第五話

 無線機の奥で、どっかんどっかん、何かの音がしていて、みりはちゃんがとても心配になった。なので、使える力は全て駆使して、二つ目の街と定めていた、みりはちゃんが捕われている所へ急行した。


 日が落ちる前に到着できたのは幸いだった。

 しかし、着いてから感じたことは、この街には暗い雰囲気が漂っているなということだった。そして私の街より人口(密度)が少ないように見え、寂れている印象を受けた。


 ——そんなことよりも、みりはちゃんはどこ⁈ 「ぶじ」とは言っていたけれど心配は尽きないよ!!

 内心では焦っているけれど、みりはちゃんはこの街の人と話し合ってほしい様子だったし、マニュアル通り協力しなければならない。みりはちゃんは強い子なのだし、逸ってしまう心を抑えて冷静になる。取り敢えず、無線機でみりはちゃんと連絡を取ろう。


『街に来たよ。みりはちゃんは今自分がどこに居るか分かる?』

『わかんない。そとはみえるけど』

『そっか。外はどんな感じ』

『みちがみえる』

『他には?』

『たてものがみえる』

『ほかには?』

『いろいろみえる』


 ——みりはちゃんって、もしかして、ただの口下手だから、上手に喋れてないのかな。可愛いところがまだまだあるなぁ。


『私が色々歩くから、私の姿が見えたら教えて』

『うん』


 街は結構広く、歩き回るのには苦労した。けれども、早く早く、みりはちゃんに会いたい、助け出したいという気持で、走り回った。

 みりはちゃんが私を捜す役目だったら、こういう状況でも、冷静に街の様子を観察して情報を集めるのかもしれないが……私にはそんな余裕も頭の良さも無かった。地道に捜す。


『いた』

『うそ、見えてる?』

『ひだりまえのうえにいる』


 どれくらい経った時だったか、みりはちゃんは私が見えたらしい。多分私の左前の上の方に居るだろうと思って見ると、窓の奥のみりはちゃんと目が合った。漸く見付けた!!


『待っててね、すぐに行くから』


 そうして、私はみりはちゃんの居る建物の玄関の前に立つ。


「出てきてくださ〜い」


 呼び鈴をごんごんと鳴らして程なく、女性が一人出てきた。みりはちゃんを連れ去った【魔法少女】の子とは違う人だった。


「あなたが、黒髪の女の子と一緒に居たって子ですか?」


 黒髪の子……みりはちゃんのことだろう。話は例の誘拐犯から聞いているみたいだ。


「そうですよ」

「……私達は、敵対する意思はありません」

「人を一人誘拐して、現在進行形で軟禁までしておいて?」

「……それについては、謝罪させてください。申し訳ありません」

「か弱い女の子を一人攫っておいて、そんなことを言うの? そんなことより、はやくみりはちゃんを返してよ」


 話し合うべきだが、それは分かっているが、やっぱり私には難しいのかもしれない。特にみりはちゃん関連だと。


「……とりあえず、こちらへ」


 そうして、その建物の中に案内された。中は「家」のようで、ここで人が生活しているんだという感じがあった。

 みりはちゃんは、二階の、窓際の部屋だった。私は駆けだして、階段を駆け上がり、それらしき部屋の扉を開いた。


「みりはちゃん!!」


 部屋にちょこんとみりはちゃんは居た。漸く会えたことが嬉しくて、だきしめた。心配していた。


「無事? ひどいことされてない?」


 顔、頭、腕、首、足、服を捲って、お腹側、背中側、お股、お尻を診る。


「背中赤いよ何されたの」

「……なにも」

「本当に? 大丈夫なんだよね?」

「たぶん」


 無事だと分かったからか、へなへなと倒れ込んでしまった。腰が抜けていないといいけれど。


「良かったー!」


 少し這ってもう一回みりはちゃんをだきしめる。

 ——こんなにちっちゃいのに、こんな目に遭って、大変だっただろうな。私が居たのに、守れなくて、ごめんなさい……。

 頭を撫でて私が癒やされる。ちょっと泣きそうになっているのは見せないように。


「みりはちゃん。これからどうしようね」

「……はなしあい?」

「私と? ……それとも、誘拐した子と?」

「……このまちのひとと」



  ………………



 相方が意外に早く来た。そして、私のところに来て泣いてしまった。これで大丈夫なのだろうか。

 誘拐した方も誘拐した方だ。もうちょっと対話できたなら、こんな面倒な事態になることもなかったのに。


 取り敢えず、話し合いの席をお姉さんに設けてもらって、座る。

 相方に、この街のことを訊いてもらおう。テーブルを挟んだ目の前には、お姉さんと誘拐した子が座っている。


「……まず、誘拐した理由ってなんですか」


 相方はいきなり爆弾を突っ込むが、それは仕方無い。


「……私から説明させてもらいます」


 そう言って、お姉さんは語り出した。


「……この街は、他の街と最近、食糧事情が厳しくて、争いそうになっていて——」


 お姉さんの話はこうだった。この街は最近食糧事情が厳しい。そして、【高層ビル】との戦いで色々と消耗する。自給自足しようとはしているが、あまり上手くいきそうにもない。そして、最近他の街と接触をしたのだが、その街も何かの事情が厳しいのか、敵対という感じになってしまった。そして、いよいよ【魔法少女】も交えた争いになりそうなのだそう。

 そして、その子の妹でこの街唯一の【魔法少女】の子が、【高層ビル】と戦ってぼろぼろになった後、街まで帰る途中に偶然私達を見付けて、気持がとても逸ってしまったらしい。私達の敵対する街の人かもしれない、弱そうな子が一人、人質にできるかもしれない、【魔法少女】として戦力になってくれるかもしれない、情報を教えてくれるかもしれない……。子供ながら色々頑張って考えてこうなってしまったのだという。


 本当に面倒だが、この程度はよくあることだ。

 お姉さんに相当絞られたのか、段々と泣きながらこの子も色々なことを喋った。


「本当にごめんなさいね」

「ぐすっ……ごめん……なさい……ぐすん」


 相方も相方で、でも今の今まで軟禁していたよねと思っている様子だが、別にそんなことはない。連れて行かれて、解放されたが部屋を一室使わせてもらったので、来るまで面倒で動いていなかっただけである。それは私からそれとなく伝えておこう。


「悪気があったわけじゃないんです」


 私は、「悪い人」は滅多に居ないと思っている。でも、自分が生きるためには、自分のエゴを押し通さないといけない場面が沢山ある。そのエゴは時に、悪と思える行為だと相手は感じる。

 他人を思いやるという倫理観は、成熟した文明の、余裕ある人類の特権だ。この世界の文明は崩壊してしまったのだから、生き足搔くしかない。文明ありきの倫理観が絶対と思ってはいけない。やられた行為がために無駄に復讐に走ってしまうし、人類同士の争いで自滅してしまう。

 そうだからこそ、どんな感情を抱えていようと、表面では生き残るために敵対ではなく協力をしていかなければならないのだ。


 険しい顔をしている相方に、一言言う。


「ゆるしてあげて」


 許せないけれど協力はする……という腹芸ができる程、この子も大人ではないと思う。当事者がそう言って、助け船を出して、許すきっかけを作ってあげるべきだろう。


「……分かったから!! 許してあげる。次に同じことをしたら許さない」


 そう言って、相方は部屋を出て行ってしまった。


「今日はもう夜も遅いので寝ましょうか。寝床は用意します。あの方にもそうお伝えください。……そういえば、お名前を聞いていませんでしたね、私はこの子の姉で、いちはと言います。ほら、挨拶なさい」

「私は……ゆうねです……」

「みりは」

「……よろしくね」


 自己紹介しあってから、相方を追い掛けた。


 夜も深くなっていた。相方は勢いよく外に出たのに、暗くて何も見えていないので、迷っているようだった。


「もどろ」

「あ、みりはちゃん、急に飛び出してごめん」

「『寝床は用意します』って、いちはさんが」

「お姉さんの方?」

「うん」

「親切だね〜あの人も」


 飛び出していった時の顔とは違って随分と穏やかに見えた。


「心の整理は付いてないけど、協力していくんだし、『許してあげる』って言ったし、みりはちゃんは何にも思ってなさそうだもんね。ちょっと考えたかっただけ」


 何ともなく独白している。黙って聞く。


「でも、この街は、更に別の街と敵対していて、今後も似たようなことが起きるのかもしれないのは、ちょっと恐い。その時また私が許せるくらいで収まるのかな」


 どうにかするしかないだろう。


「私は普通の女の子だけど、みりはちゃんはすごいからね。心強いけれど、やっぱりこんなにちっちゃい子なのに、頼ってばっかりだから、ちょっとね」

「…………」

「……もどろっか」



 ………………



「みりはちゃん。おはよう」

「ん」


 ちょっと変な気持になって、みりはちゃんに少し自分の気持を語ってしまった翌日の朝。

 みりはちゃんの居た部屋で、みりはちゃんより後に起きた。


 お姉さんにどうこう思う気持は無いので、部屋を貸してくれるという謝罪なのか好意なのかは素直に受け入れることにした。

 それでも、妹さんの方とは、すこしぎこちない。みりはちゃんは誰とでも必要以上には喋らないので、どう思っているのかは正直分からないが、恨んだりはしていないのは分かる。

 協力していくためには、これから私がこの街の人と仲良くなっていく必要があるのだ。だから、許した。悪い子じゃないのも分かった。それでも、許しただけだ。接し方が分からない。


 ご飯は、食糧事情の厳しいこの街に配慮してか、みりはちゃんが四人分出した。サバイバル中も出してくれたし、同じ【魔法少女】としては、底知れない凄さを感じる。本部長に預けられたうさぎまで入っていたみたいだし。


 ……ご飯を食べている中、本題を切り出す。


「私達が、この街に来た理由は、【高層ビル】をこの世界から消滅させるために、協力してほしいからです」


 取り敢えず、みりはちゃん謹製のマニュアルを差し出す。

 黙々と読んで、妹さんの方は、【超々高層ビル】の写真で顔を顰める。


「お姉ちゃん、この話は本当だよ」

「…………」


 黙って俯くお姉さん。


「この街を纏めている人って知ってますか?」


 何を言うべきか決めあぐねているので、私達の知るべきことを先に訊く。


「……この街は、みんなの協力で成り立っていて、特に誰が纏めているということはありません。ですが、言うことを聞くという意味では、妹しか戦える人が居りませんので、妹の言うことなら聞くと思います」


 話が早く纏まりそうで助かった気がする。しかし、【魔法少女】がこの子一人とは、この街は厳しいのではないか。

 妹さんは俯いている。


「妹さん。お名前を聞かせてください」


 許したのだ。前に進もう。


「ゆうねです……」

「ゆうねちゃんね。私はゆめ。この街の人に、『私達と協力して、【高層ビル】を倒そう』と言ってくれませんか。もし協力してくれるなら……この街の食糧のことは、支援します」

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