第9話 「い、いい加減に、して……このヘンタイ……もう、死んでよ……!」

 そういって、再び振り上げられて、降ろされた百瀬の手。その腕を今度は、しっかりキャッチしてやる。


 よっぽど運動音痴じゃなきゃ、こんなテレフォンパンチならぬビンタ、二発目を受けるわけがないでしょ。それがわかんないから百瀬は雑魚なんだ。


 しかしまぁ、掴まれた事が意外だったんだろうね。私に腕を掴まれた百瀬が固まった。……私も案外、演技派だったかな?


 再び動き出す前に、掴んだ手ごと百瀬のカラダを引っ張って、腰に手を回して、フェンスへと押しつけてやる。

 


「バカだね、あんたって」


「っ! 離してよ! このヘンタイ!!」


「あー、はいはい。……ね、見てこれ」



 百瀬に張られた私の左頬を差し出して、赤くなってるだろうその様を見せつけてやる。



「なんだかヒリヒリするんだよねー、これ。だから、これから、私は、、行こうと思うんだ」


「……は?」



 おバカな百瀬にもわかりやすい様に、一言一言はっきりと、わかりやすい様に伝えてやると、百瀬は分かりやすく顔を青ざめさせる。はー、ほんとさいこー。



「多分聞かれるだろうね、“どうしてこうなったの?”って。私、正直だからさ、ちゃんと答えるつもりだよ」


「……や、やめてよ、卑怯もの。そんな、そんなことしたら」


「どうなるんだろうね。それにしても、また卑怯って……バカの一つ覚え。じゃあ手を離すけど、邪魔しないでよ?」



 ほんと、美少女の絶望顔って、どうしてこう……ムラつかせるんだろうね。百瀬の顔が良くって、役得だわ。



「やだ……やめて」


「……邪魔をしたいの? そんなことしたら私がどうするのか、わかりそうじゃない?」


「……また、私にキスするの……?」


「するよ」



 雑魚を黙らせるのには手っ取り早そうだからね。私はソシャゲとかでも相手に対策されるまで、同じ攻略法を擦るタイプなのです。流行ったキャラに対する嫌がらせみたいな敵を作る運営は大っ嫌い。


 さて、ここまでねっとりしっとりとわからせてやると、百瀬の絶望顔が一層深いものになる。ああー、いいですね。いいコクが出てますねー。


 じゃあ、そろそろ……。



「ゆ、ユカリちゃん、そこまでにしてあげて。わたしなら全然、平気だからっ」



 ……アヤメか。黙ってると思ったら、ここにきて抗議の言葉を挟んでくるとはね。


 まぁあんたならそうするよね。いいよ、それでこそキツネ少女だ。……違うか、きっとアヤメは……まぁいいや。



「やだ。アヤメにやった事がどうこうじゃなくて、私がビンタされたから仕返ししなきゃ」



 私がそれを聞くかどうかは、話が別だよね。


 ちら、と視線を向けてやると、アヤメは顔を赤らめながら、それでも困った様な表情を浮かべてる。それでいいんだよ。そうしておけば、少なくともあんたが傷つけられる事はないわけだし。



「それは……そう、だよね」


「た、助けて、アヤメちゃん! このヘンタイ女を止めてよ!!」


「……ごめんね。私なんかじゃ、ユカリちゃんは……」


「……このっ! あなたなんか!!」


「すとーっぷ。あんたの目の前にいるのは、私でしょ」


 

 腰に回していた手を離して、柔らかい百瀬の頬を掴んでやって、そうしてアヤメに向かって毒を吐こうとする言葉を中断させる。


 アヤメに攻撃されるのはやだ。万が一アヤメが気に病んで、美少女っぷりに翳りが生まれたら、モデルにしようとしてるツバキが困る。


 このまま喋らせててもいい事ないね。じゃあ今日も、唇の味を……そう思ったのに。



「……これでどう?! あなたこそ、バカの一つ覚えじゃない!!」



 そうやってまた吠え立てながら、百瀬は私の手を振り切る様に顔を背けた。……流石に二度目となれば学習も間に合うか。優等生の面目躍如って感じ。まぁでも、本当に頭が良かったんなら、いじめなんてしようとしなきゃ良かったのにね。


こいつを見てると、頭がいい事と勉強ができる事は別なんだなって確信できるよ。両方備えた人もいるかもしれないけどさ。


 今私の目の前には、百瀬の美少女顔はなくって、代わりに赤くなってる耳と白い首筋、それを柔らかく隠す様に髪が広がってる。……残念だけど、これだけあれば十分だよねぇ。



「あはは! 諦めて手を離したら? この、ヘンタイ!! ほんっと、気持ち悪い!!」


「……この期に及んで煽るね、あんたも」


「どうしようもできないでしょ?! だから!!」


「いや? 別に?」


「……は?」



 それを証明してやろうかな。


 鼻先で百瀬の甘い匂いのする髪を掻き分けて、そうしてまろび出た白い首筋。そこに。



「あむ」


「……!」



 噛みついてやる。あ、私は百瀬と違って、跡を残す様な事はしないよ。チワワじゃないんだから、歯を立てるかどうかくらい分別つけられるって。



「や……あっ……なにして……」



 顔が見てやれないのが残念だけど、喘ぐ様な百瀬の声が聞けるから悪くない。


 唇と違って、しっかりと皮膚の下にある百瀬のを感じられる首を、何度か甘噛みをしてやる。その度に壊れた楽器みたいに百瀬が声をあげるのが、堪らなく楽しいや。


 だけど、百瀬を黙らせるのにはまだ足りないよね。あぁ、まだまだ、楽しめそう。


 百瀬の首から口を離したら、最後に触れていた場所上に向かって、口づけを落としていく。目的地はもちろん。



「やめ……ほんと、なにして……」


「んー、んっ」


「まさか、そんな……やぁっ」



 百瀬山ももせやまを登っていって、たどり着いたのは真っ赤に色づいた。ワンシーズン早い紅葉狩りだね。


 改めて見てみると、耳の形も丸くて可愛い。ほんと隙のない美少女だな、こいつ。



「い、いい加減に、して……このヘンタイ……もう、死んでよ……!」


「やー……だっ」


「ひぅっ」

 


 ぽそり、と耳元で囁いてやると、百瀬はくすぐったそうに身を捩る。相変わらず私が抑えてるから逃げ出せはしないわけで、それはただ私の言動に揺さぶられているって示す仕草にすぎない。


 はー、弱すぎて……可愛いな、性格以外は。死ねとか人に言うなよな、全く、悪い子だ。……いや、同い年捕まえて悪い子呼ばわりはキモいか?


 とりあえず、悪い子の百瀬には“おしおき”をくれてやることにしようか。


 まずは耳の外縁に沿って、リップ音を立てながらキスしていく。……どうしてこんなやり方を知ってるのかって。この間帰ってからちょっと調べたんだよ! 言わせんな!


 細やかに弾ける音が鳴る度に、百瀬のカラダがびくりびくりと跳ねて、その口から言葉にならない言葉が漏れ出す。……もしかしてこいつ……。



「ねぇ、どんな気持ち?」


「……な、に……?」


「こうやって抑えつけられて、首とか耳とか好き放題されてさぁ。それってどんな気持ち?」


「……きもちわるいに……決まってるよ、こんなの……」


「へぇ。その割にはなんだか、抵抗する力、弱くない?」



 私がそう告げてやると、百瀬は息を呑んだ。まさかくせに、自覚症状なし? ……はは、こいつも大概だね。



「……あなたが、こんなことするから……!」


「あ、すとっぷすとっぷ」



 私はもう少し百瀬の耳を堪能したいんだ。まだこっちを向かないでくれたまえよ、チワワさん。



「百瀬はお勉強できるから、知ってるかな? 凍傷した時って、どこから


「そんなの……知らない、よ……」


「指とか……耳なんだってさ。通ってる血管が細くて、それに脆いから、一番最初にダメになっちゃうんだって」


「それが、なに?」


「もし私がそんな脆い耳に噛み付いてる時にさ、百瀬が暴れちゃったりしたら……どうなると思う?」


「……いや……いやぁ……!」

 


 耳元で残酷な事を囁いてやれば、百瀬のか弱かった抵抗がいよいよないものになってしまう。まぁそんな事にはなかなかならないと思うけど、どうやら目の前のこいつは最悪の想像をしちゃったみたいだね。ウケる。

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