第二話

「だめですそれは!!!!!」

「……私だって分かっているさ」

「っ! そうですよね……」


 私は、ゆいにみりはちゃんを任せてから、本部長に昨日のことを改めてなるべく詳細に話した。報告というやつである。

 そして、保護したみりはちゃんの事に関して、百メートル級を一撃で倒して、そのまま眠ってしまったということを伝えた。すると、本部長はみりはちゃんをまた、あの戦場に出すかもしれないと言い出した。だから私は声を荒らげてしまった。


「私にとっては、君たちの年齢の少女も、みりはという子も、同じくらい戦場に出したくない。でも、そうしなければ、君たちごと、この街が滅んでしまうかもしれないんだ……」

「…………分かってます。分かっているつもりです」

「大人が君たちの代わりになれるなら、そうしたい。本当はそうしなければならない。例えば、爆弾の設置だって、できない仕事ではない。でも、【魔法少女】とそうでない人達の、任務の失敗率の差は、大きいんだ……。【高層ビル】を【魔法少女】にしか使えない力で倒すこともできたり、逃げることもできたりする特別な存在なんだ」


 私だって、誰かが戦わなくてはいけないことは理解している。そして、何の呪いなのか、【高層ビル】相手に戦えてしまうような人間は、【魔法少女】になってしまう人間は、総じて少女だった。

 本部長だってそれは分かっている。分かっていて、それでも戦場に私達少女を送り出している。


「でも、私が、みりはちゃんを、もう戦わなくてもいいようにしたい……」


 ……戦わなくてもいいようにはしたいけれど、私が力不足なのは、昨日のことで分かってしまった。

 みりはちゃんはきっと、この混沌としてしまった世界を一人で生き抜いてきた、私達よりも小さいのに強い女の子なのだ。


「そういうことを決断するのは私だ。ゆめが気負う必要はない」

「はい」


 私達には、何が出来るのだろうか。


「勿論、なるべくそういうことは起こらないようにする……。戻っていいぞ」


 話し合っても仕方が無いという訳ではないのだけれど、この街の責任を誰が取るかということくらいは分かる。

 そうして部屋に戻る。随分話し込んで時間が経ってしまったが、みりはちゃんは大丈夫だろうか。いや、あの二人が居るのだから大丈夫だろう。そもそもこの街に危険なことがあれば私達がとっくに排除している。


 そうして部屋に戻ると、誰も居なかった。なので、まさみさんの部屋に行くと、ゆいとまさみさんとみりはちゃんが居た。小さい二人はお風呂上がりの様子だが……ご飯を囲んでいるらしい。


「ゆめちゃん、いらっしゃい」

「ゆめー! いらーしゃい」


 みりはちゃんだけは無言で……ご飯をがつがつ食べている。

 成程、可愛い、不憫、もっと食べさせてあげたい、色々な思いは湧いてくるけれど——


「ゆめちゃんも食べなさい」


 まずは、一緒にこの輪に入って、一緒にご飯を食べたいかな、と一番に思った。本部長は優しいけど怖い人だから、まずは癒やされたい……。大人の覚悟も怖いし、立ち向かうのも怖い。

 みりはちゃんに密着するように隣を陣取り、私もご飯を食べ始める。


「みりはちゃん、さっきまでずっと寝ていたのよ」

「ねぼすけさんだね〜」

「疲れてたんでしょ。ゆいも知ってる筈よね」

「あはは〜。昨日は助けてくれてありがとね、みりはちゃん」


 そのみりはちゃんは、そんな会話にも、私が少し小突いても撫でても反応することなく、目の前のご飯を沢山食べ続けていた。

 普段どのような生活をしていたのだろうか……少し心配になる。


「……ゆっくり食べなよ」


 ちっちゃいのだから、喉に詰まらせてしまったりするかもしれないので、ちゃんと言っておく。すると。みりはちゃんは飲み込んでからこう言った。


「今食べないと、いつ食べられるか分からない」


 ……まぁ、分かってたとはいえ、空気が重くなった気がした。真剣に言うので、少し悔しい。なんで、こんな不憫な子を今まで見付けてあげられなかったのかと。

 勿論、私達はみりはちゃんをここから逃がしたりするつもりはない。なので、ゆっくり食べてほしい。


「お姉さんとしては、『おいしいから』とか、言ってほしかったのですけれどね」

「? おいしいから、いまたべないと」

「……お姉さん、もっと作っちゃうわね」


 いや、以外と軽い理由なのかもしれない。そうであってほしい。そして、まさみさんはちょっと張り切っている。


「次のみりはちゃんのご飯は私が作ります! 私のご飯だって美味しいんです! 美味しいよ」


 でも、私のみりはちゃんは渡したくない、靡いてほしくないので対抗して言う。幸せになってほしいけれど、それでもできるならば私の料理でみりはちゃんを幸せにしたい。そして私の料理にがっついてほしい。


「そのごはんは、おいしい?」

「絶対に美味しいよ」

「たのしみ」


 その表情が、とっても輝いているように見えて、みりはちゃんは可愛いなと素直に思った。そして、こんな小さな事で歓びを感じられる子で、素敵だと思った。そんな子の笑顔を、曇らせないように、次は私達が戦わなくてはならないんだと思った。

 だって、私達の命の恩人なのだから。



  ………………



 ご飯を食べ終わって、三人で街にお出掛けすることにした。狭い街だが、この街をみりはちゃんには見てもらいたい。まさみさんは本部の住処の管理の仕事がまだあるようだったので本部に残った。

 山の中の平地のようなところにある街。本部の建物はその一番高いところにあり、周りを見るにはちょうどよい。

 屋根の低い建物が広がり、田も広がり、昔に舗装された道は所々禿げていて、人口密度は結構高い。かつて、鉄道が通っていた跡は別の用途で既に有効活用されている。


「ここが私達の暮らす街。山の中にあって、【高層ビル】がこの街に襲ってくることができるのは、この街下った部分の一カ所だけ。私達は、その一カ所を守るために、【高層ビル】を倒しに行っているんだ……」


 その日、【高層ビル】が人類を襲い始めた日、【高層ビル】になってしまった高層建築物の密集する都市部は無残にも滅び、一つでもそのようなものがあったとされるそこそこの規模の街も運が悪いと破壊され尽くされたらしい。

 インターネットという、離れたところでも同時刻に会話ができる、情報伝達ができる便利なものもあったが、それも使えなくなり、今の他の街の状況は、あまり分からない。


「私達【魔法少女】が戦って、初めてこの街で今日も生きられる。私達はそういう思いで戦っていたんだ。だから、百メートル級が近くに現れたって聞いて戦慄したし、それでも私達が戦わなくちゃって思った。そして、いざ戦って、倒れてしまって、絶望したよ。街が危ないことになってしまうかもしれないって。でもそこに、みりはちゃんが現れてくれた」


 あの時の景色を鮮明に思い出すようにして語る。


「私の目にはみりはちゃんは凄く輝いて見えた。でも、ちゃんと見ても見えないくらいに小さくて、そして、瓦礫の上でも寝ちゃうくらい危なっかしい子だと思った。でも、私の生きる意味がこれだったって確信したかな」


 あの鮮烈な光は忘れられない。一閃、百メートル級の【高層ビル】を薙ぎ払った光だ。


「私も色々パニックになっちゃって、それで、みりはちゃんがそんな私を守ってくれて、私も嬉しかったよ」


 ゆいもそう言う。


「ありがとう。私達の前に現れて、私達を救ってくれて……」

「ありがとう」


 感謝する。この感謝は、みりはちゃんに幸せを与えて返していきたい。


「わたしがすくってあげる」

「え?」

「わたしがあなたたちも、このまちも、これからもすくってあげる」

「………………」


 いや、そういう話ではなかったはずだ。そういう話をしたいのではない。確かにみりはちゃんは強いし、今までこの世界を独りで、たったの一人で生き残ってきた【魔法少女】なのかもしれない。それでも、救ってくれて感謝しているからこそ、もう休んでほしい。


「私は、みりはちゃんがどれだけ強くても、みりはちゃんを守ってあげたい。みりはちゃんが強いのは知っているけれど……」


 強くても、これからはみりはちゃんは一人にさせてはいけない。小さな女の子が一人になっていい理由なんかない。


「命の恩人だから、私も同じ気持。私もみりはちゃんのことをずっと守ってあげたい」


 ゆいも同意してくれる。初めて言った気持なのに、命を懸けた気持だと伝わって、それでもたったそれだけの理由で同意してくれる。


「みりはちゃんが、私達を救ってくれるっていうのは凄く嬉しいけど、私達もそれくらい同じ気持で、みりはちゃんを守りたいって思ってると思うよ」

「でも、あなたたち二人が、この街を守りたいなら、私はあなたたちを救ってあげられる」


 ——……みりはちゃんのこの目を見るのは二回目だ。暗く底の見えない目。一体どれほどの人生経験を積めば、こんな目になることがあるのだろうか。

 そして、その言葉は私達にとっては甘く、それを実行する実力だってあるのだろうことも分かった。


 ゆいはこのみりはちゃんを初めて見て、少し後ずさった。あ、私と同じ反応をしている、と頭の片隅で思う。

 でも、今回の私は、この目をまっすぐと見て、対抗する。今、意志の強さでは負けたくない。


「【高層ビル】をこの世界から、消し去りたい?」

「………………」


 ——そして、みりはちゃんは、もっと魅力的で甘いことを言ってきた。それは無理でしょうとは、どうにも思えなかった。

 いや、質問してきているだけなのだから、出来るとは限らない可能性もある。そう願いたいし、その可能性に縋りたい。そうであれば、みりはちゃん以外で先んじて実行するということが自然にできる。

 ……私は、どうなるか分からない未来のことをどうしてこうも考えてしまうのだろう。思考が先走っている気がする。


「……難しい事は後で考えるようにして、帰ろうか」


 取り敢えず、一旦保留にした。



  ………………



 知っている。色々な世界でこんな覚悟の人を見てきた。それだけじゃない、戦いから逃げたかったのに、戦うしかなかった人も、戦う理由ができてしまった人も、強者たらんとした者も、正義たらんとした者も、数え切れない程には見てきた。

 でも、私はそういった人達とは距離を取って、今まで接していた。だって、私は無責任だったのだ。今も無責任だけれど、余所の世界から来て、人類が救われても救われなくても、どっちにしろ私は生き残る。錯覚のような使命感だけで、人類を救っていたのに、ましてや、飽きたなんて思ってしまうような人であったのに、世界がその世界にしかない人達と関わる覚悟が、私にはなかったのだ。


 まぁ、でも今日は無責任でいい、望むなら、人類は救ってあげられる。この世界で生きるという覚悟が私にはあると錯覚させて、あなたたちの答えを聞きたい。あなたたちが、最強である私に、今まで何を求めたかったのか。

 そうしたら、最っっっ高に、飽きないのだから!

 無口キャラクターというのは、たった知り合って一日でも、こういう場面では覚悟があるように伝えられるので役に立つ。


 ……昔々の大昔の、皆と共闘して、【異形】の親元を倒した記憶が蘇る。互いを信頼して、戦いに挑む高揚感。本当は、こういうのではなかったのか、と思う。予測が付かないことへの期待とは、そうであった筈だ。それを私は忘れてしまって、私は飽きてしまったのだ、きっと。

 これから、葛藤する二人が、最強なのに孤児で幼女の私に一体何を求めてくるのだろうか。予測が付かない……。


 そのまま私は、二人に連れられるままに本部に帰った。


 夜の食事はゆめちゃんが作ってくれたものだった。作ってくれたものはカレーライス(甘口)。まさみさんの食事とはまた違った美味しさがある。家のある本拠地の世界で美味しい食べ物が食べられないわけではないが、これはこれで、もう会うことのできないような美味しさなので、がっついておく。


「おいしい」


 二人は少し笑顔になった。


 翌日は、普通に朝に目が覚めた。

 ご飯を食べて、そして、約束通りにゆいちゃんに髪を切ってもらう。

 ゆめちゃんも居て、こういう髪がいい、ああいう髪がいいと言い合いながら、私の髪で遊んだりしつつ切っている。


「よし、これで完璧かな」


 鏡を見ると、黒髪ショートの髪型の私が居た。


「本当にぼさぼさだったんだから、身嗜みは常に綺麗しなきゃだめだよ」

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