「避けたかった。」

 何もない日が多く続く。それでも、中継所の外に一歩出すことは出来ない。ラジオのニュースも、労新以外に盛り上がりに富んだものはないし、労新の情報もしばらくないだろう。あまりに暇なので音楽番組の時間まで寝ておこうか、とすら考える。秘書と愚痴を言い合うのも、そのネタがもうないし、ネガティブなことを話すのも気が引ける。昼間に気づかない内に殺されてしまう可能性があるが、武器を持たぬ私達が殺される過程を目にしながら殺されるくらいなら、そっちのほうが幾分マシだろう。考えてすぐに、朝までいた泊まり込み用であろう硬い木のベッドで休むことにした。

 

 ___私たちは判断を間違えた。自分が括り付けられたのは、老いて表皮が尖る木である。辺りから私を軽蔑する視線が浴びせられ、括り付けられて見えないが、裏からも同じ視線が感じられる。これまで中央議会議員はその半分近くが殺害された。どこから奪ったのかわからない、黒い背広を着た”裁判官”なる人間は言う。死刑に処す、と。途端に木には油がかけられる。使い古された油で、鉱物油か植物油もおそらく混在している。油をかける聴衆はその服に跳ね返った油がつくと、カラスの糞がついたかのように絶叫し、私に罵声を浴びせる。全員が連帯して、私に非難する。静粛に!、と周りを鎮めさせ、ロウソクにマッチで火を灯す。ロウソクが軽く溶けたところで上の葉に投げつけた!即座に葉は燃え上がり、私の目の前は赤と橙のみになった。自分はもう逃げ出すことができないと理解した。遺書も書かせぬとは、糞の民衆どもめが!抵抗できない私を、容赦なく火は襲う。葉の炎が、油の染み込んだ縄に引火し、勢いは増した。激しく動くが、そこに抵抗感はない。見ると、縄は焼け切れて、だらんと垂れていた。私は油臭い体を走らせ、民衆のもとへ走った。民衆共は悲鳴をあげる。裁判官が戻れ!、と叫んでも、私の体は止まらない。民衆どもに制裁の拳を!しかし、一人目まで後少しというところで転んでしまった。そこで転んでいる場合でない!すぐさま起き上がると、靴に火があがった。油の塊に近いこの私が、勢い良く燃えている。誰かに引火させてやる、走り始めたその時、裁判官が飛び込み、私を抑え込んだ。私はやめろ!、と叫ぼうとした。___


 すべて巨像だった。時刻は分からないが、辺りはかなり暗い。起き上がると、木のベットから落ちており、臀部がジンジンとしていた。感覚が戻らない内に立ち上がるが、やはり尻の辺りの不安定感がある。秘書はずっとラジオを聴いていたようで、知識人たちの討論がそこから聞こえてくる。聞いてみると、現在ある王銀に対する不信感は労新が煽った結果にすぎない、と王銀の責任者は言う。それに噛み付くのは労新の幹部を名乗る者。王の顔色を伺ってやってきたずさんな経営こそが現在の結果だ、と。”労働者新党の幹部”が本物である確証はない。顔を映さず声を変え、名前のイニシャルさえ明かさなければ好き放題に言えるからだ。番組側が王銀と結託しているならば、滑稽な人物をライバルに論戦を繰り広げ、王銀の責任者に対する信頼を上げる作戦である可能性がある。陰謀論じみた思想かもしれないが、今国営放送局の味方についているのは王銀くらいしかない。議員が活動していないためだ。国の運営する企業は影響力をもっていないとならない。国の運営しないところが国にとって不都合な事をしでかしたとき、国が影響を持たなければ大きなダメージとなる(そのことは私だってこの間痛いほど理解させられた。)何が影響力を作り出すのか。ほかの真面目な国では知らないが、この国では金と舌だ。溢れんばかりの金さえあれば、反対意見を押しつぶして勢力を拡大できるし、相手を打ち負かせられる舌があれば、こいつは正しいと国民に浸透させられる。王銀は金がほしいが、金を集めるための影響力が王冠があるといえ怪しくなってきた。舌もそこまで持ち合わせていない。一方放送局。議員暴動のようなことは起こしたくないので、押さえつけるための影響力がほしい。両者は王と国のそれぞれの下部組織だ。パイプはある。それぞれ協議すれば、打開策は出る。そこで出たのがニセの人物を舌戦で負かせることだった。カンペに感情を込める記号をつけたのを、ただ読めばいい。幸運にも、労新は不満を持っている団体だ。その不満が愚かであると広報すればいい。国民はやはり正しい団体だ、という考えを持ってくれる。放送局はおそらく、王銀の影響力増大で、王銀から後で金が入ることを見込んで承諾したのだろう。

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