第4話 囁き~Ghost breath

貴方は誰?Who are you?


感覚が無い。


何が為に生きる?What alive?


暗い。


どこへ征く?Where going?


頭から出てくる囁きは強まっている。


*****


四肢は幻肢痛Phantom Painではなく確かな感覚がそこにある。

腕を天に上げる動作。手に力を入れて握り拳にする動作。

脳が発信する命令は手に伝わり、それらは全て正常に動作した。


*****


幽霊GHOSTの囁きとも言うべき声は頭を、自分を狂わそうとしている。

ネオンのように様々な色彩が内包されている声がシグナルとなって頭に直接入ってくるのだ。

耳は目と違い瞼を閉じて外界を遮断することが出来ない。


この真っ暗な空間はきっと自分が目を瞑っているだけで狂気に満ちた幻想が広がっているのだろうか。

一筋の光もない。

しかし、そこに広がる物がある。この幻想は暗闇そのものだ。


『半蔵君、その時が来るまで君が抱えてきた物が聞こえなくなるだろう。だが、その時が来たら君は真の意味で全ての束縛から解放される』

経年劣化で黄ばんだ埃だらけの古いフィルムを映写機で映したように霞がかかっている記憶が突如映し出された。

そこには意識が希薄で放心状態になっている自分に話しかける男の姿。

その渋い声色、スラブ人特有の高い鼻が付く男の顔は分からない。


お前は一体誰だ…?


*****


SOPMOD化された最新の自動小銃が手が届きそうで届かない、そんな微妙な位置で転がっていた。多分俺が使っていた銃だ。

頭の中が歪んでいる感覚の中、煙の奥にいる人影を捉えた。

小銃を取る暇なんかない。

そもそも撃てるか分からない。

小銃を攻撃の選択肢から外して太もものホルスターにある自動拳銃を瞬時に取り出した。

スライドを引いて薬室に弾薬を装填。

この一連の動作により自動拳銃に相手を殺す能力が残っていることを確認。

影の方向に銃口を向けてトリガーをとにかく引いた。

消音器の曇った45.ACP弾の音がトリガーを引いた分轟く。

人影は世界共通の言語である呻き声を発した。

声が聞こえなくなるまで俺は撃った。


やがて呻き声は聞こえなくなり、人影も消えた。

立ち上がって、砂利を被った小銃を拾う。

消音器サプレッサーが歪んでいた。

チャージングハンドルを引いて薬室の状況を確認する。ダストカバーが開放され薬室が姿を現す。

中には弾薬が入っておらず、マガジン内の新たな弾薬が挿入された。

機関部の動作に異常は見られない。

邪魔になった消音器サプレッサーをさっさと外して放り投げた。


*****


男の渋い声色は強まった。

自分はこの声を止めることが出来ない。


『初志を思い出せ』


煩い。

頭を劈くノイズは止まない。

そんなのは分かっている。


*****


銃弾が風のように飛び交う中、精密機械から火花を散らしている輸送機だった物が見えた。

「ジェイク!!こっちだ!!」

抉るように真っ二つになった輸送機。

その輸送機に向けて重機関銃を撃ち続けるテクニカル(民製改造戦闘車両)に対して擲弾をポンッと発射してテクニカルを灰燼にさせた。


擲弾を撃ったのは我らが現場指揮官ヘンリーだった。

俺は全力疾走して広く穴が空いた機内に滑り込んだ。

何故か一発も当たらずに輸送機の中に戻ることが出来た。こんな奇跡はそうそう無いだろう。

「クソッ、ヘンリー!こいつはどういうこった!?」

声を荒げた俺に応えるように上官のヘンリーは「説明が必要いるのか!?」と返した。質問の仕方が悪かったようだ。

「墜落したのは分かる!救援は来るのか!?」

「ハーマンが今本部Warlordに支援を求めている!」

機体は無残にもテクニカルの重機関銃によって穴だらけにされており、ここにはそう長くいられない。

機内の奥で救助対象の何人かは頭を両手で守って座り込んでいた。少しでも被弾面積を減らすためだ。

ハーマンが通信装置を使って必死に話している。いつもの彼だったらもっと冷静だが切羽詰まった状態だとこうなりやすい。

この状況下じゃ無理もない。


だが、増援は絶望的だ。

敵は強力な防空システムを抱えている。

空軍のワイルド・ウィーゼル敵防空制圧部隊がここに来てからでないとまず救出は来ないだろう。

そもそもワイルド・ウィーゼル敵防空制圧部隊どころか最新鋭のステルス爆撃機ですら飛べるか怪しい。

輸送機よりも上空を飛んでいた無人機も落とされたことだろう。

敵が当初の情報とは上回るほどの能力を持っている。

敵が最新鋭の戦車を持って現れても驚きはしない。


≪こちらSavior0-1、攻撃を開始する≫

ロケット弾に機銃チェーンガン、自動擲弾銃。

随分と物騒な、そしてこの場では最も頼もしいガンシップが次々と敵のいる場所を刳った。

低空に身を移した輸送機はまだ残っており俺らを援護している。

だが、全てのステルス処置を施しているがかなり低空を飛んでいるためRPGを避けることも出来ない。

援軍を待っていられる時間は無い。


*****

2032年7月4日 EDTアメリカ東部夏時間22:40 アメリカ合衆国 ホワイトハウス・シチュエーションルーム


D.Cワシントン特別行政区のペンシルベニア大通り1600番地に世界の中枢たる白い建物がある。

それはホワイトハウス大統領官邸だ。

そして今現在ホワイトハウスで最も騒がしい部屋はオーバルオフィス大統領執務室があるウェストウィング西棟の地下1階シチュエーションルームだった。

多くのコンピューターと通信機器、白い壁には様々な情報を映し出す液晶ディスプレイの数々と翼を広げた白頭鷲が描かれている合衆国大統領章、隅には星条旗、中央にある大きな長方形のオーク材テーブルにはリモート・記録用カメラとテーブル中央に小型ホログラム発生装置。テーブル中央からホログラムが空中に投影され立体的な視覚情報が映し出されている。

テーブルを彩るものはそれだけではない。

山積みされた資料書類、そして場の雰囲気には合わないものの頭を働かせるには丁度良い糖分たっぷりの菓子に誰かが食べたカップヌードルと缶コーラにコーヒー。


だが、この部屋に彩りを生み出す最大の存在はこれらではない。

それはこの国の陸軍・海軍・空軍・海兵隊・宇宙軍の5軍、政府上層部の高級官僚に各機関・部門のトップや専門家に閣僚、そしてアメリカ合衆国大統領であった。


「援軍はどれぐらいかかる?」

大統領のハワードはこの場にいる全ての者に問いかけた。

「大統領、残念ながら即応出来るQRF即応部隊だけでは全滅します。スズメバチの巣に頭から突っ込むようなものです」

統合参謀本部議長が最初に口を開いた。

質問に対する答えではなかったが答え以上の返答である。

「ではどうする?」

大統領の次の質問には続々と回答が来た。

「南アフリカ軍に救援させましょう、彼らは戦車などの重装備をもう出しているようです」

陸軍参謀長はそう言った。

「英国がSASイギリス特殊空挺部隊を派遣してるそうです。2日も手こずっている南アフリカ軍よりも遥かに優秀かと」

SOCOM司令官は役職的にも個人的にもイギリス軍の特殊部隊SASとは繋がりが深かった。そのため今回のことでSASが南アフリカにいることを知っていた。

「どんなに優秀な特殊部隊がいても航空機か車両が無いと脱出出来ないぞ」

ホログラフィックで投影されているペンタゴンのCMC海兵隊総司令官は反論する。

「そもそも情報部は何をしていた、SAM対空ミサイルがあることぐらいすぐ分かることじゃないのか」

国防長官が怒声を上げる。

「いえ、オープンソースだけでなく先遣部隊や偵察機、衛星からもツングースカ(ソ連製対空システム)のような中SAMクラスの車両は確認されていませんでした。ましてや輸送機を切るレーザー兵器なぞ聞いたことすら…」

NSAはそう言い、CIAは黙秘していた。

「じゃあこれは何なんだ」

国防長官の怒りはまだ続く。

「分かりません」

口を閉ざしていたCIAの口が開いたかと思えばただ一言だけそう言った。

CIAはNSAと違い国防長官が直属の上司ではないため怖気づくことなく言えた。

「しかしだ。兎にも角にも増援は必要です。まずはSASと南アフリカ軍双方に協力を打診しましょう」

大統領補佐官は今まで出てきた中では一番無難なことを言う。

「いえ、もう既に手遅れです。増援は間に合わないでしょう。彼らを情報による支援することが我々に出来る最大のことです」

やっぱり否定された。否定したのは海軍参謀。

ここでハワードは手を挙げ、皆は沈黙した。

「議論する時間はあまり無い、例え無駄になっても増援を出そうじゃないか。アフリカ軍司令部に繋げろ」



*****

レントゲンの機械はまるで棺だった。

入ると目の前が閉ざされた。

病人は死者との境にいる存在。棺のような所に入れられるのも当然だろうか。


終わった時、自分は解放感が湧き上がるのと共に涙を流した。しかし解放感とその涙には繋がりはない。解放感が出ても別に感動して涙を流すほどではないし、恐怖に脅えていたらレントゲンに入る前から泣いていた。

その涙の正体が分からなかった。

純白の白衣に身を包んだ医者に純白の看護師、墨も窓も無い扉があるだけの純白のレントゲン室の壁、純白なコフィン、そして青い患者衣を着た涙を流す自分。


その時自分は何をしていたのか。



あれ__これはいつ?




静かな記憶、でも胸騒ぎがしてならない記憶。夢ではない。実感がある記憶。確かな現実。黒部半蔵の経験。誰でもない自らの経験と記憶。



*****

≪こちらSavior0-2、ここでは着陸出来ない。ここから東側へ300m行った所にある空地をLZ着陸地点に設定する≫

狭い通りで不時着したためティルト機では着陸が難しかった。

しかし、彼らが言う『東側へ300m行った所にある空地』とは空から見た姿で1ブロック分の民家などの建物を隔てた先にある。

普通に回って移動したら単純計算で600mは移動することになる。

「了解!Gregory!建物を突っ切るぞ!!後ろをカバーしてくれ!!」

ヘンリーはすぐさま状況を理解し、行動へと表現させた。

煙幕スモークグレネードを敵のいる手前に投げて攪乱させ、すぐに空き地のある方向にある建物の門まで行き、その門を無理矢理こじ開けた。

「早くVIP要人を建物の方へ!」

ヘンリーが切り開いた逃げ場所に皆は救助した要人を誘導した。

その中には半蔵の父がいた。9mm口径の拳銃を持った彼は戦士の目をしていた。

ついさっきまで半蔵と話していた時は近所のおじさん、もとい良き父親のようであったが彼は現役の中将だ。

聞いた話、下士官時代からの叩き上げで来た猛者であり、今でもその時の覇気を感じさせた。


そういえば、半蔵を見かけない。

「ヘンリー!半蔵がいないぞ!」

「…あいつが生きてると思うか?」

「俺が生きててアイツが死ぬはずがない」

ヘンリーは無線機の送信ボタンを押した。

「Xray2-1からSavor0-1へ、1人行方が分からない。そっちから何か見えないか?」

≪あ~、IFFをキャッチ。2-4がいた所の近くだ≫

「ハーマン、生命反応は?」

電子・通信歩兵のハーマンは生命反応を検出する機械も持っていた。

「微弱だがある」

ハーマンは自信を持ってそう答える。

「OK、俺がアイツを起こしてくる」

「よし、さっさと戻ってこい。俺が援護する」

軽機関銃を持っているビケットが頼もしいこと言ってくれたため俺はすぐに走り出した。


*****

死の淵の間際となれば過去の事象が流れる走馬灯という現象が起きると言われる。自分は幸い今まで経験したことが無かったが今回初めて起きたかもしれない。

これが夢やその類のものであることは分かる。いわゆる明晰夢という物だ。

だが、その夢は魔法の国を映し出さず過去の実体験を映していた。

それも映画ではなく実際にその場にいた。


次の映像が流れた。

義弟が初めて会った日だ。

自分は新しい家族に対して正直不安であった。生活の変化を突然要求されているようなものだ。だが、それを呑んだ。拒むほどの勇気は自分にはないのだから。

その日から義弟との生活が始まった。


義弟は事ある事に謝罪してきた。


___ごめんなさい



_______ごめんなさい


夜は何もないはずなのに絶叫した。


___痛い



_______もう許して


自分は何も出来なかった。ただそれを見ることしか出来なかった。そして怖かった。

小学校では孤独、家では孤独以上の問題を抱え自分は自分を偽った。

そして倒れた。病院に送られた自分は偽りを真実へと変えたのだ。

苦痛だらけで耐えられない現実を受け入れたくない。そして、その感覚すら捨てたかった。

その辻褄合わせに作った嘘を盲目的に盲信して「欠けた自分」が作られたのだ。


*****


夢は覚めた。


「起きろ!半蔵!」


身体中がダルくて痛い。何カ所か確実に骨折している。

「状況は?」


自分はこの状況でも不思議と冷静であった。

長い夢のせいだ。


「輸送機が墜落したから違う輸送機に乗る。お前が来れば皆LZに行ける」

「そうか」


埃を叩きながら自分は立ち上がった。


「ジェイク、あと少しで思い出せそうだったよ」

何のことかとキョトンとしているジェイクはすぐに「あの事か」と思い出したように納得した顔に変えた。


「そうか、死ななくて良かったな」

「答えの対価は死じゃないさ…」


少し軽口を叩いた後、彼から拳銃を受け取った。

メインウェポンが消失し、下げていた拳銃もどこかに行っていた。


「走るぞ!Semper!」

「「Fi!!」」


ジェイクと自分はこの掛け声と共に駆け出した。

嵐のように降り注ぐ銃弾の中を潜るには海兵隊の掛け声と共に湧き上がる勇気がないと難しかった。

ビケットが機関銃を撃ちながら自分たちの後ろにいる敵を倒していく。道を遮る敵はジェイクと自分が先に潰した。弾着後に倒れる敵の表情を見る暇はなかった。


そしてビケットの近くまで辿り着いた。

建物の門を開けて入って行く仲間が見えたからそこに向かおうとした。


建物の門の中に入ったところで自分は大事なことを聞いた。

「父さんは無事なのか」

そう、父の姿を見ないのだ。

「安心しろ、先に行った。お前も早く…」


そう言いかけた途端、後ろから恐竜の足音かのような、迫撃砲とは違う衝撃の音が鳴り響いた。

振り向くと5mぐらいある鋼鉄の巨人がいた。それも3体。

2体は自分が気絶していた位置より遠くではあるがこの道路を塞ぐように並んでおり、もう1体は5階ぐらいある建物の屋上にいる。自分は直観的にソレらはどこからかジャンプして来たことを理解した。


月明りに照らされたソレらは産業用汎用二足歩行型ロボットだった。バイペッドBIPED、人々はそう呼んでいる。

テロリストやゲリラ兵がトヨタを改造して重機関銃を載せるのと同じように紛争地帯ではよく見かける改造兵器だ。

だが通常のバイペッドは胸辺りに剥き出しのコックピットがある。しかし、そのバイペッドにはコックピットではなく液体が入った大きな試験管が代わりにあった。

その試験管は青白く発光しており、中には子供がいる。子供はケーブルに繋がれている。きっとECNerSS電子=脳神経結合システムの子供だ。

会場で撃ち殺したリコリス頭の子供を思い出す。

あの子もあれに乗っていたのだろうか。


六角形の盾のような物を抱えるのが1体、機関砲をライフルのように構えるのが1体、そしてロケットランチャーのようなものを抱えるのが建物の上に1体。


≪こちらSavor0-1、味方が射線から出たのを確認した。ヘルファイア発射≫


上空を飛ぶガンシップがヘルファイアミサイルを発射した。

ヘルファイアは非常に信頼性が高い空対地ミサイルで戦車をも一撃で破壊することが出来る。

ガンシップのガナー射撃種は道の方にいた二体に照準を合わせて2発発射した。2つのヘルファイアは各自割り当てられた目標に向かって飛翔。


すると盾持ちが盾を投げてきた。しかし、それはヘリに向かってではなくヘルファイアに向かって投げられた。

すると盾はミサイルと接触する前に空中で爆発した。


その爆発は炎よりも重金属粒子の煙が濃かった。

その煙の中に突っ込んだヘルファイアは誘導装置が効かなくなり、さらに盾の破片によってヘルファイアは誤作動を起こして煙の中で信管が作動してしまった。


すぐにガンシップは機銃を周辺を撃つが重金属の煙によって赤外線にも障害が発生していた。

ライフル持ちの機体は煙の中から位置が悟られぬよう移動しながらガンシップがいた空に向かって発砲した。しかしガンシップとて馬鹿ではなく移動していた。


先のヘルファイアをかわす為に無防備となった盾持ちは煙の中で消息を絶つが、多少動いてるとはいえ煙の中でも発砲炎が確認出来るライフル持ちにガナー射撃種は狙いを定めた。そしてライフル持ちからの銃声が途絶えた。恐らく仕留められたのだろう。


だが、その時建物の上から狙いを定めていたロケットランチャー持ちが持っていたロケット弾らしき物を発射した。

発射する前にこの殺気に気付いた操縦手パイロットはガンシップを急反転することでギリギリ回避に成功した。


クソッFack、奴ら後悔させてやる≫


無線機から流れる怒声。

急反転は搭乗員にとって大きな負担だ。それもパイロット(操縦手)ならともかくガナー射撃種は盾持ちを倒すために集中してしまったため急反転する心の準備が出来ていなかった。


すぐにガナー射撃種は残っていたロケット弾を建物に向かって発射した。ロケットランチャー持ちがいた場所が崩れてバランスを崩した所を機銃ですぐさま仕留めた。

これを一瞬の内に考えついてすぐに洗練された動きで実行したガナー射撃種の技術力は高い。


「まずい、一機飛んだぞ!」


ビケットが叫んだが遅かった。

彼らは見逃していた。

盾持ちだった敵が軽くなった機体でガンシップに飛び乗ったのだ。そしてガンシップの左翼エンジン吸気口に右腕部を入れることでエンジンはバードストライク以上の損傷を食らい、破壊されてしまった。


片方のエンジンが急にコントロール出来なくなったガンシップは間も無く地面に叩き付けられた。そのまま中の火薬が引火し、機体は落ちた1~2秒ほどで一気に爆発してしまった。

助けに行く余裕すら無かった。



燃ゆる炎の中、片腕を無くした巨人の姿が現れる。



奴に武装はない、だが5mもある鋼鉄の質量はただの歩兵には脅威であった。

自分達が持っていたライフルや機関銃、拳銃で射撃したが敵は片腕で試験管の本体を守るだけで止まる気配は無かった。


何発か腕をすり抜けて試験管を当ててヒビが入るが耐弾性の高い強化ガラスなのか中身に被害を与えられるようには見えなかった。

自分達は死ぬのを覚悟した。


自分が死ぬのはまだ良い。だが、あのバイペッドは先にいる父や仲間、要人を殺すだろう。そしてそれを実行することが出来る能力を敵は持っている。それをついさっき証明した。

合理的に考えれば豆鉄砲を撃つことしか出来ない自分達なんかに構うことなく最重要目標である輸送機や人質だった要人を見せしめに殺した方が良い。無駄に自分達に構って輸送機が離脱したら意味が無いのだから。

高くジャンプしないのは跳躍系の人工筋肉に少なからずの損傷があるからだろう。

ならば、重要な脚部や機体を操っている試験管を攻撃して少しでも注意を惹かせるようにするしかない。


だが、自分達が犠牲になることが前提だ。

自分は死ぬのが怖い。


そしてこの場にいるジェイクとビケットも怖いだろう。

だが、ジェイクとビケット、自分はお互いに何をするべきか分かっており、そして互いに覚悟したことが伝わっていた。

この戦場で漂う空気がそれを伝わらせてくれた。

そして、すぐ近くにまで敵は接近していた。自分達は後退りをする。


「ここで俺達終わりとはな」

「ジェイク、何かジョーク言ってくれよ」

「子供の頃、友達の家でやったゲームの雑魚がこんなのだったんだ。オープニングでこいつにビクビクしてた味方の雑魚はまるで俺らだ」

「何かと思えば思い出話か」


ジェイクとビケットは軽口を叩き合っている。

いや、案外最後の時は悲鳴ではなくこんな風でありたいものだ。



思い出…自分の思い出…



*****

父の背中を見た。軍服姿の父を見た。軍の広報に出る父を見た。電話越しの父の声を聞いた。父が書いた手紙を読んだ。


時折会う父は遠い存在だ。日に日に遠くなった。

小学校に上がる頃には家で1人になることが多い。孤独だ。



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