第三話

 平和な日は数日だけ続いた。私の結論は、やっぱりみりはちゃんには頼れないということで変わりなかった。

 みんなの為を思ったら、私が非情であれば、みりはちゃんが大人であれば、別の結論に至ったのかもしれないけれど、やっぱり任せるわけにはいかない。論理的ではないが、それでも私の結論はこうだ。


 そんな折、【高層ビル】の目撃情報があり、私達二人が、その退治に行くことになった。前回のこともあるし、正直怖いけれど、それでも、私達は何回も【高層ビル】を退けてきた【魔法少女】だ。目測で四十〜五十メートル級だと聞くし、気負う必要は無い。

 ……もしかしたら、みりはちゃんは突撃してしまうのではないかとは思ったが、本人はおとなしそうだったので大丈夫だと思う。


 私達は、山を下った。



  ………………



 賑やかしの二人が【高層ビル】討伐に行って、私の周りは少し静かになる。一応、私が来たこの世界では、もう誰かを死なせるつもりはないので、何かあっても大丈夫だ。

 そういうわけなので、私はこの街を見て回る……というふりをまさみさんと本部長に見せて、街の外にこっそりと出ていた。本格的に【高層ビル】の調査や、他の街の調査をしていく。

 時間は無限にあるけれど、この世界から【高層ビル】を一掃するという結末に変わりがあってはならないので、まずはその目標に進めるようにみんなをその気にさせて、その結末に向かうための準備をしたい。


 一人きりで外の世界を歩く。こうして歩くのは数日ぶりだ。かつて都市だったらしい地域を歩くと、大量の【高層ビル】が気色悪い。その殆ど潰されてしまった、その他の大量の建物があまりに無残で、二人の居る街も、他の街も、こうならないようにしないとなとは一応思ってあげる。

 それで、調査とは、【異形】の親元を探すことだ。この世界の人達はそれを知ってはいない人が多いのかもしれないが、【異形】を統べる親元の【異形】が世界には必ず一体居る。そして、【異形】の親元を倒すと、世界から全ての【異形】は消え去る。 傾向としては、普通の【異形】が密集しているところに現れがちなので、旧都市部を歩いている。図体が大きいことも多い。

 【異形】を生み出す親元も居ることがあるのだが、この世界ではそうではないらしいのは安心だ。そのタイプは結構面倒くさいのだ。戦えども戦えども敵は現れ、減ることはないのだから。

 そして、【異形】の中でも、それが親元かどうかは、【魔法少女】ならば直感で分かる。そういう職能だ。【魔法少女】の宿命と言い換えてもいいかもしれない。倒さなくてはと思ってしまうのだ。


「いた」


 一応、一人きりでもなりきりロールプレイは忘れない。そして、この【異形】の親元を、漸く発見した。見る限り、千二百メートル級と分類されるような、それはそれは巨大な【高層ビル】だった。この世界の、建築物の高さの基準になぞらえて。【超々高層ビル】とでも呼ぼう。百メートル級どころか、それを超えるような【高層ビル】を従えて、この旧都市部を支配しているようだった。


「きしょくわるい」


 遠目から見ても大きいそれが、うねうねとしているのだ、気色悪い以外の感想はない。

 だが、仕方が無いので調査を始める。私とて、命の危険があるのに、毎回、世界に行く度に、無策に討伐しているわけではないのだ。

 【超々高層ビル】の形は、下が大きく、上にゆくに連れて細くなる、細長い三角形のような、歪な形だった。捻れていて、非対称的で、穴も空いている。ガラスなのか、きらきらとしていてよく目立つ。写真をぱしゃりと撮っておく。

 この世界の【異形】は、元あった世界の建築物が【異形】と化した世界なので、もしかしたら、何か既存の資料から重要な情報が得られるかもしれない。


 ——さて、帰ろう。次回は、二人の居る街以外の他の街の調査と、可能ならば【魔法少女】同士で協力関係を結んで、そして共闘にもっていきたい。こういうことは、この世界の住人の方が得意なので、その協力を取り付けておきたいとは思うが、知っている唯一の街の唯一の戦力であるあの二人が首を縦に振ってくれないと、少し行き詰まる。

 それに、【魔法少女】は多い方が、【異形】の親元を倒しやすくて助かるのだ。私は、今まで最強の【魔法少女】だなんだ呼ばれてきたが、私自身が異次元に強いという訳ではない。最強ではあるのかもしれないが、【異形】の親元を簡単に潰せるかと言われても、無理と答える。それでも、最強と頑なに言われ続けるのは、【世界渡り】で【異形】が追ってこられない世界まで私が逃げることができて、かつ私の感覚ではその世界の時間は止まるので準備ができて、万全に殴り込みできるからだ。身も蓋もない弱々戦法なので、正直、仲間が必要だ。



  ………………



 私達が、無事に四十メートル級の【高層ビル】を倒して、街に帰ると、みりはちゃんは出掛けているとのことで、私達はみりはちゃんを捜しに行ったのだが、見付からない。一人でも外で生きることができる子だから、外に行っちゃったんじゃないかと心配していたが、気付けばしれっと帰っていたみたいだった。


「みりはちゃんどこに行ってたの?」


 本当に見付けられなかっただけなのか、それとも逃げ出していたのか。


「ちょっと、【異形】のかんさつに」

「だめじゃない!!!」


 思わず、怒って、立ち上がってしまう。

 ……でも、こんなちっちゃい子に本気で怒ってしまうなんて……すぐにばつが悪くなる。


「ごめん」


 みりはちゃんには謝って、座って冷静になる。

 確かに、みりはちゃんは強いが、私はみりはちゃんを幸せにすると誓ったのだ。ちゃんと保護しなければならない。


 ……でも、保護をしていて、こうなったのではないのだろうか。私はみりはちゃんの幸せを願っているのだから、みりはちゃん本人の意思ならばいいのだろうか? みりはちゃんの意思なのに、これを止めるためには、監禁・拘束するしかなくなってしまう。

 ——……いや、まずは理由を訊かないと。私は、子供であってはいけないのだ。変に思考が先走ってしまった…………。


「どうして、【異形】の観察なんかしてきたの?」

「【異形】を、ぜんぶ、たおすほうほうを、みつけるため」


 この子はすごいことを言う。私達がみりはちゃんを守りたいという思いがあって、何も答えを出すことができていないのに、みりはちゃんは先に進もうとする。


「私は、そういうの、危ないからやめてほしいって思ってるの」

「しってる。でも、わたしならできる」


 ここ数日、何回か繰り返した押し問答。

 でも実際に危険なところに行かれてしまっては、私の返答ももう少し考えなくてはならないのかもしれない。

 もしかしたら、ここで、みりはちゃんにお願いして、みりはちゃんをちゃんと私達が二十四時間見守ってあげられるなら、その方が安全かもしれない、とか……。

 そうだ、私達だって、ずっと側に居られるわけじゃない。行動だって制限したくない。できる気がしない。だったら、その方がいいのか。

 でも子供に頼るのはとっても情けなくて、でも……——


「ゆめ、悩んでるのは知ってるけど、みりはちゃんはこう言ってるんだよ。みりはちゃんは、本心でそう思ってるってことだよ」


 そこで、そんな私に助け船を出してくれたのはゆいだった。 いつも側に居て、私の気持も、みりはちゃんのことも知ってるゆいの一言に私は背中を押された。

一回思考を整理しよう。そして、納得できる考えを探そう。


 ……私は少し考えて、そして言った。素直に言う。


「……分かったよ。私だって、【高層ビル】なんて居なくなってほしい。かっこよく【高層ビル】を倒した、ちっちゃい女の子にそんなこと言われて、任せてしまいたい気持と、守りたい気持の両方があったけど、でも、意地もあった。けど、みりはちゃんがそんなに言うってことは、みりはちゃん自身も、おんなじ気持だったってことなんだよね。【高層ビル】なんて居なくなってほしいって。だったら、協力しよう。危ないかもしれないけど、私達が側に居るなら大丈夫よね」

「そう」


 みりはちゃんは一呼吸おいて、言った。


「わたしだけじゃむりだから、みんなにもたたかってもらうことになる」

「うん。覚悟はあるよ」

「私も」


 数日間悩んだし、今日も戦ってきた。覚悟はある。今更だろう。


「このまちだけじゃないよ。ぜんぶのせかい」


 なんとなく察してはいたが、それでも、他の街の人のことや、全世界というスケール感は分からない。

 それでも、とっくの昔に覚悟は決まってしまっている。


「うん。私頑張るね」


 ——少し時間が経ち、そういうことなので、本部長にもそのことを伝えて、みりはちゃんの書いた本というものを見ることにした。因みに、みりはちゃんは、話が終わってご飯を食べている時から眠たそうにしていて、もう寝ている。

 本部長は、私と同様、反対をしていたのだが、私の覚悟を伝えると、後は本の内容次第ということにはなった。


 タイトルは『【高層ビル】討伐完全マニュアル』。本の中身は、あのしゃべらないみりはちゃんのイメージとは真逆の、意外とポップで、ところどころうさぎが出てくる漫画だった。子供らしいみりはちゃんの一面にきゅんとする。

 内容は、この世界から【高層ビル】を消す方法というもの。色々な街とのつながりを作って、【高層ビル】を【魔法少女】達やみんなで協力してやっつけて、最後に親元の【超々高層ビル】を倒すという、マニュアルだった。

 添付されている、みりはちゃんが写真を撮ったという【超々高層ビル】の姿は、私が【魔法少女】だからだろうけれど、これを倒さなければならないのだと分かってしまった。そういった、【魔法少女】の特性も説明がされていて、随分と智識が広がった。【高層ビル】が新たに生まれることはないということは、私達の希望になった。【高層ビル】の弱点だとかまで書かれている。


「これは……すごい本だ」

「みりはちゃん、どんな人生を今まで……」


 本部長はすごい本だと絶賛するけれど、私としては、今までの人生がどんなものだったのか不安になる。私は過保護なのだろうか。みりはちゃんの保護者……というのは合っているか。


「このマニュアルの、【超々高層ビル】を倒せば、【高層ビル】がこの世界から居なくなるという部分は本当なのか」

「私の直感というか、【魔法少女】としての第六感はそうだと言っています。みりはちゃんがそう言っているのも……信頼できると思います」

「ゆめといっしょ。私もそう感じて……ます」

「そうか。本当か……。【魔法少女】にしか分からない世界もあるのだな」


 沈黙する。この長年解決策を模索してきた問題への対処法が見付かったことへの歓びの沈黙……なのだと思う。


「私としては、このマニュアルの計画を実行する他ないな。だが、私は一人の、責任ある大人としては、君たちを戦場に行かせるわけにはいかないのだが……」


 ……だが、本部長もまた、私と同じように葛藤する。


「今日も私達を戦場に送り込んだ本部長が何を言うのですか」

「こりゃ、手厳しいね」


 ——みりはちゃんを連れ帰った日、本部長は私達のことをとても心配していたのを、私は知っている。よく、「非情な大人だよ、私は」なんて言うけれど、そんな人じゃないということを知っている。ただ、合理的な選択ができる人というだけなのだ。そして、その役割に就いてしまっている。


「ゆい、ゆめ。このマニュアルの通りに、目標を達成しようとして、その過程で……死ぬかもしれないぞ」

「覚悟してます。みりはちゃんはうまくやってくれると思いますし」

「年下任せは、私も同じだから何も言えないな。ゆいはどういう気持だ?」

「私も、死ぬかもしれないことは覚悟していますけど……【高層ビル】が居ない世界には、より大きい幸せがあると思うので」

「……ならば、私も、大人としてすることを最大限しようじゃないか」


 私達は覚悟を決めた。


「みりはが来てから、数日だというのに、随分変わったな」

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