第四話

 例のマニュアル通りに事を進めるために、本部長は町中から搔き集めた地図とにらめっこをしていた。

 【高層ビル】が現れる前までは、高度な情報社会ともいえる世界だったのは幸いで、宇宙から撮った写真も、道が細かく描かれた絵もある。図書館は情報源としてとてもよい施設だった。この街では良い関係を築いていたので、快く皆が協力してくれた。問題は、今ではどれほど地図と変わってしまったかだが、もし何かに阻まれても、臨機応変に対応してもらうしかない。

 山が消失していたりしなければ大丈夫だろうが、あの【超々高層ビル】を見てしまっては、起こっていそうで不安だ。


 まずは、他の街の協力者を見付けたい。できれば、【魔法少女】。同じく【魔法少女】である、ゆめかゆいか、あるいはこの計画を教えてくれたみりはに行ってもらうことになるだろう。

 どの街ならば、人がまだ住んでいそうか、どういったルートで行く必要があるか、そういったことを時間はとても掛かったが、皆の協力で、計画を一つ作った。

 準備をして、持てる物をなるべく探して、街全体で今までに一番張り切った。


 ……そして、その計画を実行する日になった。勿論危険はある。非常に大きいリスクだが、今更、進みたくないとは思えない。

 最大戦力のゆめとみりはを出すことにした。この二人には特に危険なことをしてもらう。私はそれを責任を持って決めた。この街の守りはゆいに任せることになった。いざとなれば、私だって体を張ってこの街を守る。


「いってきます」


 ゆめ、みりはの二人は街の外に、遂に出て行った。

 なるべく、旧文明の、遠隔での通信手段は使えそうなものは使おうとしたつもりだが、それもどうなるかは分からない。無線通信通信や、狼煙や、花火。それでも、きっと通じなくなるだろうと想定して、備えた。不安は尽きることなんてない。

 そんな私の気持なんてお見通しなのか、みりはは、「役に立つと思う」と言って、うさぎを一匹残していった。こんなにでかいのをあの小さい体に隠していたのか? ……とは思ったが、もふもふは癒やしだったので、ありがたく撫でた。



  ………………



 別の街までの道程は、決して楽ではないと思う。百メートル級なんかに会うかもしれないし、それでも退いてはいけない。

 でも、みりはちゃんが居るだけで私は心強い。


 一日目はいつもの大きな平野に降りたが、何事も無かった。みりはちゃんは可愛いが、生き残る智恵はよくあるようで、サバイバルを積極的に進めてくれたのはみりはちゃんだった。過去のことは、詮索しちゃいけないと思って、ありがたくその施しを受けた。


 二日目は、別の山を登ったが、特に何事も無かった。あまりにも暇だったので、水浴びをする余裕があった。服を脱いだみりはちゃんの体は、前見たときよりは心なしか膨よかになっていて少し嬉しかった。お姉さんになったみりはちゃんもきっと可愛いのだと思う。


 三日目、ちょっとした平野で【高層ビル】二体と戦った。三十メートル級と四十メートル級だった。簡単にみりはちゃんが倒してくれたけれど、私としてはすごいみりはちゃんのことがちょっと不安だった。お母さんが、自分の子供に抱くような感情ってこんな感じなんだろうか。でも、みりはちゃんの強さは知っているので、頼もしかった。


 四日目、遂に一つ目の目標の街に辿り着いたが、誰も居なかった。皆死んだのか、逃げたのか、末路は知らないし、知りたくもなかった。図書館や、家を漁って、有用な情報や食事やその他の何か得るために数日滞在することにした。

 本部長にそのことを定時報告すると、結構喜ばれた。色々な情報提供することで何かしらの益にはつながったと思う。

 五日目、六日目、七日目、八日目、この街に滞在したが、そろそろ出発することにした。みりはちゃんにはいくつか本を読ませてみたので、退屈はしなかったと思う。


 九日目、山の道なき道と言えそうな道を歩いた。その合間合間に見える景色は綺麗で、良かった。そして、街との無線通信をすることが遂にできなくなった。寧ろ、これまで無線通信機が持ち堪えたことに感謝しなければいけない。それでも、私は一人じゃない。側にはみりはちゃんが居る。協力するために人に会いに行く。

 ……それでも、少し不安になってしまったのか、みりはちゃんをだきしめて寝てしまっていたらしい。


 十日目のことだった。もうすぐ二つ目の街かなと思いつつ、山の森を進んでいたとき、漸く【魔法少女】らしき子と出会った。私より少し幼そうだが、みりはちゃんよりは年齢は上そうだ。

 ただ、ぼろぼろで、何故か敵愾心を向けて来たので少し困った。


「すみません」

「なんですか!!」


 気が強そうで、私は少し気を揉む。

 私は、それでも、ゆっくりと会話をする。敵対する気はないです、と。


「私達は【魔法少女】で、ゆめって言います。この子はみりはです」

「それで、なんでこんな所に居るんですか」

「私達は、【高層ビル】の災害を止めるため、その協力を色々な人にしてほしくて、そのために色んな街に訪れるために、この辺りを歩いていました」


 ……うまく言えただろうか。最低限伝わっていてほしい。敵ではないのだ、と。


「……噓、ですよね」

「噓じゃないよ」


 こういう時のためにも、例のマニュアルを持っている。それを取り出そうとして——


「っ、動かないで!!」


 魔法を向けられた。【魔法少女】の魔法。私達が、【高層ビル】に立ち向かうために使うものだ。

 明らかに良い雰囲気ではなくなってしまった。なんでだろう。

 対話をしたいけれど、こうなっては私も臨戦態勢を取るしかない。


 互いに硬直する。だが、みりはちゃんはそれに構うことなく、その子に近付いた。


「来ないで!」

「…………」


 そうして更にみりはちゃんが一歩踏み込んだ途端に……みりはちゃんはその子に攫われてしまった。

 すぐに攻撃しようと思ったが、すでに荷物のように運ばれるみりはちゃんに当たると思って、攻撃できなかった。


「あ、まてーーー!!!!」


 すぐに追いかけようとした。でも、みりはちゃんが待ってという手振りをしたので冷静になる。

 ……そうだ、みりはちゃんは強い子なのだから、大丈夫なはずだ…………。


 それはそれとして、みりはちゃんをもっと大事に扱えよ。ふざけんな。



  ………………



 なんだか面倒なことになってしまった。

 でも、よくあることだ。文明が崩壊して、少ない土地や食料を人同士が争う。そして、そこに【異形】がやってきて、まずい状況になってしまう。


 私を運んでいるこの子は私達に威嚇はしたし、私を今まさに誘拐しているけれど、攻撃はしてこなかった。何を考えているのかはまだ分からないけれど、この子もどうせ生きるのに必死な結果こうなってしまったのだろうから、話せば分かる部類だと思う。

 そして、多分行こうとしていた街の住人かもしれない。仕方が無いので身を委ねることにした。

 一人は置いていかれたが、まぁなんとかするはずだ。無線通信機は無事だし、後でまた何か言っておこう。


 ぼーっとしている間も、この子は私を離すことなく森を駆けて、一時間もしない内に、目的としていた街に入った。

 その街は、例の一つ目の街ほど崩壊しているわけではなかったが、それでも、出立してきた街よりは大分寂れている。……余裕が無い中でも余裕が無いのでこういう行動に至ってしまったのだろうと分かった。こういうことも別の世界ではよく見てきた。

 この子は私をがっしり固定して、一つの建物に入っていった。


「ただいま」

「……その子は」

「捕まえてきた」


 この子より年上であろう子が、その子に問う。


「どこの子よ」

「分かんないけど、うさんくさいこと言ってきた【魔法少女】が居て……」


 やれやれといった様子で、年上のおねえさんは私に話し掛けてきた。


「あなた、どこから来たの」


 ちゃんと答えればこれ以上面倒なことにはならないとは思うけれど、キャラクターはキャラクター。浸透させるために、黙っておく。それでも、目は逸らさない。向こうも迫力がある。


「ほら!! うさんくさい」

「はぁ、何も喋っていないだけじゃない。……気持は分かるけど、【魔法少女】かもしれないこんな小さな子を誘拐して、一体どうしちゃったのよ」

「だって!!」

「だってじゃありません。とりあえず、この子を部屋に入れてから、なんで誘拐することになったかをじっくり訊きますよ」


 とんとん拍子で私は部屋に押し込められた。無線通信機で連絡を取る。


『あ、みりはちゃん!! 無事なの』

『ぶじだけど、いきたかったところにれんこうされた』

『大丈夫? 乱暴されてない? どこもけがしてない? いたくない?』


 肋骨辺りを強く締められたが、まぁ大丈夫だと思われる。


『だいじょぶ。いま、へやにひとり』

『そっかぁ、よかった。でも、みりはちゃんなら、大丈夫だよね』

『あの子にも、りゆうはあった、から』

『……私には、分かんないよそんなこと』

『…………』


 今後のことを考える。折角街に来たので、無線通信で来てもらうように言って、今後のことを良い方向に進めたいと思うが……こっそり聴くあの二人の会話で情報を得るまではまだ分からない。


『わたしだけまちにはやくついただけ』

『……そうだよね。そう考えればいいよね』


 無線通信の声は煮え切らないが、それでも一番重要な役になってもらわないと困るので、気分を変えてもらいたいところだ。


「……だとしても、あんなに小さい子を……拉致する必要はなかったでしょ!」

「だって、仕方なかったんだもん」

「もうちょっと考えれば、それがよくないことだって分かるでしょう」

「分かんないよ!!」


 一方で、扉の奥、壁の奥の会話を聴くと、この街の状況や二人の状況は分かってくる。


「新しく敵まで作っちゃったら、私達生きていけないのよ!!」


 成程。相当な限界生活の果てに、何かに縋るしかなかったという訳だ。

 ……【魔法少女】は強い。だが、子供なのだ。私は最早例外になってしまったけれど、こんなに不快で命の危機に常にさらされている生活に、基本的に人間は、子供は耐えられるような精神構造なんてしていないのだ。

 あの街は、何かあれば責任を取ると言う大人がいて、戦ってくれる友達が居て、お世話してくれる人も、気の良い住人の人も居て、食料もあって恵まれていた。でも、【異形】の居る世界で、もっと余裕が無ければ、生き足搔こうとする人は狂うし、道徳観だって消え去る。寧ろ、連れ去るだけして、同じ街の人に咎められているだけよい方だ。


 窓の外を見たら、建物が寂れている他に、なんだか人が少ない。それに、何か災害がこの街で、最近起きてしまった形跡がある。

 無限に見てきた。今更辛くもなんともない。


『わたしをさらったひとにあいにきて』


 大方事情は把握した。ならば、私達が敵ではないと示すことができたら、私を誘拐した【魔法少女】を仲間にできるかもしれない。協力は必須なのだ。であれば、これは最大限のチャンスに変えられる。


『でも……分かった。信じる』

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