「疑心暗鬼」

ここにやってきて二度目の朝を迎えた。窓のない部屋のため、日光は入ってこないが、時計がちょうど八時手前を示している。今日の会議は九時から。会議場へは同じ建物の中の移動のみなので、一日一時間ニュース視聴が達成できそうである。テレビの電源をつけると、昨日観ていたコリヤのチャンネルに合っていた。今が放送時間でないのか、オープニングが流れているのかは分からないが、画面は暗かった。ニュースがやっている広報チャンネルに合わせると、丁度その時間だった。ニュースは生放送であったのだが、誰が読み上げているのか。労新党に放送部があるとは聞いていない。九時までに起床というルールがあるが、今の所、九時に起きて間に合う部門は見当たらない。今日のニュースは、兄弟国家の日がもうすぐ来るという。この日は、世界の左派政権国家のうち、労新党と協力関係にある国の文化や技術の交流が行われる日で、食事もそれに合わせて変わるという。そういえば、朝食が昨日と全く一緒である。クセのないパンも、ゆで卵も、抗生物質も。だが、一般的な朝食はこんなものかもしれない、と思い、残った黄身を平らげた。今朝のニュースはこれっきりらしく、左上の時刻は九時四〇分となっていたので、昨日の背広の準備ぐらいはしておこうとタンスへ立ち上がった。背広には、やっぱり穴が開いていた。遠目で観ても、見えてしまう。何か止める方法がないかと考えるが、あるのは中央議員バッヂのみ。私は閃いた。早速、バッヂから錆びたピンを外し、背広の裏側から穴を残っている布で塞ぐ。出来上がったのは上出来だ。神授物と言われてきたバッヂをこのような扱いをすることなど、二ヶ月前では思っていなかっただろう。テレビの時計は五〇分。電源を切って外へ出ることにした。が、この家のおかしい点に気づいた。まずは電灯のスイッチがないことだ。どこにもそれが見当たらず、なにか落ち着かない。二つ目は、鍵がないことだ。ドアノブにも、その周辺にも、鍵が挿さるであろう鍵穴がない。隣の部屋も、同志ピアザの部屋も。本当に放っていて良いのだろうか、と不安になってしまう。ともあれ、私は食器の返却と会議出席をしなければならんのだ。数分は経っただろう。急がなければ。会議場は返却台の向かい側だ。



 テレビはときに刺激の強すぎるものを映す。役者とマネキン使用のものだろうが、ソトゴン王処刑のシーンが党制作映画で流れた。どうみても本物としか思えず、気持ち悪ささえ覚える。しかし、これぐらいのショックは必要だろう。会議でも”革命教育”というものを議論しており、やはりショッキングなシーンが一番脳に残るのだから導入しようということが言われている。私たちは専門家でないのでそのあたりはよく分かってないのだが、覚えるのには手っ取り早いかもしれない。だとしても、広報用チャンネルを二つ・教養チャンネル三つとも埋めて放送するのは少しどうかと思う。しかし今は海外の放送局は流れないし、昨日の同志ピアザの話を聞いていると、党員はこの映画を観なければならない気がしてならない。渋々観ていたが、やはり観るのはつらいものだ。食事のトマト煮込みをいつ食べればよいのか、というタイミングに悩む。こんな時に考えるのもよろしくないが、今日はトイレと風呂場の掃除である。会議が終わる手前に、何時からか、と昨日の女性党員に聞いてみたのだが、放送で流れるのでそれまで待っておいて、とだけ言われた。放送で_って言っても、館内放送の類はないし、全員が受け取れる放送なんてテレビしかない。ずっとテレビをつけておくのも勿体ないし、どのチャンネルかすらも言われていない。食事中の三〇分には絶対ないのだが、それ以降が油断できない。食事が済めば、返却台に行くついでに全体の動きが確認できるのだが___今はそそられないな。

 こうも目線が困ると、キョロキョロと見回してしまう。そう視線を動かし続けていると、本を二つ重ねたところに違和感があった。昨日は就寝時間の手前まで”入党者の書”を読んでいたので、本はベッドの近く辺りに置いたはずである。それに、きっちりと重なりすぎている。私はそんな繊細な心を持っていないのだからもっと雑に置く。考えられる原因は、私が会議に出席中に何者かが本を移したということだ。私はそれを試すため、もう片方の本をテレビの上に雑に置いた。私が食器を返している間に動いていれば、もうそれは確実だろう。電灯が操作できないのも辻褄が合う。私は食事をなんとか終わらせると、調理室表側の返却台へ向かった。もう一度電灯のスイッチがないかを入念に探すが、四つある電灯を操作するスイッチは一つも見当たらなかった。調理台へ食器を運ぶ間、いかにも堅い男数人とすれ違った。方角は私たちの生活する居住フロア。もう間違いはないだろう。念の為、食器返却を済ませても、トイレに行くふりをして片付けには十分な時間を置いた。時間を置いて部屋に帰ってくると、堅い男たちがどこかへ走った。部屋は___意外なことに、本はそのままだった。すれ違った男たちは、別の担当だったのだろう。私は、個人の逸脱した思想を取り締まるために部屋をいじられていると勘違いしていたようだ。となれば、本が動いていたのは私の昨日の行動だったのか。偶然きれいに並べようとなっただけだったのか。やはり私は、裏まで考えすぎる人間かもしれない。この部屋に鍵がないのは、党員の強い結束の賜物であり、この部屋の電灯が常時点灯なのは、エネルギーの不安を与えない親切心だろう。

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