第5話 極

(クソ、この世界でも…僕は…)


 天汰は最後の足掻きとして泣きながら地面に落ちていた岩の破片を投げた。


「くたばれ!クソ野郎!!」


 岩の破片は魔物の眼をはじき、魔物はひるみ後方へ下がる。


(え...)


 天汰が投げたは岩の破片の土はボロボロと剥がれ落ちなんと岩の破片の中身は真っ赤な石だった。


 その時、その石は瞬く間に光を発し宙に浮いた。


(なんだっ!)


 石を中心に強い熱風が吹き、その風圧で地面の砂埃すなぼこりが巻き上がる。


 天汰は手で飛んでくる砂を塞ぎまぶたを歪めながらその光景を眺める。


(何が起こってるんだっ!)


 そして、眩しい光を発した赤い石は人間の男に姿を変えた。


(人間?)


 その男はボロボロの布切れに身を包み、金髪で片手に長い赤い棒を持ち神が降臨するかの如く地面に降り立った。


「出られた…」

 その男は呟いた。


 男は拳を握り両手を掲げ叫んだ。

「出られたぞおおおお!!!!!!!!!」


 その男の叫びは周囲の空気を歪めた。


(なんなんだ、この人は…)


 天汰は開いた口が塞がらない


 その男は天汰に向かって聞いた。


「おい、そこの坊主、ここはどこだ?」


「え?」


「おい、聞いてんのか?こ!こ!は!ど!こ!だ!」


「ぼ、僕はまだこの世界に来たばかりだから詳しくはわからないけどイノセント王国だよ…」


「イノセントおうこく?知らねぇな…俺の封印を解いたのはお前か?」


「わ、わからない石を投げたら急にあなたが出てきた」


「そうか…」


「あの、あなたは?」

「俺か?俺は…おれは…俺は誰だ…記憶がない…」


 その時、それまで警戒して様子を見ていた魔物がものすごい勢いでその男に向かって突進する。


「危ない!」


 いち早く気づいた天汰はその男に向かって叫んだ。


「ん?」


 男は魔物の突進を正面から受け大きく飛ばされ壁に激突した。


(そんな!あの人も一瞬で…)


 次に魔物は天汰を睨む。

(あぁ、今度こそ終わった)


 魔物は天汰に向かって走り出した。


(来世はこんな人生御免だ!)


 しかし、その時、魔物が天汰に触れるその瞬間、その一瞬のうちにどこからか飛んできた一本の赤い棒が魔物の腹に一撃を加えた。


 魔物はその衝撃で飛ばされ建物に衝突した。


(あの魔物が飛ばされた??)


 魔物に一撃を与えたその一本の赤い棒はひとりでに動き飛んできた方向へ戻っていった。


「おいおいおい、俺は今娑婆しゃばに出られて是好調なんだよぉ、新鮮な空気吸ってんだよ、邪魔してんじゃねぇぞオラァ」


 倒されたはずのその男は一本の赤い棒を持って砂煙の中から現れた。


(あの人、生きてるのか!?あの魔物の突進を喰らって…)


「でもよぉ、おかげでよぉ、思い出した、名前」


 その時、魔物は声を荒げ男に猛スピードで突進した。


 突進してくる魔物に男は仁王立ちで体を逸らし大きく頭を後ろに引いて魔物が自身に接触するその瞬間、男は自身のひたいを魔物にぶつけた。


(頭突きした?!)


 その衝撃は地面を割るほどだった。


 魔物は白目を剥きその場に倒れ動かない。


(凄すぎる!魔法でさえで傷が付かなかった硬い毛皮に覆われたあの魔物を頭突きで沈めた…)


「おい、坊主」

「はい!なんでしょうか!」

「食い物、持ってないか?」

「食べ物ですか、すみません、持ってないです。」

「そうか」

「あのこの魔物は死んだんですか?」

「いや、死んでねえよ」


 すると、魔物は覚束おぼつかない足で男を睨みながら立ち上がる。


(まだ、立つのかこのコイツ)


「さぁ第二ラウンドだ」


 男は自身が持っていた”赤い棒”を構えた。

(あの棒は人器なのか?)


 その棒は一見、人器のように見えるが人器とは何かが違う、不思議な雰囲気を放つ赤い棒だった。


 再び魔物は男に向かって突進をする。


「てめぇ、それしかできねぇのか?」


 男は魔物の突進を避けた。

 突進を避けられた魔物は方向転換をし再び男に向かって走った。


 男は片足を後ろに引き棒を横に構えその突進を棒で正面から受け止めた。


 すかさず構えを変え棒の先端を魔物の大きな鼻に向け一直線に突き出し、一撃を加える、そして怯んだ魔物に男は片足を前に踏み込むと同時に棒を下から上に振り上げ魔物の顎に追撃を加える。


 魔物の上半身は宙に浮き、その瞬間、男は飛び上がり棒を持ち換え魔物の脳天に棒を大きく振り下ろした。


 魔物は強く地面に叩き伏せられ周囲には落雷のような音が響く。


(すごい、30人の兵士たちが勝てなかった魔物を翻弄ほんろうしている!)


 しかし、また魔物は覚束ない足で再び立ち上がった。


(おいおい、まだ立つのか…)


 しかし、魔物は突進するかと思いきや男に背を向け猛スピードで逃げていった。


 男は追いかけず逃げる魔物の背中を眺め呟いた。


「逃げたか、まぁいい」


「追いかけないんですか?」


「あぁ、俺も体力の限界だぁ……」

 と言って突然男は倒れた。


「ええ!倒れた!?どうしようどうしよう……」


 すると、状況の整理もついていない困っている天汰に一人の女性が駆け寄り声をかけた。


「すごい戦いだったわね、その人大丈夫なのかい?」


「わかりません…」


「そうかい、私はそこの店で女将をしてるんだけど良かったらうちにおいでなさいな」

「でも僕は…」


「いいからいいから、それにお代はいらないよ」


 天汰は赤い棒を手に取り男を背中に抱え女将さんの店へ行くことにした。


「重い…」


<女将の店に着く>


「着いたわ、ここが私の店よ」


 女将の店は石やレンガで造られたヨーロッパ風のおしゃれな宿屋だった。


(すごくおしゃれな宿屋だな〜)


「さぁっ!お入りなさい!」

「失礼します」

「ありがたいことに、うちの宿、この国では結構人気なのよ」

「すごく綺麗な宿ですね!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「空いてる部屋確認してくるから少し待っててね」

 数十秒後、女将は鍵を持って戻ってきた。


「良かった、丁度1部屋空いてたわ!その人を寝かせましょう」


 天汰は男を抱え階段を上り案内された部屋のベッドに男を寝かせた。


「お兄さん、名前は?」

「天汰って言います」


「天汰くんね!私はリリーよ、私のことは女将でいいわ!あら、あなたもボロボロ、血だってついてるじゃない、お風呂は沸かしてあるわ、入ってきなさいな、この人は私が手当しておくから」


「そんな僕はだいじょ…「良いから良いから!」


 天汰は少し悩んだが血だらけの服を見て答えた。

「じゃあお言葉に甘えて…」


「入口を出て左側にある小屋がお風呂だよ」


「ありがとうございます」

(異世界のお風呂ってどんな感じなんだろう)


<天汰はお風呂に着いた>


 そこには石でできた湯船に石でできた湯口からお湯が流れ湯気が小屋いっぱいに立ち込めている、まるでどこかの温泉のようだった。


「すごい!温泉みたいだ!」


 天汰は汚れた体を隅々まで洗い湯船に浸かった。


(まさか異世界でお湯に浸かれるとは思わなかったなぁ〜)


 すると扉の向こうで女将さんの声がした。

「湯加減どうかしら天汰くん」

「すごく丁度いいです!」

「良かったわー、天汰くんが着ていた服洗濯しちゃうから、着替えここに置いとくわね」

「そんな結構です!」


「私の息子のお古の服だから大丈夫よ、むしろ捨てるの勿体無いから貰って欲しいくらいだわ」


「何から何までありがとうございます」


「いいのよ〜じゃあ私は店の支度があるから、ごゆっくりどうぞ〜」


 そう言い、女将は宿へ戻って行った。


 天汰は湯船に浸かりながらため息を吐いた。


(この数時間で何度も死にかけて今生きているのが不思議なくらいだ。初めて人の血肉を見た、あんなに走ったのは初めてだ。それにこの世界にはあんなに怖い魔物がたくさんいて、それよりも強い人がいる。僕はこの先ちゃんと生きていけるんだろうか…)


<天汰はお風呂を上がった>


「お風呂ありがとうございます!すごく気持ちよかったです」

「そう良かったわ〜、それに服も似合ってよかったわ」

「本当にこれ貰っちゃっていいんですか?」


「うん、良いの!それとお腹空いてるでしょ?」


「いえ、お腹は空いてませんからお構いなく」(流石にご飯までいただくのはまずい!)


 その時、天汰のお腹が鳴った。


「あら、お腹は空いてるって言ってるみたいよ?」


 女将は微笑みながら言った。


 天汰は女将から目を逸らし顔を真っ赤にして答えた。


「いただきます」


 その時、天井からすごく大きな物音がした。


「あら何かしら」

「もしかして起きたんじゃないんですか?あの人」

「そうね、見に行ってみましょう」


 天汰と女将は階段を駆け上がり男がいる部屋の扉を開けた。そこには床に伏せた男がいた。


「あら、大変大丈夫??」

 女将が声をかけた。


 男は床に這いつくばりながら女将にか細い声で言った。


「め…し、めし、飯」


「あら、あなたもお腹が空いてるのね!ちょっと待ってね、腕にりをかけて作るわ!」


 女将は厨房へ行き、天汰は足元が覚束ない男に肩を貸し支えながら下へ降りた。


 待つこと数十分、大きな二つのお皿を持って女将が出てきた。


「お待たせ!」


女将は大きなステーキ2枚とバケットいっぱいに入ったパンをテーブルに並べた。


その瞬間、男は勢いよく手を合わせ大きな声で


「いただきます!」


と言い肉とパンを貪った。


「遠慮せず食べてね!」


「いただきます」


天汰は手を合わせ言った。


「うぅめぇ〜飯なんて何年ぶりだよ!」男は肉とパンを口いっぱいに方張っている。


「あのあなたは何者なんですか?」

天汰は男に聞いた。


「俺か?俺は…やっぱ覚えてねぇ」


「名前は?思い出したって言ってませんでしたか?」


「……」

 男は手を止め、口に方張っている食べ物を一気に飲み込み、待ってましたと言わんばかりの勢いで立ち上がり椅子に片足を乗せ大きな声で言った。


「いいかよく聞け!俺の名は!ごく!!この世の極みに立つ男だ!!」


天汰「…」 女将「…」

「あら、なんだかちょっとむず痒いわねぇ」

「はい、なんだか昔の自分を見てるようです」

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