第九話

「あの女の人にずっと触られてたノ!」


 白いもふもふが私のところに来て何かを言っている。確か、羽虫はむしだった気がする。それが、本部長が云々のことで何か文句を言ってくる。


「無視するな!」

「はいはいうるさいなぁ、でもあんたより世界の方が大切じゃないの? 私はそのために外に行って、あんたを本部長とやらに預けたんだよ。文句言う前に私の働きくらい考えてもよくないかな」

「そうだとしても、帰ってきたらまずは連れ帰ってほしかったノ! 常に触られて毛が抜けるノ!!」

「でも、役に立ってくれたんでしょ」

「……偶然を装って頑張ったの」


 使い魔だかなんだかの妖精は、この世界の【魔法少女】の前には現れないし、存在しているかも怪しい。なので、動物のふりをして頑張っていたようだ。


「じゃあ、良かったね。平和になるよ」

「……みりはが、世界を救おうとしてくれるのは感謝しているし、今まで正義を押し付けていたのも反省しているノ……」

「その台詞無限に聞いたような気がするよ」

「あはは……」


 これの本性が知れる茶番もよそに、本題に入る。


「で、その平和さんがどういった用件で?」

「みりはは、なりきりロールプレイをやめる気はないノ?」

「今更何を言い出すの?」


 はて、なりきりロールプレイをすることで世界を救おうということになったはずなのに、今更何を言い出すのだろう。やはり羽虫未満に降格だろうか。


「あの女の人も、ゆいって子も、ゆめって子も、他のいろんな人も、みりはのことが大好きなノ」

「……そう。で、それが私が人類を救う一番の目的をやめる理由につながるの?」

「みんなが、みりはに感謝していて、みりはのことが好きなノ。だから、みりはがわざと無口になって、不幸な目に遭ってきたんじゃないかって考えて、悲しんでるノ。みりはの素を見せた方が、絶対に——」

「じゃあ、私は?」


 こいつの都合のよい言い訳やら説得は聞きたくない。既視感を感じつつも、聞き返す。


「……みりはは、もっと人と仲良くしてみるといいノ。その方が楽しいノ。でも、無理にとは、言えないノ……」


 私が捻くれているから、このうさぎが遠慮や配慮をしているのは分かるけれど、私はその条件で私じゃない人として人類を救っているのだから、やり方を変えるのは今更ではないだろうか。

 そういうのは、途中ではなく、人類を救い終わってから言ってほしい。いや、私が満足していたならば一切言わないでほしい。


「そう。強制しないならお断り。あれでいて、結構無口で居るのは楽しいの。周りが勝手に色々考えて、色々したりするし、私に縋ろうとするけれど、幼女だからって我慢したりするのを見るのは面白いのよ。それに愉悦を感じるほど人は捨てたつもりはないけれど」

「みりはにとっては沢山ある世界の一つ、その一部の人達かもしれないけど、その人達にとってみりはは、唯一の世界を救ってくれる英雄なの」

「私にとっては、沢山ある面倒事の中に巻き込まれた人達でしかないよ。私以外の視点って私には必要無いよ」

「でも、みりは居なくなろうとしている。みんなが可哀想なの……」

「知らないよ。人類を救いだしてるだけ感謝してほしいけどね」

「…………」

「今度は反論しないのね。成長したね」

「みりはの気持は分かったけど、もう少しみんなに目を向けてほしいノ」

「検討しときますよ」


 今、検討したが、やめないし、終われば帰るという結論になった。


 はぁ、こんなことさっさと忘れて、さっさと人類が頑張ってほしい。まぁ、このもふもふだって悪いもふもふではないのだし、相容れないということでまた本部長に渡すだけで許そう。少なくとも信用だけはしてやっているのだ。


 ……それに、こいつが言ったことは、私が英雄ではなくなってしまえば、解決する問題である気がする。勿論私が人類を導かなければ人類は救われないような気がするが、それでも、英雄役は他に居れば充分だ。


 訓練を付けよう。



  ………………



 私達は、みりはちゃんに訓練を付けてもらっている。

 私はみりはちゃんに助けられた時から、今まで、ずっとみりはちゃんに遅れを取っている。ぬるい環境に居た私達と、辛い環境に居て、それでも尚【高層ビル】をこの世から全て消滅させるために戦おうとするみりはちゃんとでは差があるのかもしれない。

 私は、みりはちゃんに追い着きたいのだ。追い着いて、追い越して、みりはちゃんを二度と悲劇的な世界に干渉させたくない。


 それでも、やっぱり訓練は過酷だった。

 【魔法少女】の魔法は、かなり体力を消耗する。まずはそれを連続でやる。


「はぁはぁ」


 単純に疲れる。それでいて、魔法の源はどこなのか、それとも訓練が良いものなのか、体を壊すことはないし。みりはちゃんは理論的に的確な教をくれるので、確実に成長していると実感できる。また、それほどの経験をみりはちゃんは今まで一人で積んだとういう事実、そして、みりはちゃんも一緒に同じことをやるという距離の近さや共感があるので頑張れる。


 そしたら次は、みりはちゃんの攻撃を避けていく。手加減しているのは分かるが、それでも避け続けるのが辛く、また当たってしまうと痛い。だが、倒れても当たっても立ち上がり続ける。

 しばらくやれば休憩だ。みりはちゃんは全く疲れてはいない様子なのが、どうにも人生経験の差を痛感してしまう。


「学校が今はもう無いわけじゃないんだけどさ、学校には部活動っていうものが昔はあったんだって。もし、部活動があるとしたらこんな感じなのかな」


 ゆいが休憩時間にそんなことを言い出す。

 確かに、私も色々と文献は漁ってきた。その中に、学校教育のことや、部活動のことも書かれていた。


「【魔法少女】の訓練は、命が掛かってるから……そんな感じかと言われても、ちょっと違うような気もするけど」

「昔の人達は、スポーツで結果を出すためにこの訓練みたいな情熱を掛けたらしいけど? 昔は勝敗を全力で競って、負けた方は泣いたりしたんだって」

「……そうなんだね。私達が【高層ビル】に負けるのが悔しい……それを安全にやっているようなものかな。昔の人達は安全でいいね。スポーツなんて、設備も施設も道具もないし、人も居ないからできないことばっかりだよね。負けたら悔しくても、今じゃ泣いていられないよ」

「私達が、【高層ビル】によって奪われた世界を取り戻さなくちゃいけない理由だよね。余裕がある世界っていうのかな。それを取り戻す。今は余裕なんてないけれど、そういうのが本当は全人類に必要何だと思う」

「全人類……私達が頑張ることで助けられる」


 少し気分を変えて、また訓練に挑む。

 休憩しても魔法を打てるような体力は無いままなので、反射神経を鍛える訓練をする。反射神経の働きが鈍いと、とっさに攻撃を回避できなくて、死んでしまうだろう。重要な身体能力だ。

 みりはちゃんは石ころを持ってきて、手で摑み、下向きに前に出して構えた。


「てをうえからつかんで」

「こう?」


 正面から私の手の平で、みりはちゃんの石ころを摑んでいるちっちゃな手の甲を上から包むように摑んだ。


「いしをおとすから、おとしたほうのてでなるべくはやくつかんで」


 そういってみりはちゃんは石を突然落とす。それをとっさに摑む。結構落下してしまった。


「じゃあ、もどして」


 石をもう一度みりはちゃんの手に戻して再び行う。焦らされて、左側から落とされる。

 今度はさっきより落とさなかったはずだ。


「わたしのてからはなれなくなるまでがんばって」


 ……そう言って、今度は両手から別々のタイミングで落とされる。

 今度はさっきより落とさなかったはずだが、これを手を離した瞬間に摑めるまで頑張らなくてはいけない。できるだろうか? やるしかない。


 暫くやっても、それはまったくできそうになかった。悔しい。

 ゆいは私よりできていなかった。


「一緒に頑張ろう……ね?」

「うん」

「みりはちゃん、お手本見せてよ」


 みりはちゃんはどんなものなのか、私が石ころを下向きに持ってみりはちゃんのちっちゃな手が私の手に乗る。

 そのまま、ぱっと手を離し……石が落ちる間もなくみりはちゃんは石ころを摑んでいた。


「早⁈」

「見えなかったんだけど」


 どんなに修羅場をくぐってきたのだろうか。私は密かに心の中で考えてしまう。最近はこればかり考えているなぁ……。


「これだけ早いと、気付かぬ内に背後に居たりしそう……」

「? こう?」

「ぎゃああああああぁぁぁ」


 反射神経の話のはずだったのに、移動速度の話になって、そして私にも見えないくらい高速にゆいの背後に移動しているみりはちゃん。

 私の暗い心は、みりはちゃんのお茶目(?)で高度なないたずら(?)と、ゆいの「馬鹿デカい」と形容したくなるほどの絶叫で吹っ飛んで……笑ってしまった。


「ぷ、ぷぷぷ、あっはっは」

「もう笑わないでよ」


 そう言うゆいの大きな声に、私がひどく安心感を覚えた。


 ——みりはちゃんによる訓練は連日続いた。

 連日続けてくると、明らかに成長を実感できる。今までサボっていたわけでもないのだが、それでも【魔法少女】の専門家でもありそうなみりはちゃんに鍛えられるのは段違いだった。そして、みりはちゃんと居る間は、敵と戦うこともなく、平和に訓練ができることが楽しかった。


「きょうは、てきたおそう」


 ただ、ある日、みりはちゃんはそう言ってきた。


「くんれんだけど、ちかくにきたらしい」


 街の監視の人は、私達二人だけではなく、みりはちゃんにも【高層ビル】の目撃情報を伝えるようになったらしい。それが少し悔しい。

 もし私がみりはちゃんよりも強くなれば、みりはちゃんは戦う必要は無くなるのだから、早くそうなってほしいが……。


「【高層ビル】と戦うってこと、だよね」

「ん」


 ちっちゃく首肯して、資料を渡してきた。


「六十メートル……」


 全ての【高層ビル】は私達より圧倒的に高いし大きいし、例え勝てそうなのが分かっていても恐怖は必ず湧く。それでも、今は、何故か訓練の成果を発揮して、みりはちゃんよりも強くなろうという気持が強いのだ。


「ゆい、頑張ろう。百メートル級リベンジどころか、千メートルにまで将来には挑まなきゃいけないんだから」

「うん」


 早速三人で移動する。みりはちゃんには一切手を出さないように言って、私達で六十メートル級の【高層ビル】に挑んでいった。

 魔法を効率よく使い、攻撃を鍛えた反射神経で躱してカウンター。まだ、【高層ビル】を真っ二つにして倒すというみりはちゃん並の芸当はできないけれど、私なりに素早く柱を抜いて、ゆいに渡して、素早くゆいが斬る。

 私の武器はゆいとの連携、これだと思う。


「まぁまぁ素早く、倒せたんじゃない」

「今までにない早さだと思う……!」


 みりはちゃんは何も言わないが、それでも私達にはこの成長がとても嬉しい。


「みりはちゃん、私達、強くなれたよね⁈」


 みりはちゃんは、心なしか大きく首肯した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る