「きれいなラジオのある避難生活」

夕方、秘書がほつれかけの編みカゴと、宣伝のラッピングがされた塊を連れて帰ってきた。どうやら私は寝ていたらしい。秘書より油断しないでくれ、と注意されたときは苦く笑った。ともかく、ありがたいものが目の前にある。夕飯は分電盤に残してあった黒いパンで我慢して、ラジオをコンセントへ繋げた。アンテナを立てずとも、はっきりとした声が聞こえてくる。作動ランプを兼ねたチューニング用の文字盤ランプの麦球がなんとも暖かく見える。私達はその音と光に夢中になり、流れてくる物騒で残酷なニュースでさえも愛せた。周期的にふわふわと、ロウソクのように光が揺れる麦球が愛おしくて癒やされる。報道番組のエンディング、もうすぐ音楽番組が始まるとき、ふと麦球の儚さを想う。有事の際、少電力で照らせるように簡易な麦球が支給される。それは代用品ずくめなので一ヶ月で切れてしまうらしい。今、裏から力の限り照らしてくれる麦球は、正式な方法で作り上げられたものだろうか。軍部の廃棄品を安く買い取っただけでないのか。どちらかは分からないが、長くない命であると思うと切なさがこみ上げるのだ。同時に、自分に迫るものについて実感させられ、背筋に冷たい空気が通った。

 冷える朝。人が立ち入るのは点検時ぐらいなので、暖房なんて贅沢はない。薪ぐらいは調達できなくもないが、ここで煙を出すのは窒息の危険があるし、勘づかれるリスクをあげるので自殺行為に他ならない。せめて温かいものを感じたいと、ラジオに電気を流す。昨日と同じ、不安定な光。ラジオを囲う、ベコベコとした木の板も相まって貧相で安っぽちい印象を感じさせる。ジー、という通電音は、ぼーっとしていると優先して耳に入ってくる。本当に大量生産を行うため、安価に情報伝達が行えるようにするためと割り切った感が否めない出来。中には安全装置のヒューズすらなさそうであるし、半田付けも軽く線を引っ張ってしまえばポロ、っと取れてしまうのではないか。見れば見るほど、フワンフワン、と緩やかな明暗をする麦球に心が惑わされる。

 秘書が起き上がったのは、国営局がラジオ放送を行うまであと七分といったところだった。別の民間系なら早い時間で放送しているが、民間局の中継所は遠く、国営局の電波と発信器のノイズが強すぎて受信なんて出来ない。いまのご時世なら、暴徒共の仲間となりうる民間局よりも、我々政治家の息が吹き込まれた国営局のほうが都合がいいかもしれない。秘書がラジオ開始までに昨日食べたような黒いパンと、ジャムと、缶コーヒーと、一瓶二〇〇ccの水を用意してくれた。ここでの生活が始まって以来、朝昼夕ともにずっと同じような食事である。国営放送がはじまり、いつの日か議会で聴いたこの世で一番の旋律を聞き、ニュースがはじまる。私も秘書も、いつもこのタイミングで食事を摂る。この日のニュースは、議会が停止して一ヶ月半にもなり、事実上の無政府状態に国民が困惑しているというものだった。王都ですら銃声が響き渡り、議会がようやく解放されたとはいえテロリストの監視下に置かれていることなどを考えると、絶対に行きたくない職場だ。私には妻はいないし、親とも会えていない。もしかしたらこの紛争でどうかしてしまったかもしれんが。誰にも別れと愛を告げることが出来やしないのに、命を捨てる仕事をしなければならんのか!この状態で国家を統治したところで、暴力的集団をなだめることは不可能にちがいないし、かえって悪化させるリスクもある。そんなことを知らないで、なぜ私達を殺すのだろうか!

 ニュースを聴いていても、イライラが溜まるだけだ。秘書とできる娯楽でもしよう。こんなストレスを溜め込む環境で、実力主義的な勝敗をつけるチェスなどは向かない。私達が正常時にやってきたことで、酒のタネにさえすること、愚痴だ。互いのイライラをぶち撒けて、閉鎖空間で楽しく笑い合おう。国民は愚民だ。愚民どもは恩知らず。恩を仇で返し、その蛮行を正しいと思い続ける。本当なら愚民どもを抹殺したい。政治家なんてやっていられない。テロリスト共のために命を捨てるものか。………

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