第六話

 私達の街の食糧には随分と余裕がある。

 本部長が、交渉する上で使える情報だと教えてくれたことの一つだった。


 食糧事情が厳しいと聞いたとき、これは協力してもらうための材料が揃っていると思った。


「私達の街は、食糧には困っていません。それに、戦力も私達二人が抜けても大丈夫なくらいはある頑丈な街です」


 ゆいのことは信じているし、街に近付きそうな【高層ビル】は何とかしたはずだ。


「私達がほしいのは、この街の協力……いざという時に【魔法少女】同士で協力して、【高層ビル】を倒したり、この災害を引き起こしている【超々高層ビル】を倒してほしいということです」


 ちらりとゆうねちゃんを見る。


「ゆうねちゃん。これから辛いことになるとは思うけれど、できるかな?」


 私はゆうねちゃんを許した。だから、私より小さいこの子に期待をする。

 死ぬかもしれないことを告げるのは残酷だが、何もこれは今すぐという話でもないから、ゆっくり気持を整理していきたいと思うし、そうしてほしい。


「今すぐ答えてほしいわけじゃないし、絶対に戦わないといけないわけでもない。他の街との橋渡しにこの街がなってくれるだけでも成果は大きいから」


 正直、みりはちゃんが戦おうとするときほどよりは辛くはないのも確かだ。私は差別してしまうひどい人間なのかもしれない。


「ゆうね。私からは何も言えない……けど、街のみんなにこの話をすると私は約束します」

「今までと一緒なんでしょう。だったら何も変わらない」


 お姉さんは街の人に協力を呼びかけると言ってくれたので心強い。一方のゆうねちゃんのその瞳には、諦念が感じ取れた。後ろ向きの返答だ。

 出会った時もぼろぼろだったのに、これからも【魔法少女】としての戦いを、更に強大な相手との戦いを強いている。拒否したところで、戦いは続けなくてはならないのだから、同情だけはしよう。


 ——話し合いが終わって、ゆうねちゃんはみりはちゃんと話そうとする様子だった。そういえば、私は許すということを伝えたが、攫われた当人はみりはちゃんだ。みりはちゃんは確か、私に「ゆるしてあげて」と言っただけで、ゆうねちゃんに直接「ゆるす」と言ったわけじゃないんだった。


「みりはちゃん……攫ってごめんなさい」


 みりはちゃんは、ゆうねちゃんのことを直接許したと言ったわけじゃない。私がただ一方的に許しただけだった! 改めてゆうねちゃんは、みりはちゃんに謝っている。


 ……しかし、みりはちゃんは何も言わない。

 恨んではいないようだったが、許してはいないのか? それとも、上手く喋れないのか? 私だって、あまり気持を全面に出さないみりはちゃんの本心は分からない。


 私は助け船を出すべきではないような気もした。二人の問題だろう。


「ごめんなさい……うわーん……ごめんなさい」


 そしてゆうねちゃんは泣き出してしまった。みりはちゃんの前でゆうねちゃんは泣き崩れていた。みりはちゃんはそれでも何も言わない。


「ごめんなさい、いたくしちゃってごめんなさい、さらってごめんなさい……うわーん」


 みりはちゃんの顔を見て、みりはちゃんの目が怖く見えた。深い闇の様な、初めて出会ったときと同じような目だった。

 ……これはまずいと、思わずみりはちゃんだけを連れて、私はこの場を脱出した。



  ………………



 妹のゆうねは、焦っていたのだと思う。だから、みりはちゃんを誘拐してしまった。

 この街に、みりはちゃんを追い掛けてやってきた、ゆめちゃんの方には許してもらえた。ゆめちゃんとぎこちなさそうなのはどうにかしていくだろう。問題はみりはちゃん本人との関係だった。

 みりはちゃんは、ゆうねのことに何も言及してはいない。

 なので、ゆうねは、みりはちゃんに謝ってくると言ってみりはちゃんのところに行ったのだが……泣きながら私の元に帰ってきた。


「なんにも話を聞いてもらえなかったよ……うわーん」


 わんわん泣いている。みりはちゃんは、心の中ではやっぱり、許してはいないのだろうか。だきついてくるゆうねの頭を撫でる。服が涙に濡れていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 ゆうねは、どうしたらみりはちゃんに許してもらえるだろうか。今まで居なかった同性の年下の子で戦う力を持っている【魔法少女】。本当は友達になってほしい。仲良くなって、幸せになってほしい。でも、この様子だと難しいだろう。


 確かに、ゆうねのしたことは間違いだった。正しくないことだった。間違いなく、みりはちゃんに怖い思いをさせてしまった。だから、負い目があって、ゆうねも強く出られない。

 今後は協力していかなくてはならないのに、関係がこうだと、今後のことが不安になるし、ゆうねのことも心配になる。

 私が橋渡しをしたいけれど、みりはちゃんの気持も分からない。私も頑張らないといけないのだろうか。


「ゆうね。もしかしたら直接許してはもらえないかもしれない。けど、頑張って、ゆうねができることをしていって、信頼を勝ち取るしかないよ」

「うわーん……ゆるして、くれるかな……うわーん」

「頑張るしかないよ」


 ゆうねはわんわんと泣き続けた。



  ………………



 一緒に同伴していたお姉さんのゆめさんには許してもらえた。それですごくほっとした気分になって、一緒に戦いたい、協力したいと思う気持が強くなった。

 でも、私が誘拐したのはみりはちゃんだ。みりはちゃんからは、許してもらえていない。協力してくれるからといって、許してくれるかといえばまた違う話だ。


 ごめんなさいとちゃんと謝りに行った。でも返答は何もなかった。

 きっと恐怖だっただろう。突然【魔法少女】に誘拐されて、信頼できる人と引き離されて、部屋に閉じ込められて、知らない街で一人きり。


 許してほしかった。許してもらえないと、私が壊れてしまいそうだった。それでも、私は許されなかったみたいだった。怖くて、顔も見ることができなかった。

 あのマニュアルを作ったのはみりはちゃんだという。みりはちゃんが頑張って計画して、危険な道を通って私達に会いに来てくれたのに、とんでもないことをしてしまっと今更思ってしまう。


 お姉ちゃんは、頑張ってゆうねのできる働きをしなさいなんて言ってくれた。

 ……勿論顔を会わせるのは怖いけれど、今後は一緒に私が頑張って働きを見せていかなくてはならない。


 でも、私がしなければならないことは、今までと同じあの怖い【高層ビル】と戦うことだ。私は戦うのは怖い。この街で私しか戦うことができる人が居なくて、私だけが街を守るのに必死に戦い続けた。死にかけることもあったのだ。死ぬのは怖い。死にたくない。

 それに、戦っている時は孤独だった。それをこれからも続けなければいけないのかという気持は大きい。

 これからは、孤独じゃなくなる。それはいいことだとは思う。沢山の協力もある。ご飯だって、これからはもう少し食べられる。でも、孤独より、人に嫌われたままの方がよっぽど怖い。それよりも、死ぬのは怖い。


 ……みりはちゃんのことが知りたい。みりはちゃんは私と一緒に戦うことになるのかもしれないのだから、私がみりはちゃんの怖さを和らげてあげたい。

 私がしなければいけないことは分かりきっているけれど、私はもっとみりはちゃんのことを知って、みりはちゃんに許してもらいたい。もし、お友達になれたなら……。



  ………………



 みりはちゃんを連れて思わず外に出てしまった。あの状況で二人をそのままにしておくとまずい気がした。


「……みりはちゃんはさ、ゆうねちゃんを許す必要はないと思うけどさ、許しているの?」

「さぁ」

「そっか」


 【魔法少女】は強いが、その力を出して戦う相手は、【高層ビル】であって人間であってはならない。当然【魔法少女】であってもならない。

 そのはずなのに、ゆうねちゃんは私達にその力を向けた。いくら力が強かろうと、その行為には恐怖を感じてもおかしくない。

 誤解は解けたとはいえ、そのゆうねちゃんのことをみりはちゃんはどう思っているのだろうか。不信感、敵対心……。未だに恐怖心を抱いているかもしれない。


 だとしたら、無理して二人が近くに居続ける必要性はないのかもしれない。私が居て、私が仲介役になれば……。



  ………………



 許す許さないと言われても特によく分からない。私は無口の幼女というロールプレイをしているだけだ。

 でも、こういうことを求められる機会はあんまり無かったと思う。まぁ、無口キャラを強烈に印象付けられたならいいやという気分だ。


 さて、この街の協力を取り付けられたことなので、次にすることを決めないといけない。

 まずは、この街の調査をして、情報を沢山得られれば良い。敵対している街の情報、周辺地理や【高層ビル】の情報、図書館などでの情報、この街の【魔法少女】の戦力の情報。

 食糧が足りないらしいので、あの街との通行路の確立と、食糧の運搬……やることは多くある。


 明日にでもマニュアルを新しく作って、渡しておこう。


「まち、みよ」

「……そうだね」


 そのまま、私は、相方に連れられて、街を探索する。

 街はやっぱり寂れていて、人口密度も相方の街よりは相当低そうだった。

 すれ違う人々の顔を見ると、更に余裕が無いように見える。


 建物は使えそうもないものもいくつか交ざっていて、有効活用できていない土地が多くあるようだった。相方の街の土地不足・建物不足とは大違いだ。

 田畑の方に行く。食糧不足の原因に関する情報は何か得られるだろうか。


 田畑の方で訊くと、その答えは判明した。

 話を訊くと……残念なことに、農業の従事者が大幅に減ってしまったという、単純な理由だった。

 この街は、一回【高層ビル】の災害に襲われたのだという。そして、それを倒したのが、この街唯一の【魔法少女】のゆうねで、そのままこの街の防衛戦の役割を担うことになった。

 超大規模な情報源のインターネットなるものも消失したので、小さいコミュニティの中で農業に関する貴重な情報を得たりして農業をしようとしたが、それにも限界があり、土も【高層ビル】災害で良くないものになってしまった可能性があるらしい。

 情報も必要だし、経験も必要。一度文明が大成した後の街に住まう多くの人類を、継続的に養わなければならない。

 色々な文明での食糧不足、饑饉は見てきたが、私はそういうことは任せられる人に任せるだけだったので詳しくはないし、人一人ですぐにどうこうできそうもない。今すぐにに解決できそうな問題ではなかった。


「みりはちゃん。私もこういうことには詳しくないからなんとも言えない」

「うん」


 でも、相方の街は、食糧事情に問題はない。やはりいつも通り、それはそちらに任せて、私達は調査を続けるべきだろう。

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