第6話 負け犬
「あのあなたは何者なんですか?」
天汰は男に聞いた。
「俺か?俺は…やっぱ覚えてねぇな」
「名前は?思い出したって言ってませんでしたか?」
男は手を止め、口に方張っている食べ物を一気に飲み込み、立ち上がり椅子に片足を乗せ自慢げに大きな声で言った。
「いいかよく聞け!俺の名は!
天汰「…」 女将「…」
「あら、なんだかちょっとむず痒いわねぇ」
「はい、なんだか昔の自分を見てるようです」
「…」
ゴクは頬を赤くして椅子から片足を降ろした。
「なんとでも言えやい!」
椅子に座り再びパンと肉を食べ始めた。
「ゴクさん、本当に名前以外に覚えてないんですか?」
ゴクは食べながら答える。
「ああ、俺が覚えてるのはこの名前と棒術だけだ」
「棒術?あの棒を振り回すやつですか?!すごかったな!あの魔物は手も脚も出なかった!」
天汰は自分が見た光景を思い出しながら目を輝かせた。
「そうだろ〜あれが俺の極めた棒術よぉ」
ゴクは自慢げに言った。
(僕もあんな風になれたら…)
「どうやら、あの武術だけは体が覚えてる」
「僕はそれに助けられました!」
「あっそうだ」
天汰は思いついたように言った。
「ここでしっかりお礼を言うべきですね」
と言い椅子から立ち上がり天汰は深くお辞儀をした。
「僕を助けていただきありがとうございます!」
「何言ってんだよ、俺は降りかかった火の粉を払ったまでだ、それにお前のおかげで俺は外に出られた、礼をいうのは俺の方だ……ありがとよぉ」
「僕はビビって岩の後ろに隠れただけですよ」
天汰は照れ笑いをして言った。
<そうして天汰とゴクはステーキとパンを平げた>
「凄く!美味しかったです!ありがとうございます!」
「ああ、すげぇ美味かった!腹減って死ぬかと思ったぜ」
「そう?嬉しいわ!この宿、夜は酒場もやってるからいつでも来てね!」
女将さんは嬉しそうに答えた。
「はい!ぜひ行かせていただきます!!」
「そうだ、ゴクちゃん!」
「ちゃん!?なんて呼ばれようが構わねけどよ『ちゃん』はちょっとむず痒いぜぇ」
「あらそう?可愛いじゃない!」
「まぁいいけどよぉ」ゴクは鼻を掻く。
「私はリリー、みんなからは女将って呼ばれてるわ」
「ところで、ゴクちゃんは話を聞く限り今、一文無しなんでしょ?」
女将さんは何かを企んでいる顔をしていた。
「そういえばそうだな、服もボロボロだ、どうしてだ?」
「これからこの宿は忙しくなるんだけど、この宿の一室貸してあげるから手伝ってくれないかしら?何せ、夫を失ってから一人で切り盛りしてるんだけど今日は特に忙しくなるのよ、少しの間だけでも良いの、どうかしら?もちろん服と食事付きよ!」
その話を聞いた、ゴクは少し考える。
「…」
「よし!わかった!俺にとっても良い話だ、任せとけ!」
「本当かい?助かるわ」
<ゴクは女将さんの宿を手伝うことになった>
「では僕はそろそろ行きます!色々とありがとうございました!」
「あらもう行っちゃうの?まだ居ても良いのよ?」
「いえ、行かないといけないところがあるので!では!」
と言い天汰はドアノブに手を掛けた。
その時
「おい!」
ゴクは天汰に声をかけた。
「坊主!ありがとな!お前のおかげで俺は自由になれた。何かあったら俺を頼れ」
ゴクは天汰の目を真っ直ぐ見て言った。
「ありがとうございます!」と微笑み天汰はドアを開けた。
<天汰は宿を後にした>
(ゴクさんって何者なんだろう……封印されてたってことは何か悪いことでもしたのかな?)
街の日差しはすっかり斜めだ。天汰は急いで城へ向かう。
(もうすぐ夕暮れの鐘が鳴りそうだ、もうみんな集まってるかも急がないと)
この国の城は街の中央にあって街のどの位置からでも城が見えるので天汰は迷うことなく城の方向が分かった。
(えっとー城はこっちだな)
天汰は城に向かって走る。
天汰が城へ行く途中いきなり
「キャァー!」
誰かの悲鳴が聞こえた。
(なんだ!?)
天汰は悲鳴がした方向に目をやると、そこには路地裏で一人の女性が襲われていた。しかし夕暮れで路地裏は影になっていて何に襲われているか分からない。
(た、助けないと!でも何に襲われているんだ!)
天汰はその『何か』を見ようと目を凝らした。
(子供か??)
天汰は、周りを見渡し石を見つけ気を引くために、その『何か』に向かって石を投げた。
石は地面に転がりその『何か』の動きが止まった。
そして、その『何か』はゆっくりと振り返る。
「おい!何してるんだ!」
と天汰が大声で言うがその『何か』は何も言わず、ゆっくりこっちに歩いてくる。
日の当たらない路地裏から日の当たる道に近づくにつれて、徐々にそいつの姿が露わになる。
低い背丈、深緑の肌、尖った耳や鼻に、鋭い爪。
(あれは……ゴブリンだ!)
それに気づいた天汰は腕を構えた。
(あの猪には敵わないけどコイツになら!)
「早く逃げてください!」
と天汰は襲われていた女性に言い、それを聞いた女性は立ち上がり逃げていった。
逃げる女性を見てゴブリンは怒った顔をして天汰に飛びかかる。
それに反応して天汰は麺棒のような人器でゴブリンを殴る。
「うりゃぁー!」
ゴブリンは地面に倒れる。
(なんだこの感覚、初めて生き物を殴ったとても良い気持ちはしないな!でもやらなきゃやられる!!)
ゴブリンは素早く立ち上がり天汰と距離を取り警戒する。
数秒、睨み合い、先に動いたのは天汰だった。ゴブリンの頭を目掛け拳を振る。
しかし、避けられ天汰の体は大きく前に傾いた。
(しまった!)
その隙をついてゴブリンは鋭い爪で天汰の顔を
「うあっ!」
地面に血が飛び散る。
(腕が!くそ!凄く痛い!)
天汰は痛みに耐えゴブリンに向けて縦横斜めと棒を振るがしかし全て避けられ、そして空振りをした所を狙われ膝や腕を裂かれる。
(くそ!痛い!歯がたたない!やっぱり素手じゃ…)
天汰は痛みに耐え拳を振る。
しかし、避けられる。
「そんな!」
その隙を突きゴブリンが天汰の腹を裂く。
「ぐっ!」
(くそ!こんな奴にも勝てないのか!僕は…)
するとゴブリンの連撃が来る。すかさず天汰は避けるが後ろによろけ尻もちをつく。
ゴブリンは飛び上がり天汰に馬乗り状態になって噛みつこうとするがなんとかゴブリンの顔に手を当て押さえ込む。
そして天汰は周りに叫ぶ。
「誰か!兵士を呼んできてくれませんか!」
しかし運の悪いことに周りには誰もいない。
鋭い爪で腕を掴まれ血が溢れてくる。
(やばい!!やばい!!)
すると突然、ゴブリンが誰かに蹴られ宙に舞う
(え?)
「お前ってのは魔物を引き寄せる体質なのか?」
天汰はふと見上げるとゴクがいた。
ゴクがゴブリンを蹴り上げたのだ。
「ゴクさん、なぜここに?」
天汰は体を起こして尋ねた。
「女将さんにお使い頼まれてよぉ、大丈夫か?」
「ええ…なんとか…」
しかし、ゴブリンから受けた傷から血が止まらない。
すると、倒れていたゴブリンが起き上がり二人を睨む。
そしてゴブリンは深く息を吸い込み、突然鼓膜が震えるほどの大きな奇声を発した。
咄嗟に二人は耳を塞ぐ。
「なんだ?!こいついきなり?!」
すると周囲から複数のゴブリンが姿を現した、その数10体、そしてゴブリンたちは二人を囲む。
(くそ、囲まれた……)
「めんどくせぇ」
と呟き、ゴクは右腕を横に伸ばした。
するとどこからか一本の赤い棒がひとりでに飛んで来た。
ゴクは、それをバシッと掴んだ。
「かかって来い」
そして、ゴブリンたちは一斉に二人に飛び掛かった。
ゴクは頭上で器用に棒を回転させ飛び掛かって来た、ゴブリンたちを一瞬で跳ね飛ばした。
跳ね飛ばされたゴブリンたちは地面に倒れ込んだ。
立ち上がって反撃して来ると思いきや、力の差を感じたのか、ゴブリンたちはゆっくりと後退りする。
「おい、どうしたんだ?こいつら」
そしてゴブリンたちは背を向け逃げて行った。
「けっ!逃げやがった」
「坊主、大丈夫か?」ゴクは天汰の様子を見る
(くそ…気を失いそうだ…血を流し過ぎたみたいだ…早く城にいかないと…)
天汰は倒れ込んだ。
「おい、坊主聞いてるか?おい!おい!おいぉぃ・・・・・・・
<天汰は気を失った>
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