煙の中から声が聞こえた。


「ここにいたか」

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