第二話「見えない名前」
第二話「見えない名前」
先程の男性は、ここにもいるのかと言っていた。一体何の事だろうか。まあ変なことを言う大人の男性なんて良くいるので気にする必要も無いと思い、再び出会った水蓮愛をカーブミラーの反射越しに見る。曲がった世界に写る愛は、特有の曲がり方で俺とどの程度離れているのか理解するのを遅らせていた。
「それで、俺の家について来たのは何故?」
「何故って...なんとなく、かな。行くところも無いし」愛は当たり前のことを言うかのような態度をとっていた。透明人間になってからとりあえず人について行くことぐらいしかやる事がないのか。
「他にやる事ないの?」俺は言った後に少し失礼な事を言ってしまったと気付いた。
「ない。なんか私この世界に干渉出来ないみたいで...それに――なんでもない」愛は少し言い過ぎたと言わんばかりに首を横に振って誤魔化した。
「干渉できないっていうのはどういうこと?」
恐らく一緒に歩きながら話を聞いた。声が聞こえるだけで姿は見えないので、愛のペースに合わせるのが大変だった。
愛は物に触ることは出来るものの、ものを移動させたりすることが出来ないらしい。だから特にやることも無くいつも見ているだけだと。
「それにしてもなんで俺なの?」昨日俺がいたクラスには他の女子たちに人気の顔が良く高身長のクール系の男子や活発な話題性に欠けず女子たちも盛り上げる男子など、俺なんかより断然良い人材が集まっているのに盛り上がるクラスの中いつも隅で本を読んでいるような地味男子である俺の家の前に彼女はいたのだ。
「え?...それは...」愛は言葉に詰まったのか、喋るのを止めたのでどこにいるかもう分からなくなってしまった。
俺は足を止め、カーブミラーが無いか辺りを見る。ここは丁度車の死角の無い一本道だったので、カーブミラーが無かった。
「それは...あのクラスにこっそりいて一番すぐ目に入ったのが透晴くんだったから...」唐突に右耳から声がしたので驚いてしまった。
「そういえばさっきいつも玄関前までついて来てるって言ってたけど、大体いつくらいから?」
「んー...君が文化祭で強制的にダンスを踊らされて女子たちにきゃーきゃー言われてたくらいからかな」
「なんでそんなこと覚えてんだよ...それにお前あの時からいたのか!」文化祭は去年の秋に会った行事だ。クラスの出し物がなかなか決まらなかった時、男子の誰かが俺にダンスを踊らせればギャップで盛り上がると意味のわからないことを言った。
そして俺は複数の男子の中、何故かセンターで踊らされていた。俺よりセンターが最適な男子はいくらでもいたろうに。
体育館内は盛り上がってはいたが、俺はあの時誰かに殺してほしいほど恥ずかしかったのだ。
なによりあの時愛に見られていたと考えると、あの時の羞恥を鮮明に思い出してしまい、ため息を出さずにはいられなかった。
「今すぐに忘れてくれ」
「えー、あの時の透晴君はとても可愛かったから忘れられないなー」その言葉は姉さんか新目零が俺をからかう光景に完璧に移し替えられる程似ていた。
その後もしばらく見えない愛にからかわれながら学校の教室へ向かった。
教室には俺のようにあまり目立たない男子席に座り静かに携帯電話を人差し指で別に感心もなさそうな顔で触っていた。
俺も自分の席に鞄を置き、一旦座って背伸びをする。全身が完全に伸びきり、昨日の件もあり少しざわついていた心も自然と落ち着いていくような気がした。
愛は教室に入ってから喋らなくなった。俺が見えない人と喋る周りからみたら明らかに精神が危うい状態の人だと思われないように話しかけてこないのだろう。俺にとっても他に人が居る場合はそうしてくれると有難い。
鞄から教科書などを机の中に直し終わったころ、本を取り出そうと鞄を開けるためにかがむと背中に弱い衝撃を感じた。
「よ!」そう陽気な声で俺の背中の中心を叩いたのは、俺の一人だけの貴重な友人である
「ぼっち同士仲良くしようぜ」俺はこの頃彼のような明るい人間があまり好きではなかったので、薫も例外ではなかった。折角声をかけてくれたのに俺は何を言えば良いか分からず、その空気に耐えきれず逃げるように薫を無視していた。
だがその後もしつこく話しかけてきてくれたおかげで中学を卒業するころには俺は彼と笑えるような会話ができる程度にはなり、非常に感謝している。そして俺の事を親友と言ってくれた。その瞬間が嬉しくて今でも鮮明に覚えている。その後に彼が走って他に仲のいい男子の所へ行こうとした時石に躓き盛大に転げたことも。
今の薫は完全に学校の人気者で、付き合っている彼女もいる。
「痛!なにすんだよ」俺は後ろを振り向きこちらを見下ろしながら少し笑っている薫の顔を見た。
薫は普通に顔立ちが良く、非常にモテる。
「はは、お前はいつも通り変わらずイケメンだな!」
「お世辞はよせよ。お前の方が良いに決まってんだろ」
「お前にそう言われるのは他の奴に言われるより嬉しいな!」薫は笑う。
「なんだそれ」それにつられて俺の顔からも自然と笑みがこぼれた。
いつも通りの授業が続くが、窓を見れば反射している愛を見ることができる。愛に見とれていて授業の内容が聞こえなかった。
そんな様子が昼休みを知らせる学校のチャイムが鳴るまで続いた。
一人で弁当を食べているが、1つ気になる点がある。窓の方を見ると愛がものすごく近い距離で目を輝かせて俺の食べている姿を眺めているのだ。
そんな様子に困惑しながら周りに聞こえない声で聞いた。
「なんでそんな近いんだ?」
「あ...ごめん!気付かなかった」きらきらに輝いていた目が元の綺麗な灰色の目に戻り、謝ってきたので俺は何事もなかったかのようにして食事を再開したが、窓をもう一度見るとやはり目が輝いている。俺はそれを見てなんとなしに愛がどう思っているのか理解した。
「...食べたいのか?」
「そういう訳じゃ!...うん」反論しようとしたが言葉が思い浮かばなかったのか、容易く認めた。
「干渉できないんじゃないのか?」
「だから私今まで身体がこうなってから一度もご飯食べてないよ!食べたいよ〜...」情けなく叫びながらゆらゆらと左右に移動させている愛の顔は、感触のよさそうなの頬を少し膨らませて拗ねている表情を見せた。
「腹減らないのか?」
「減らないけど食べたい〜」
「じゃあ1回試してみるか?」
今日の登校時に愛が猫を貫通していた様子を見たのでものに干渉できないことは本当のようだ。だが昨日俺は倒れかけたところを彼女に支えられていたのだ。だからもしかすると俺の触れたものが関与すれば彼女は触れることが出来るかもしれない。
「...ん」どうなるのかが目に見えているかのようなあまり元気の無い声で言った。
「じゃあ口開けろ」そう言うと何故か目を閉じて静かに口を開けた。小さい唇がゆっくりと開く。
「目閉じんじゃねぇよ、俺はお前見えてないんだからな?」
流石に窓を見ながら彼女の口に運ぶのは時間と労力を使うので彼女から調整してもらった方がいい。
俺は玉子焼きを箸で掴み感覚で愛の口の近くまで持っていく。
窓を見ると愛はもう少しで口の中に入れるところだった。俺は少しどうなるのか気になりながら様子を見ていた。
ゆっくりと彼女の口が玉子焼きを包み込む。そして。
彼女が口を箸から離した時には玉子焼きがもう無かった。
彼女は目を瞑り幸せそうな表情をしながら頬をゆっくりと動かしていた。愛の目から涙が一雫落ちる。
いつから透明人間になっていたのかは知らないが、長い間飯を食べれずに何も感じない生活といっていいのかすら分からない日々を送っていた愛は、やっと味を感じたことに感動していたのだろう。
俺は黙ってその様子を窓の反射越しに見つめていた。この表情を直接見れたのなら俺も幸せな気分になれたのだろうか。そんな突拍子も無い考えが頭を過ぎる。
だが実際にいるであろう位置を確認しても誰もいない。そう思った時。
一瞬だけ俺の目に水色の髪が映ったように見えた。そして愛が口にあったものを飲み込んだ時にはもう透き通った水色は見えなくなってしまった。
その後も愛の反応をもう一度見たいと弁当の中身を分け与えているとさきほどまでこれ以上入らないのではないかと思うほど詰まっていた弁当のおかずがいつの間にか俺の苦手だった野菜もろとも完全に無くなっており、その弁当の底がさきほどの賑やかな中身が嘘のように寂しさを見せていた。
しかたなく弁当を片づけ、あまり満たされなかった腹を気にしながら騒がしいを教室を後にして図書室へと向かった。
さまざまな声や音が飛び交う教室とは違い、静けさと足音だけが支配するここは心を落ち着かせるとともに本を探すという行為をまるで別世界で冒険をしているような気分にさせてくれる。
持ってきておいた本を返却し、新しく俺の興味を惹いてくれる本を探す。
教室の隅に行くと、俺の膝の高さほどしかない小さな本棚を見つけた。
一見するとただ普通の本棚なのだが、俺は一年間この図書室で一度もこの本棚を見たことが無かった。ただ俺の見落としなのか、それとも新しく追加された本棚か。
見落としたにしては先ほど探していた時俺の視界にはっきり入っていたし、新しく追加されたにしても空いているスペースに対して、本棚の大きさが余りにも小さく、中身を見ても入っている本の数はその本棚の大きさ故に少ない。
その棚の本だけは不思議と全ての音が俺に向かって輝いているように見えたので、試しに一冊青色の表紙が目立っている本を手に取る。
表紙を見ても本のタイトルと著者が書いていない。その何も書かれていたない碧単色の表紙は、本当に本文が書かれているのか不安にさせる。
本を開くと、手触りの良い紙に「苦痛」とだけ書いてあった。
次のページを開いても、何も書いていないページ数だけを指定している目次があるだけだ。
本文は一応内容が書いてあるようだが、言葉が所々で色が落ちたかのように途切れていてまともに読むことすらできない。
すると突然右肩をやわらかい手が優しく叩いてきたので振りかえるとそこには図書室の管理人であり数学の先生でもある大人びた雰囲気が男子から人気の美人先生、高本唯先生が立っていた。
「こんにちは、晶同君。その本に興味があるの?」
「はい、でもこの本内容がまともに読めないんです」
「その本、昨日仕入れた本の中に紛れていたの」
高本先生が言うには、昨日仕入れた本の中に紛れていたこの本たちの持ち主を聞こうと仕入先に連絡しても仕入先は知らないの一言だけだったらしい。そしてこのままにしておくのも悪いと、高本先生の家から持ってきた小さな本棚に並べておいたと。だが本は表紙に何も書いていない上に肝心の内容がほぼ無いので誰も借りて行かないらしい。高木先生は内容は見ていないものの、その本が何か普通の本とは違うと言っていた。
先生は頭を抱え、その美貌を困った顔にして言った。
「良かったら全部もらってくれない?なんて...」
「もらいます」
「え?」先生は困った顔を唖然とした顔に変えて言った。
「もらいます。この本もそのまま置かれるだけじゃ可哀想ですし。」それに、この気になる内容を放っておくのは本が好きな俺のプライドが許さない。
「もらってくれるならありがたいけど...分かった。この本棚の中の本、全部あげる」
さすがに全部持っていくことはできないので、手に持っていた本だけを貰った。
教室に戻り、その本をもう一度開いてみるが、やはり文章が途切れて読めない。
適当に本の中心辺りのページを開くと、何故か気になって目に入ったとある一文があった。
――貴方は本当に彼女が好きなのか――
ただ物語の質問に対する主観による繰り返しの文にしか見えないそれは、不思議と心に刻まれて離れなくなった。
「...何...それ?」後ろから愛の声がした。
「何も書いてないじゃん」
「え?」俺が今開いているページは読めないが一応文章らしきものが書いてある。
「書いてあるよ」
「私から見たら何も書いてないところ指差してるけど」
「よ!何の本読んでん...何だそれ」
薫も愛と同じような声色で言った。
おかしいのは俺なのかもしれないと思い、もう一度見てみるがやはり俺には文章が書いてあるようにしか見えない。
「そんなことより、今日放課後ゲーセン行くんだけどお前も来る?」薫は文字が見えない本をまるで無かった事にして言った。
「行く」今まで何度も薫と一緒に遊んだ中で、楽しくなかった記憶など無いので、断る理由もない。
想定外の事態が起こった。
薫に誘われ少し気分が上がりながらゲームセンターへと向かい、店の入口の近くにいる薫の傍に三人も立って楽しそうに薫と話していた。俺はいつも薫と二人だけでしか遊びに行ったことが無かったので驚いていた。
薫は俺以外に三人も呼んでいたのだ。しかも俺とは性格が真反対に明るい三人組は、薫も含めクラスの陽気な人物として知れ渡っている。
「よう、晶同!」俺の名前を呼んだ薫の友人は
「どうも」俺は外志の顔も見ずに返事をした。
「透晴君、よろしく」そう綺麗な声で挨拶したのはクラスのマドンナとも言える完璧な女子の
楓と俺は小学校から一緒だったが、あまり話したことは無い。楓は気配りができるので俺に話しかけてくれたりしたが、もちろんあまり言い返しができた覚えは無く、いつも空気が少し悪くなって会話が終わっていた。
「薫ってこんなに可愛い友だちがいたの?」そう俺を見ながら言ってくるのは薫の付き合っている同級生の
「あまり透晴にちょっかいかけんなよ?」薫は笑いながら真白に言った。
「そんな困らせることしないしー」
「真白ちゃんには薫がいるしね」そう言った皆咲楓は、ずっと俺を見ていた。
そしてしばらくして楓は何か決意したかのように「よし!」と言い俺の近くに恐る恐る近づいて隣に来た後に俺と同じ方向を向いた。
「行こう!透晴君!」
皆歩き出したので俺も急いで後に続いた。
俺とは真反対の性格の者ばかりで少し警戒していたが、実際一緒に遊んでいると意外にも楽しく、それは薫と二人で遊ぶよりも圧倒的な楽しさだった。
外志は俺にカーレースのゲームで自信げに勝負を挑んで惨敗し、悔しがりそれを見て皆で笑う。
薫が恋人である真白のためにクレーンゲームで真剣に景品のぬいぐるみを取ろうとする姿を他の3人で応援し、失敗すれば皆で悔しがり、最後に景品を落とせば皆で喜んだ。
楓はというと何故か遊んでいる間俺の傍におり、俺に良く話しかけてきた。
「透晴君!あっち行こうよ」
「え?いいけど...」そう言われ薫達と離れ楓について行くとそこはアイスやジュースなどの自動販売機と机が並ぶ休憩コーナーだった。
「ここで待ってて!」
楓は俺を休憩コーナーの椅子に座らせしばらくして小走りで持ってきたのはそれぞれ違う缶ジュース5本とアイス2本だった。
「はいこれ」
渡してきた缶ジュースは俺の好きな炭酸飲料だった。アイスも渡してきたので手に取ると、冷たくて少し水気を含んだ感触が右手に伝わった。
缶ジュースが5本なのは気配りのできる楓の事なので皆の分を買ったためだろうが、アイスは人数に対して2本と少ない。
「アイスは内緒ね」そう小悪魔的に微笑みながら楓は少し俺に近づいて言った。
その表情は可憐で俺の意識を彼女に向けさせる。右手の感触を忘れさせるほどに。
楓は俺の隣に座りアイスのコーンスリーブを取ってアイスを柔らかそうな綺麗なピンク色の唇に持っていった。
俺も同じくアイスを食べる。
その嬉しそうにアイスを食べる楓の表情を見ているといつもよりアイスが美味しく感じた。
「ねえ、透晴君って変わったよね」
いきなりそんな事を言われたので「え?」と声を出して楓の方を向く。
「だって、透晴君って前まで話しかけても中々返事してくれないもん。あの時毎回私悲しかったんだよ?...まぁ、そういうとこも...」最後の方は声が小さく何を言っているか分からなかった。
「透晴君って周りからどう思われてるか知ってる?」
「知らない。別になんとも思ってないんじゃないか?そこら辺の陰キャぐらいにしか思ってねぇだろ」俺は即答した。
「それが意外と違うの。透晴君って、女子からも人気だし、男子からも可愛いって言われたりするんだよ」
「は?可愛いってどういう事だよ」
「そのままの意味。ほら、透晴君って顔つきが少し女の子っぽいじゃん?透晴君のお姉さんによく似てるもん。羨ましいなー」
「何言ってんだ。お前別に羨ましがる必要も無いだろ」
「それってどういう意味ー?」楓はにやけながらこちらに寄り、聞いてきた。
「教えね。それより、俺が女子に人気って嘘ついただろ」
「嘘じゃないよ。透晴君っていつも教室の隅で本読んでるじゃん?俺に近づくなーってオーラ出しながら」
隅で座って本を読んでいるのは本当だが、別に近づくなとは思っていない。
「そのオーラが女子からしたら仕草と相まってクールな感じで良いなって思ってるんだよ。私は透晴君のかっこいい所他にも知ってるんだけど」
楓はそう言い既に食べ終わったアイスのコーンスリーブをゴミ箱に捨てに席を立った。俺も同じく立ち上がり、ゴミ箱へと向かう。
「透晴君、私の事どう思ってる?」唐突な質問に思わず隣に立つ楓を見る。俺の肩くらいにある頭は俺と同じくこちらを見ていた。
「どうって...別に」
「えー?教えてよー」
「別に...と...」
俺は彼女を友だちと呼んでも良いのか悩んでしまう。
今はなんとか仲良く出来ているが、それも薫のおかげであり普段は話すことすら緊張してしまうほどだ。
「友だちだったらいいな〜って...」
迷走した結果中途半端な答えが出てしまい、それを不満に感じたのか楓は頬を膨らませムッとした。
「今まで友だちじゃなかったのー?そっかー、私だけだったんだねー、友だちだと思ってたのは」
「いや!友だちだ。これからもな」
「これからも...?」
楓は何故か更に不満そうにして言う。
「私あんなにアプローチしたつもりだったんだけどなあ...」掠れた小さな声で言われたので何を言ったのか分からなかった。
その後は楓と並び話をしながら薫達の元へと戻った。
「お!楓と晶同来たよー」
俺達に元気よく手を振りながら真白はカーレースのゲームで丁度遊び終わった薫と外志を呼んだ。
あれからしばらく楽しく短い時間を過ごし、外に出る頃にはもう月が帰路を照らしていた。
薫たちはそれぞれ違う道なので別れることにしたが、楓は少し何か物足りなさそうに店の前で立っていた。真白がそれに気づき、楓の耳元で何かを言っている。
その瞬間楓は頬を赤くして動きに落ち着きが無くなった。
「そんなこと言えないよー...」小さな声で楓は言った。
楓はゆっくりと歩き始める。俺は彼女が何を言われたのか気になり真白を見るが、真白は俺から目を逸らして帰ろうとする薫に付いて行った。
楓と2人だけになり、静かな空気と淡い光が俺と楓を照らしていた。
「帰るか」
「...うん」
そして帰ろうとした時、楓は顔を上げて言った。
「ねえ、透晴君って好きな人...その... いるのかな」
「
そう。もう居ない。
「それって...零ちゃんのこと?」
楓は新目零とよく学校で仲良く話していたのを覚えている。
「知ってる?零ちゃんってあなたのこと好きだったんだよ」
「とっくに知ってる」
「うん...」
「小学校の頃、良く零ちゃんと楽しそうに話してたよねー」
「...懐かしいな」
「零ちゃんいつも貴方のこと私に話してくれた。私嫉妬しちゃう」
「零にか?」
「零ちゃんじゃなくて透晴君」そう言い俺が映った瞳でこちらを見てきた。
「俺?」
「透晴君は私にはそんなに話をしてくれないんだもん」
なぜ楓は俺に固執するのだろう。他に話し相手や友人などいくらでもいるだろうに。
「なんで俺にそんな関わろうとするんだ?」
「それは...す...だから」
声が小さくて何を言っているか分からない。楓は顔を下に向け今どんな顔をしているのか隠しているように見えた。
「俺なんか放っておけばいいだろう」
「そんな事ない!そんな事...」いきなり食い気味で言われたので少し驚いてしまう。
「私にとって透晴君は特別なの!いつも透晴君以外見てない!」
告白じみたことを言われ少し理解が遅れる。
「透晴君は私の事なんとも思ってないかもしれないけど、私にとっては誰よりも思ってる人なの。透晴君には零ちゃんしか有り得ないのに」
「でも零はいない」
俺は零を思い出すと後悔で考えることが苦痛に変わるので零という言葉を聞きたくなかった。
「零はいない!俺のせいで...零は消えたんだ!俺が零の気持ちも知らずにしかとするから...」
そう。俺のせいだ。零の気持ちも考えず、ただ零に気持ちを伝えようともせずに逃げていたから、あの時、零を恐怖から助けることが出来なかった。もしあの卒業式前までで俺が気持ちを伝えられれば、零を救えるかもしれなかったのに。
「零ちゃんがいなくなった後、貴方に話しかけて貴方が喋ってくれたと思っても目はいつも私を見てなかった」
俺が仲良くしていいのは零だけだ。あの頃、零以外なにも要らなかった俺は、零を喪ってから全て考えるのが面倒になった。何もかも喪った。
そんな俺の前に現れた水蓮愛はまさに零の亡霊のようだった。愛を見るとどうしても零のあの可愛らしい笑顔が離れなくなってしまうのだ。
忘れようとして一日でも忘れた日は無い。
「ねえ、私なら零ちゃんの変わりになれるよ」
「は?」声が震えていた。俺にそんな事を勢いで言ってしまい何を言われるのか不安なのだろう。だがなによりこんな俺に優しさでそう言ってくれているのは分かる。
「零の変わりなんて居ない。お前は楓だ。俺なんかに縛られても苦しいだけだろ」
「そんなことない!私は貴方の為なら自分なんでもする!」
「じゃあ零を戻してくれよ」
少し意地の悪い返答をしてしまい、楓が困ってしまうと思ったが、しばらく戸惑った楓は覚悟を決めたように言った。
「分かった。楓ちゃんを捜すよ」
「冗談だ。そこまでしなくてもいい」
俺は焦って取り消そうとするが、楓がそういう人間であることを忘れていた。
「どっちにしろ私も零ちゃんが恋しいし、やっぱり心配なの。だから助けるよ」
楓は一度決めたことを曲げないのだ。
楓がこう決めたのなら、俺も決断するべきだ。零から逃げるか、零を人生を懸けてでも見つけるか。
今まで零に触れることが怖かった。だが零は俺のせいでそれよりも怖い思いをしてきただろう。だから、小学校で零が俺にしつこく話しかけてきてくれたように、俺もしつこく零を捜し続けるべきではないのか。
「分かった」俺も意を決して零を捜すことにした。
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