「奴等は来たのか」

 秘書にこのごろ考えが怪しいと言われる。変に期待し過ぎなんだ、と。絶望よりかは期待できるものがある方がいいだろう、と反論し、昼間に食べていなかったパンを食べる。音楽番組はまだ先だが、そこまで寝ているのも苦痛なので、先に夕食を済ましてしまう。ラジオのプログラムはくだらないが、国営局以外に受信できるものがないので切っておくしかない。無音で食事を摂るのは寂しく感じるが、裏を返せば何も邪魔をするものはないということだ。朝から置いておいたパンなので、随分と固くしまってしまっている。ジャムは乾いており、元々の甘みが薄れてしまっている。パンの持つ酸味がそれを上回り、飲み込むのに躊躇してしまう。仕方なく、明日の分のコーヒーを少しだけ飲むことにした。こうでもしないと、喉に詰まってしまいそうだし、味がきつすぎる。余ったコーヒーは、分電盤の上に置いておくことにした。ラジオをつけると、時報は一九時を告げている。ちょうど音楽番組が始まる時間だ。ニュースの延長はないので存分に聴ける。今日のプログラムは、昨日に流せなかった分も含めた再放送だったが、フルで聴けるのならそれだけでよかった。音楽さえあれば、狭苦しい生活を打破できるからだ。宣伝も含めた時報で番組は終了した。明日はコーヒーの量が少ないのがネックだが、仕方がない。早く電気を落として寝てしまおう。そう思っていたが、分電盤を見ると、コーヒーの缶が落ちてしまいそうだった。こぼしてしまってはもったいない。分電盤の奥側にコーヒーを移し、今度こそ寝ることにした。


 ___外から銃を連射する音が聞こえた。最初は機械の作動音と思っていたのだが、様子がおかしかった。自動ミシンのような音に金属がこすれるような音でそうであるとわかった。秘書を引っぱり起こして状況を伝えると、信じられないような顔をしていた。銃声は段々と接近している。ここには中継所というものがあるのだから狙うのは必然だろう。私達は窓から離れるくらいしかできなかった。ついに軍靴の足音さえも聞こえてきた。その後ろから懐中電灯の光が動いている。秘書に、彼らに降伏しよう、と伝えた。秘書は強烈は拒否反応を示した。確かに彼らが労新である確証はまだない。足音、光は次第に大きくなり、私達は本当の危機に直面した。窓からレーザーが見えた。レーザーは部屋内をくまなく捜索している。レーザーに引っかかれば体の一部に穴が開くことは避けられない。レーザーは中継機、配線、分電盤と、ネズミを探すように沿っていった。その線が分電盤上の缶コーヒーを照らした。寝る前に私が動かしたので、窓から見えるようになってしまっていた。レーザーはそれが生体反応あり、と信号を出したのか、缶コーヒーに一発の銃弾が打ち込まれた。私も秘書も、その音を聞いて心臓が一瞬が止まった。缶から出る黒の液体が、血のように見える。彼らの顔をなんとかして知りたい。労新の特徴は顔の下半分に赤い布。ヒビが入った窓からは視認が困難だ。その上またレーザーを出してきたので、ベッドから顔を乗り出すことは出来ない。今は背広に包まって、照準を逃れることしか出来ない。背広の裏からでも、光線が激しく動き回るのがよく見える。時折それが私を通過するので、たまったものではない。次の照準となったのは___私だった。背広で隠しても、生体反応ありの検知を避けることは出来ないのだ。私は即座に飛び起き、走り出した。銃弾は射出される寸前だった。今頃、ベッドの木に着弾しているだろう。すぐさまドアを開け、彼らを見る。暗いが、”赤っぽい布”が顔を半分を覆っているのが見えた。一か八か、両手をあげて彼らの元へ走った。レーザーは私の顔をかすめたり照らしたりする。私は降伏する!、と叫ぶ時、右腕に衝撃が走った。彼らは弾丸を放った。あまりの痛みにその場で倒れ込んでしまった。彼らはただの市民軍団だったのか!私たち議員が憎くて仕方がない市民軍団なのか!彼らが近づくのを感じる時、私は二つの事を思った。一つ目は判断ミスの後悔、もう一つは秘書の安否だった。

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