「入党」

私には清潔な部屋を用意してくれた。決して広々というわけではないが、テレビも冷蔵庫も風呂場もある。中継所にはそんなものはなく、テレビの分を補完できるラジオしかなかった。同じ階には、私の秘書がいるという。案内に従ってついていくと、二つ隣にいた。秘書は笑顔で、完治したのか、と言ってくれた。互いにまた会おうと別れを告げ、自分の部屋に戻る。部屋では、互いのことを”同志”と敬い、朝の集合に参加すること、そして回復のための薬を飲むことを教えられた。これより、私の新たな人生が始まるのだ。

 新しいベッドは寝心地が大変よろしかった。下にちゃんと布団があったからだ。朝夕の二度飲む薬は錠剤が大きく、苦味も数分残るが、細菌感染を抑制するためにどうしても必要らしい。これも、労新と連携しているところが提供してくれたらしい。朝食は小麦だけの食パンとゆで卵が出た。ライ麦が主流でない地域のようだが、ここはどこであろうか。食事を終えたら、元秘書に会いに行くことにした。秘書の名はピアザ。私の秘書という肩書を失ったので、ここでは同志ピアザと呼ぶことになる。同志ピアザは部屋へと私を快く迎えてくれた。彼は、私より一〇時間早く入居したらしい。生活は良くなったか、と聞くと、首を大きく振って素晴らしいものだ!、と言ってくれた。私を玄関で応対するとき、テレビが点けっぱなしだったらしく、奥から軽快な音楽が聞こえて来る。何の番組だと聞いてみると、コリヤという地域の番組だという。一緒に観ていいか、と訪ね、快諾を得られたので、同志ピアザの部屋にお邪魔することにした。テレビには初めて聞いた言語が耳へと入ってくるが、下にある字幕のおかげでなんとか読める。私達の使う言葉とは違い、○が多く入っている。これがコリヤの言葉なのか。この日の報道は、指導者によって成し遂げられた農業と工業の近代化を称えるものだった。大きく実るとうもろこしを横目に、農家が泥だらけになりながら笑っているのが特徴的だった。同志ピアザは、私たち労新党はこの理想郷のように、労働者が喜べる社会を構築していくのだ、と、夢を語るように言った。部屋に掲げられたコリヤ文字の時計を見ると、九時手前。昨日の対談で告げられた約束の時間に迫っている。また会おう同志!、と、別れを告げて、私の部屋に戻ることにした。

今日九時ごろより、私の歓迎会なるものが執り行われるらしい。私を撃った団体と思えぬほど親身である。せっかく歓迎を受けるのならば、それに見合う格好ぐらいはしたい。同志ピアザが持ってきてくれた議員時代の背広を着て行こう。胸のあたりには、金属部分が錆びた中央議会バッヂがついている。ここには必要ないと、きしむバッジを取り外すが、胸のあたりに虫食いのような穴が出来てしまった。手で埋めてごまかすしかない。こすっても戻ろうとする布を押し殺し、どうにかそれらしくできた。背広を身にまとい、ベルトを締めて、会場である”政治部二級会場”へ向かうことにした。

 会場の戸の前には、いかにも頼もしい太い同志が立っていた。よそ者なら小バエ一匹も許さぬような、そんな風格だった。わたしはそこに入るのを戸惑ってしまったが、その大きな同志は無言で戸を開けてくれた。私が一歩一歩と戸を通り抜けると、同志はガシャンという音を立てて、戸を固く閉めた。中には、男の同志、女の同志、老いた同志と、定員数十人の地方議会のような場所で座っていた。同志たちは、私のことを怪しそうとか、噂の人かとか、そういう空気を出して見ていた。横断幕には”新入党員歓迎”。そこにいた議長のような人間が、みなさま、拍手でお出迎え願います、と言えば、会場からおう!という歓声と、耳を壊しそうな拍手が鳴り響いた。

 歓迎会は、議長による私の紹介から始まった。私の名はスルガ。中央議会議員を三期務め、国民暴動に至るまでその職を続けた。一昨日、労働者新党の戦闘中に入党した。私は政治分野に精通しているので、議長は政治部に入部させたいそうで、採決がここで採られた。見渡す限りの全員が、赤い札を上げていたので、議長によって可決が宣告された。会場から拍手と”同志スルガ万歳”という声が響き渡った。次に、私に対して政治部二級についての説明が議長よりあった。政治部二級は、党の採決では二番目の権限を持ち、政治学や経済学の試験を経て入部できるものだという。政治部一級に入るには、党の掲げるイデオロギーを深く理解し、それに賛同できる者であるという条件がある。政治部二級では党の政治を深く体験することができる、という。労新党は、政治部・軍事部・闘争部の三部で構成されており、入党の後の適性検査の上で、配属場所が変わるらしい。私は適性検査など受けていないのだが… 党のスローガンは”労働者抑圧のソトゴン暴政を打ち壊そう!”であった。これは私の部屋のあるフロアでも掛けられている。歓迎会の最後に全員でこれを斉唱し、頑張ろう三唱をした。

 政治部二級会場から出るとき、一人の女性党員より、”入党者の書”と”党綱領”という本が手渡された。その二つの本はボロボロだったが、表紙の三文字と六文字のそれぞれから強大なエネルギーが感じられた。彼女は、新入党員に代々受け継がれてきたものであるので、大切に読みなさい。党の政治というものを、これでしっかり学びなさい、と、私に伝えてくれた。これを渡されるのは、いよいよ党員となるのだなと、実感させられる。ありがとう同志、と返して、私は部屋に戻った。

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