第七話

 この街での情報収集を、みりはちゃんから新しく渡された可愛いマニュアルに沿って始めていた。【高層ビル】の情報、近くの地理や敵対しているらしい街の情報、私の街とを繋ぐ道のこと、ゆうねちゃんとの特訓。みりはちゃんは、天才的な【魔法少女】なんだと改めて理解した。この街の人達とも、大分仲良くなれてきたし、この街のことも分かってきた。


 そんな中、街の周辺に【高層ビル】が現れたとのことで、戦うことになった。何メートル級かは判別できなかったらしいものの、あまりにも強そうというわけではないらしい。

 折角の機会なので、三人で出て、お互いの連携などを確認しようとゆうねちゃんが言い出したので、私達はそうすることにした。


 ……みりはちゃんとゆうねちゃんをあまり私としては、あまり近付けたくはないが、それはそれとして仕方がない。今後も一緒に戦うことになるので、入念に確認するべきだと思う。

 だが、もっと言えば、本当は、みりはちゃんをこの辺りの戦地には近付けたくない。【高層ビル】と戦ってほしくないのは私達がどうにかするが、次は人間にも気を付けなくてはならないのだ。また敵対している勢力だと見做されて連れていかれてしまうかもしれないのだから。それでも、みりはちゃんの【魔法少女】としての才能は、教えることまで凄かったのだ……不甲斐ない。


 戦地に赴いた。その【高層ビル】はスタンダードな五十メートル級だった。この人数で当たるには無謀ではないだろうが、絶対に油断はしない。


「先に行くので援護を!」


 この街は戦闘用の物資——爆弾なども不足している。魔法だけで倒しきるべきだ。私の魔法で先に仕掛けに行く……!

 一気に接近して、【高層ビル】の柱部分を次々崩しに行く。飛ばした柱はぴちぴちと跳ね暴れるので、それはゆうねちゃんが淡々と処理してくれている。

 残りの柱が少なくなったところで、【高層ビル】はバランスを崩して、倒壊した。

 二人居るので、あっさり勝利できた。


「はぁ……はぁ……倒したよ」

「やった……」

「…………」


 後ろでの柱の処理も問題無かったようだ。


「この一棟だけだよね」

「報告が来たのは一棟だけのはず……です」

「ゆうねちゃん、私に敬語はいらないよ」


 興奮していたのか、すこしゆうねちゃんがぎこちなさそうな敬語で話すので、言っておく。私達は、もう命をともにする仲間だ。


「……わかったよ、ゆめさん」

「うん。……ともかく、一棟だけなら良かったね、帰ろう」


 みりはちゃんに声を掛けようとした。しかし、みりはちゃんは変な方向を向いていた。


「どうしたの?」


 その目線の遠く先に居たのは、また知らない【魔法少女】だった。物陰から私達を見ている。

 ゆうねちゃんもそちらを見て、一気に表情が変化する。勝利の歓びから一転、警戒するような表情だ。あ、成程。……ある程度の事情を察したが、ゆうねちゃんがそちらを向いた時、その【魔法少女】は慌てて逃げだした。


「ゆうねちゃん、どうする? 追い掛ける?」

「……多分、例の敵対している街の【魔法少女】の人だったかも……」

「詳しい事情は知らないから、どうしたいかは任せるよ。私達が代理で行ってもいいし、何も無かったことにしてもいい」


 敵対というのだから、何かしらあったのだろう。


「……二人に任せたいです」


 即断してくれた。


「じゃあ、ここに居るのもあれだし、先に安全に街に帰ってね」


 私はみりはちゃんを連れて、その【魔法少女】を全力で追い掛けた。

 逃げていた方は、すぐに見付かった。少し離れたところで隠れていた。


「こんにちは〜」

「ぎゃあああああぁぁぁ……」


 脅かそうとはしていないが……私達が現れてとてもびっくりしたのだろうと思う。私達から逃げたのに、その私達に急に後ろから声を掛けられて。


「ごめんごめん、何もしないから、落ち着いて」

「あああぁぁ、ごめんなさい、びっくりしちゃってごめんなさいいいぃぃぃ」

「いいよいいよ」


 すごい勢いでぎゃあと謝ってくるので、宥める。ちょっと悪いことをしてしまった。


「本当にびっくりしたっす。……初めて会うと思うんですけど、どちらさまっすか?」

「私は、遠くの街で【魔法少女】として【高層ビル】を倒したりしているゆめ。この子はみりはちゃん」

「あ、どもっす。私は、ねむりって名前っす」

「ねむりちゃんね、よろしくね」

「距離感の詰め方えぐいっすね」

「そうかな」


 そうなのだろうか? どうだろう……。初対面でそういう口調の方が距離感は近そうに思う。なんとなく私も、同じくらいの年齢に見えるので、敬語を使おうという感じではなくなってしまった。


「ところでさ」

「はい」

「どうしてここに居たの? 私達は、見ていた通り【高層ビル】を倒していたんだけど、ねむりちゃんは?」

「あ、はい、私も同じで、街の近くに出た【高層ビル】を倒してこいって母様が……。うちの街、戦える人私くらいしか居なくって……」

「そっか〜」


 辛い話だった。そして、近くの街ということであれば、例の敵対している街で確定だろう。


「私の街、私が居なくなったら滅びちゃうかもしれなくて……だから、気持を分かち合えそうな人が居てもうほんとに感激っす」


 同じ、皆の命を背負って立つ【魔法少女】だからだろうか。気持が分かる。確かに、思い返してみると、ゆいが居てくれたから、私は何とか幸せでは居られた気がするし、みりはちゃんが偶然来てくれたから、今生きることができている。もし、ゆいも居なかったらと想像することはできないし、助けてくれそうな人が居る感激は私も体験した。


「……もう一人、【魔法少女】の人居たっすよね。一緒に居てましたけど、友達とかですか?」


 ねむりちゃんは少しゆっくりと問う。


「友達……かもしれないけど、正確に言うなら……私達二人と、さっき一緒に居た子は、別の街の【魔法少女】なんだよね。あの子の街はこの近くにあるんだけれど、私達の街はさっき言ったとおり遠い所にあるんだ」

「あ、そうなんですか。てっきり仲間の【魔法少女】同士かと」

「仲間と謂えば仲間だけど……——」


 そう、何やら二つの街は敵対しているらしいのだ。ここは慎重に返答をしていって、情報を引き出さねばなるまい。


「——……でも、私達は、協力して、【高層ビル】災害を乗り切りたいだけだから、他の人間とかと争おうってことはないかな」


 先回りして敵意が無いことは伝えておく。


「そうなんすか……」

「……あの子との間に何かあったことは聞いてるから、何かあるなら何でも聞くよ?」

「相談できそうな人があんまり居なかったんで、助かるっす」


 そういって、ねむりちゃんは話を切り出した。


 つい最近……というか、私達がゆうねちゃんととんでもない邂逅を果たす更に十数日ほど前のこと。【高層ビル】が街の周辺に現れたということで、ねむりちゃんは、いやいや仕方なく母親に言われて、【高層ビル】を倒しに行ったのだそう。すると、その【高層ビル】とまさに戦っていた【魔法少女】——ゆうねちゃんと居合わせた。自分以外の【魔法少女】が存在したのかという気持は片隅に、とりあえず援護しようと急いで放った魔法の中の一発が運悪く、ゆうねちゃんに当たってしまったのだという。それでゆうねちゃんはぼろぼろになってしまった。【高層ビル】自体は倒されたが、慌ててゆうねちゃんの元に駆け寄ると「私を攻撃したのはあなたですか⁈」とゆうねちゃんは大激怒。慌てて「街のために、仕方なく(【高層ビル】を)攻撃した」という話をしたら、その意味が間違って伝わってしまったようで「街のために私を攻撃したんですか、信じられない⁈」と、二人の戦いになってしまい、とにかく脱出したかったねむりちゃんは必死に魔法をゆうねちゃんに放ちながらも逃げ長らえた。それから、もう一回、【高層ビル】が出現したので、倒しに行くとゆうねちゃんも居て、今度こそ勘違いされないようにとしたが、それも失敗し、また戦いになってしまったのだという。これが多分、ぼろぼろのゆうねちゃんと私達が邂逅した日のことだろう。

 そして先程は、再びその場所の周辺に【高層ビル】が出現したと聞いたので、今度こそは勘違いされないようにと準備していったのだが、三人で【高層ビル】を倒していて、しかもあの【魔法少女】ことゆうねちゃんに隠れているのが倒した後に気が付かれて、三人ということもあり怖かったので思わず逃げてしまったのだという。


「つまり……八割くらい私達はゆうねちゃんの被害妄想に付き合わされたのかな」

「たぶん」

「どういうことっすか?」

「ごめんこっちの話。それにしても、そういう事情だったのね」

「あ、はい、そうっす。私、あの人に謝りたいんすよ」


 ゆうねちゃんにはみりはちゃんを攫われ、和解しても敵対しているだの、何かの事情が厳しいだの、色々聞いたような気がするし、それについての対応も考えてはいたのだが、まさか、こんな勘違いとは……ありそうな話だけに怖かったが、現実は案外素敵でほっとする。

 まぁ、攻撃能力を持つ人間に攻撃されても話は信用しろ、というのも酷なことか。


「そういうことなら、謝るの手伝ってあげるよ」

「本当っすか?」

「でも代わりに手伝ってほしいことがあるの。私達には、【魔法少女】の手伝いが必要なの」


 さっと一冊目のマニュアルを取り出して、ねむりちゃんに渡す。


「ゆっくり後で読んでほしいのだけれど……私達は、この【高層ビル】災害を終わらせたいんだ。だから、【魔法少女】の協力がほしい」

「そんなことできるんすか⁈」


 【超々高層ビル】のページを開いて写真を見せる。


「これを倒せば全部が解決する」

「うわぁ、まじじゃないっすか。……なんかこう、知らないはずなのに、本当ってことは分かるっす。なんですかこの感覚は」

「【魔法少女】特有の感覚というか、特権(?)らしいよ」

「不思議なこともあるもんなんすね」

「因みに、それ千メートル超えてるらしいよ」

「やばいじゃないっすか」

「そう、やばいの。だから、この【超々高層ビル】を倒してって簡単には言えないけれど、それを実現するために協力してほしい。戦うだけじゃない、色々なことを」


 少し、渋るような素振りを見せる。


「……う〜ん、でも、やるしかないんすよね」

「【高層ビル】がこの世から居なくなってほしいなら、そうかな」

「……私、間違って攻撃しちゃったことちゃんと謝りたいし、戦うのは嫌っすけど、【高層ビル】が居る世界に暮らし続ける方がよっぽど嫌ですし……何もあんなのと戦うだけが協力じゃないんすよね。だったら、私協力するっす」

「そっか、ありがと!」

「しなせない」


 心強そうな仲間が一人できた。


「じゃあ、早速、ねむりちゃんが謝りたい子のところに行こうか」

「そうっすね。ありがたいっす」

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