最強幸薄無口幼女【高層ビルの蠢く世界】

第一話

 【高層ビルの蠢く世界】。この世界は、はっきり言って気色悪かった。この世界の概要はこうだ。

 【高層ビル】(ビルというのは、鉄やコンクリートで造られた高い四角い建物、高層ビルとはビルが高いことで、二百メートル以上はあるそう、色々な人が色々な事をするらしい)が人々を襲うのだ。元々、人々が世界を豊かにするために建てた数は万を超える高層ビルが、ある日突然【異形】となって、人々を襲うようになった。数百分の一の大きさである人間は簡単に潰され、高層ビルによって運営されていた殆どの都市は破壊されて、現在はそもそも需要の不足によって高層ビルを建てられなかった田舎や山々に囲まれた【高層ビル】の動きづらいところに人々は籠っているらしい。【異形】の親元は【超々高層ビル】、一キロメートルの高さのうねった棒のように見える【異形】で、これを倒せば人類は救われる。


 普段使っている巨大なものが、突然あるはずもない意思を持ち、反乱し始めるという恐怖は想像に難くないが……——


「本当に、気色悪い!」


 実際に、百メートル級と呼ばれる高層ビルを目の当たりにするとこんな感想しか出てこない。動きがうねうねしているのだ。灰色の硬い素材が積み上がった【高層ビル】それが、無機のはずのそれが、柔らかいかのように、意思をもったかのようにうねうね動いてくる。本当に気色悪い。吐き気すらある。


 いつもであればとっとと壊すに限るのだが……今は隠れている。私の目的を達成するために。いつもいつも人類を救うために、一直線に解決しようとするからつまらないのだという結論をうさぎと一緒に出したのだ。

 少しして、二人の少女が現れた。しかし相当な重装備である。


「いい、気付かれないように置いて」

「うん」


 私の視線の奥に居る百メートル級を倒そうと、爆弾を仕掛けている。【高層ビル】は、元々は地面にしっかりと基礎が固定されているからこそ倒れない、縦長の建物だ。それ故に、爆弾で横倒しにすることくらいが今の人類に残された対抗策だ。勿論、危険は大きい。

 因みに、爆弾の製造自体は、工廠に限らず、何かしらの工場は概ね【高層ビル】になるような高さとは無縁なことが多いので、一応は無地であるそうだ。だからといって、他の工場なども稼働しているかと言われれば、輸送などの問題があるそうだが。


 ——目の前の状況に集中する、危険な状況になるまでは駆け付けない。私が来たからには死人を出すつもりはないけれど、簡単に出てしまったら目的を達成できない。

 ……一棟の【高層ビル】が爆弾の罠にかかった。そして、倒れなかった。声には出していないが、二人の少女は相当に悔しがっている。【高層ビル】は怒り狂い、体をうならせる。


 明確なピンチではないのだろうがここは……私の絶好の出番だ。


 明らかな軽装で素早く二人の少女の前に見えるように飛び出す。声は出さないものの、驚いているのが判る。私はそのまま件の【高層ビル】に突撃する。敵はこちらに気が付いていないようなので、遠慮無く近付く。


 そして、一閃。


 その【高層ビル】はそのまま倒れていった。休む暇はない。次のそれも、また倒し、また倒し、そして、今この場に見える最後の一体を倒した。


「すごい」

「…………」


 一人は呆然ながら言葉を出した。もう一人はそのまま言葉も出ない様子であった。

 ——そこで私はこの世界で、目的を達成するために言葉を放った。


「たすけに……きた」


 陰鬱そうな目で、全ての幸福を忘れ去ったような声で、目線を合わせることなく、言った。

 私は、なりきりロールプレイでみんなの表情を楽しみながら人類を救うのだ。

 最強無口幸薄魔法幼女孤児キャラで……!



  ………………



「こ、こども⁈」


 私が百メートル級の【高層ビル】を倒すために爆弾を仕掛けたのに、倒しきれなくて、それで【高層ビル】を暴れさせてしまった時。もうだめだ、と思った。このまま、飛んでくる瓦礫に巻き込まれるかして死ぬんだろうなと思った。でも、そうはならなかった。

 どこからか攻撃が飛んできて、そして気が付けば【高層ビル】は倒れていて、そこに立っていたのは、私よりも小さな、それこそ小学生くらいの少女……いや、幼女だった。


「名前をおしえてもらってもいいかな?」


 隣のゆいはあっという間の出来事のせいなのか、呆然としているように見えるので、私が話を切り出す。


「……みりは」

「そっか。みりはちゃんか。私は、ゆめ。……みりはちゃんがあの【高層ビル】を倒したの?」

「うん」


 ちらと、みりはちゃんと目線が合って……私の息が止まった。その目には何も映っていないように見えたのだ。錯覚だったのかもしれないが、それでも一歩後ずさってしまっていた。

 これではだめだ。【魔法少女】であろう子に、恐怖を与えてしまったかもしれない。

 この子は、みりはちゃんはどこの子だろうか。私たちは協力しなければいけないのだ。協力しなければ、生き残れない。

 だから、努めて優しく目線を合わせるようにする。


「えっと、隣に居るのが、ゆい。……それで、みりはちゃんは、【魔法少女】なの?」

「たぶん」

「お家はどこ?」

「この世界にはない」

「…………」


 珍しい話ではない。この世界で、【高層ビル】の蔓延る世界で、家を失い、家族を失い、絶望の中、【魔法少女】に至ってしまう少女は少なくない。

 それでも、こんなに小さい子が受けてよい仕打ちなんかじゃない! ……そう思う。


「……私たちと一緒に来る?」

「わからない」

「みりはちゃんは、どこかの組織に所属していたりする?」

「よくわからないけど……わたしは一人」


 こんなに小さい子が、一人きり。それがこの世界の現実なのだ。


「ひどい……」


 ゆいがつぶやく。


「じゃあ、私たちと一緒に来よう? 大丈夫。悪いようにはしないから」

「……わかった」


 そうして、みりはちゃんは眠った。

 え?

 この荒野の瓦礫の上で突然に眠った。……一体どうして眠れるのか。

 確かに、この子は強いのかもしれない。でも、家が無いからって、こんな仕打ちはないじゃない……。


 涙が出そうだった。だからこそ、私達がこの子を守らなければいけない。

 抱き上げようと近付いて分かる。この子の服は薄汚れている。髪も無残だ。そして、抱き上げると、異様に体重が軽い。


「ゆい。帰ろう」

「うん」



  ………………



 私達は、山奥の、「【高層ビル】災害対策本部」にみりはちゃんを連れ帰った。

 この世界に【高層ビル】が現れてから、何年経ったのだろうか。ある日突然、人類が文明の発展を願って建てた、高い建築物——通称:【高層ビル】が意思を持ち始めて、暴れ始めた。高層ビルに頼りきりだった都市は崩壊し、残されたのは、山奥であったり、文明が作られにくいところばかりだった。

 そういったところだって、闊歩する高層ビルに安心できるわけではないところも多いのだ。


 申し訳ない程度の壁に囲まれた街の中に入ると、空気は殺伐としていて、やっぱり好きにはなれない空気だった。それでも、本部の建物まで歩く。


「おお! ゆめ、ゆい、帰ったか!」


 この本部を纏める四十代の壮麗な女性。私達の恩人でもある。

 立ち上がろうとして、苦々しい顔をして、それでも喜んでいる顔をして。顔の皺から普段のストレスが窺える。

 そして、私の抱えるみりはちゃんを見て、少し不思議そうな顔をした。


「任された、この附近に現れた百メートル級の討伐には成功しました。ただ、討伐したのはこの子でした」


 取り敢えず簡潔に報告する。すると、本部長は、「あぁ、そうか」と言って席に着いた。


「その子が、百メートル級を討伐した……か」

「はい。それと、この子は一人で、家は無いみたいなんです」


 本部長の顔が明らかに暗いものになる。


「正直、私達が倒せそうな感じではなかったのですが、その時に……」

「私達人類は、こんなに小さい子供にまでその命を賭してもらうことでしか生き残れないのか……。分かった。この子を保護しよう」

「ありがとうございます。名前はみりはちゃんと云うそうです」

「まさみを呼んでくる」


 そうして、みはりちゃんを、本部の生活周りのことを担当している女性のまさみさんに預けて、私はゆいと共同の部屋に戻った。


「なんで、あんなに小さな子も、戦わなくちゃいけないんだろうね」

「分かんないよ」

「私達が、あの子を守らないと……」

「でも、私達より圧倒的に強そうだったよ」

「それでも、小さい子が。命を危険にさらしてまで、戦うのは違う」


 今日まで、笑えることはなかったけれど、より一層行き場のない感情が、私の心を支配する。私達がみりはちゃんを見付けられて、それだけが救いだ。


「とりあえず、休もうよ」

「そうだね」


 そして、ゆいと一緒にシャワーに入って、寝た。



  ………………



 最強無口幸薄魔法幼女孤児という設定のみりはです。見事、この世界に残る文明圏に、潜入しました。


 ともかく、二人の目の前で突然、汚れも危険も気にせずに寝ることで、悲壮感を増す演出は良かったと思う。気絶という選択肢もあったのだが、そうしてしまうと最強の名折れだったかもしれないし、強敵の時に取っておきたい演出だ。

 現状では、最強魔法幼女孤児の部分しかあの二人には浸透させられていないので、次は、無口幸薄の部分を植え付けて、私のなりきりロールプレイを遂行できるようにしなければならないだろう。


 さて、目を覚ますと、ベッドの上に寝かしつけられ、あの二人とも異なる、美人な女性に私は見守られていた。


「あら、おきた?」


 無言でこくりと頷く。曖昧な程、首を動かすのがポイントである。そして、体を起こし、掛け布団をきゅっと胸の辺りに手繰り寄せて、問う。


「ここは、どこ」


 舌っ足らずに、全てをひらがなの如く言うのもポイント。庇護欲ゲージはきっとぐんぐん上昇しているであろう。


「ここは、山奥の、生き残りの街よ」


 それを言う女性は、やはり悲愴感溢れる顔と声音をしていた。当然だ。【異形】によって全てを奪われた数多の人類は、皆同じような顔をしていた。見慣れた顔である。


「あなたを運んでくれたゆめちゃんと、ゆいちゃんは覚えているかしら? あなたの名前は、みりはちゃんで合っている?」

「うん」

「お腹が減っていたら言いなさい。あなた体重がすごく軽かったわよ。ちゃんとご飯は食べていたの?」


 今度は、いいえとなるように曖昧に首を振る。幸薄と無口という残りの部分を印象付けるように。もっとも、幸薄はこの世界を生きる人達の方かもしれないが。


「……そう。じゃあ、今から作るわね。軽いものの方がいいわよね。みりはちゃんは、シャワーを浴びなさい。部屋を出て廊下をまっすぐ行って、一番奥の左の扉よ」


 てきぱきと、女性は言ってキッチンに行った。ひとまず、充分に印象付けられたらしい。なので、シャワーを浴びに行くため、てくてくと歩く。

 ここは、女性個人の家というわけではなく、生き残った人類の共同の住処というわけらしい。これもよくある、困窮した人類の姿だ。窓の外を見ると様子が分かる。建物は足りないが、食料は充分に足りている、そんなタイプの文明だった。

 人類が少し前まで建てていた高層建築物が、そのまま【異形】と化したのだから、余計に建物に対する拒否反応は強そうではある。


 考察をしつつ時間を掛けて歩いていると、偶然あの二人が部屋から出ようとしているところだった。


「あ、みりはちゃん。おはよう」


 ゆめちゃんの方がそう言う。

 首をこてんと前に振る。


「何してるの?」

「しゃわーをあびなさい、って」


 「シャワー」とは何か、知らなそうな声音で言う。孤児幼女は無知なのだから。


「まさみさんがね……場所は分かる?」


 そう言われたので、教えられた場所を指で指した。


「私一緒に行ってあげるよ。ゆめは、本部長の所に行ってきて。ゆめの方が昨日のこと覚えているでしょう?」

「分かった。任せるよ」


 ゆいちゃん、と云った方の声は初めて聞いた。ゆめちゃんとはまた違った系統の優しい声をしている。


「いこっか」


 そう言って、私の手を引くゆいちゃん。その後を付いて行く。


「ここがシャワー室。ここに脱いだ服を入れてほしいな。着替えは上の棚に、タオルは下の棚にあるわ。シャワーの使い方は分かる?」


 曖昧に首を横に振っておく。


「そう……私が教えてあげるわね」


 一瞬、視線を下にずらしたゆいちゃん。ここで追撃。


「しゃわーって、なに?」


 ぎゅいんと、再び視線を私と合わせようとするゆいちゃん。


「シャワーを知らないの?」


 曖昧に首を縦に振る。


「そう……シャワーっていうのはね、裸になって、お湯を浴びて、体の汚れを取ることなの」


 本当は知っている。けれど、この最強無口幸薄魔法幼女孤児みりはとしては知らない。だって、孤児なのだから。悲劇的な設定があることを匂わせる。


「よごれをとる……」

「服を脱がすから、ばんざいして。……両手を上に上げて」


 言われたとおりにばんざいをして、ゆいちゃんが私の服を脱がす。


「小さいわね」


 栄養の不足している(ように見せている)私の体を見て、ゆいちゃんは少し悲しげにつぶやく。骨が浮き出て見えそうな体は、それだけで普段の生活が窺える。


「私もすぐに入るから、中に入って、先に右の青い、水の出る方をこっち側に撚って、水量が水を浴びれそうなくらいになったら、左の赤い、お湯が出る方を同じ方向にゆっくり快適な温度になるまで撚ってね。いきなり体に水を掛けるんじゃなくて、手で温度を確認してからね」


 丁寧にゆいちゃんは私に教えてくれる。言われた通りに、いい感じにお湯を出して待つ。


「おまたせ」


 そうして、ゆいちゃんは私の体を洗ってくれた。洗い慣れているようで、優しい手付きが気持良かった。

 本当は、こんな世界よりも人類に優しい世界に私はよく居る。それでも、こういった経験をすることはないのだから、本当に心から気持よかったと思っている。

 洗い終えると、タオルで私の体を優しく拭いてくれた。


「みりはちゃん、綺麗な体だね……」


 そうしている間にも、あっという間に私の髪を乾かして、服を私に着せてくれた。


「シャワーから出たら、どうするとか言われた?」

「たぶん、へやにもどる」


 そう言うと、私が寝ていた部屋までゆいちゃんは私を送ってくれた。

 部屋の扉を開ける直前ゆいちゃんは言った。


「もし辛いことがあったら、私に相談していいからね。あと、後で綺麗に髪を切ってあげる。見づらいでしょ?」


 ゆいちゃんは優しい人らしい。

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