「まずまずデイズ」
部屋に帰ると、扉の前には弁当が置かれていた。内容は、パン・鶏肉とトマトの煮物・コーヒーの瓶だった。しっかりと味のついたおかずというものを、一ヶ月以上は食べていない。煮物は冷たかったが、きちんとした味と栄養を摂れるだけで嬉しい。コーヒーも缶コーヒーのような薄い味でなく、まともな珈琲豆の味がするのだ。政治部は、毎週五日ほどの会議が終われば、そこからは自由時間となる。音もなく飯を食べるのも寂しいので、テレビをつけることにした。チャンネルは、労新党の広報放送が二つ、コリヤなどの党が公認した外国のチャンネルが四つ、教養チャンネルが三つという構成となっており、国営局や民間マスコミ放送はない。同志ピアザの観ていたコリヤのテレビといった外国チャンネルは、党で行われる兄弟国家の日を除いて、オープニングとクロージングがカットされる。そこにはたいてい国歌や賛美歌が入っており、党の忠誠心を削ぐものとされているからだろう。その他にも、党の忠誠心を削ぐとされるコンテンツ(例えばコリヤ労働党がいかに素晴らしいかというマスゲーム)が放映されているならば、そこには労新党制作のニュースが入ってくるわけだ。私は、同志ピアザの観ていたコリヤのテレビが気になってチャンネルを合わせたのだが、ニュースに邪魔されたので仕方なく電源を落とした。ここで先程、女性党員から譲り受けた二冊を思い出した。一つ目の入党者の書は、一〇〇頁にも満たないので速読みをすれば一時間かかるかどうかだ。大まかに読むと、”九時までに起床、二四時までに就寝”、”ラジオの使用禁止”、”外部との連絡は基本禁止”といった、ルールが記されており、”王政を破壊しよう”という殺伐としたスローガンが添えられただけだった。二冊目は名前の通り、党の政治方針を定めたもので、”人民が全員平等なる社会を築かん”、”帝国主義・資本主義を打ち砕かん”とか、そういうのが説明と共にずらずらと並んでいるだけだった。一語一句を間違えず覚えたわけでないが、どういう社会を作りたいのかはわかった。明日の二級会議では、自分の提案をいくらか言えそうだ。
夕食の時間となった。食事は、昼よりも小ぶりなパン・キャベツと豚肉の炒めもの・薬と水(私のもの)だった。食事量は多いわけではなく、十分ほどで食べ終わってしまった。食器を返却台に返し終わると、同志ピアザが私に、食事が早すぎる。党制作のニュースは一日一時間は閲覧しなければならない。と言ってきた。私が読んでいたルールに、読み落としがあったようである。翌日までに備えなくては。
今一度、”入党者の書”を読んでみる。確かに、”食事時間は三〇分を目安に”とか、”一日一時間以上のニュース閲覧”といった文言はそこにあった。あと、”食事は所属部門によって決められた当番制で用意”だったり、”トイレ・風呂掃除は当番制で行う”といった、共同生活の基礎的ルールが書かれていた。これを見落としていれば、会議で大いに叩かれていたことだろう。私の属する二級政治部は、毎週月・木が食事担当、水曜日がトイレと風呂の掃除だそうだ。ちょうど、明日がトイレ・風呂掃除にあたるので、忘れてはならない。
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