第8話 「……あぁ、ごめんね。百瀬はクズなんかじゃなかったね」

 二人はいきなり現れた私に驚きを隠せないみたい。揃って目を見開いて驚いてるのは、何度見たって笑えるね。



間宵まよい……な、なんであなたがここに居るのよ!!」


「いや、私が先にここにいたんだよ。そしたらあんたがごちゃごちゃ……うるさいから、出てきてやったってわけ」


「そんなわけないでしょ! ……あぁわかった」


「は? なにが?」


「このストーカー女! ほんっと気持ち悪い、そんなだから、あんな事を私にしたんでしょ?!」



 あー、だめかも。話しが通じてねー。こういう時は何言っても無駄だね。


 がなる百瀬ももせをほっといて、首を傾げてアイコンタクトをアヤメに送ってやると、やっぱりあの子の目はうるうるしてる。……まぁ、ツバキの大事なモデルだし。めんどーだけど、仕方がない。



「アヤメー、だいじょぶそ?」


「えっ、あ、えと」


「まったくあんたはさー……昨日あんな事があったってのに、どうしてまたついてったりすんのかね?」


「ご、ごめん、なさい……」


「ちょっと?! 聞いてる?!」



 無視続行。雑魚にいくら吠えられても怖くないし。ただ、私はアヤメに用事があるので、二人との距離をゆっくり詰める。



「それにぃ? なんだっけ、私が怖いんだっけぇ?」


「そ、それは……聞いてたの?」


「まぁねー。あーあ、傷ついちゃったかもなぁ?」


「あれは、その……ごめんなさい……」


「うそ、じょーだん。あの程度で傷つく様な人間なわけないじゃん、私が」


「なんとか言ってよ! 聞いてたんでしょ?!」



 いよいよ歩みを寄せきったら、百瀬を押し退けて、アヤメと向き合う。……なにをほっぺ赤くして、ぽーっとした顔で見上げてんのさ。



「ほら、立てる? 痛いとこは?」


「あ、うん。ちょっとお尻が痛いけど、だ、大丈夫だよっ」


「そ。そりゃ良かった」


「……いい加減にして!!」



 アヤメに手を貸してやって立ち上がらせると、いよいよボルテージが上がりきったっぽい百瀬がヒステリックに叫んだ、一際大きな声が辺りに響いた。そろそろかなー。


 アヤメと百瀬の間に立って、ここでようやく百瀬に向き直ってやる。なんでかは知らないけど、涙目で顔真っ赤で、冷静な人間の様子とは思えないね。なんでなんだろうね?



「なに? さっきから、うっさいんだけど」


「は?! そっちが話を聞かないからでしょ?!」


「おー、だって私“ストーカー女”なんかじゃないからね。あれ、私のこと言ってたつもりなの?」



 そう、百瀬の言ってた事は的外れなので、私は相手する理由がなかったんだ。私がここに居るのは……あーもー……アヤメの為だよ。


 私の至極当たり前な返答に、なーぜーか、百瀬は一瞬唖然とした表情を浮かべて、そしてまた目を尖らせる。



「当たり前でしょ?! どこに行っても現れて、あなたが私の事をストーカーしてるんじゃなかったら、なんなの?!」


「すげー、自意識過剰。アヤメ、こいつはやべー奴だから、ちょっと離れてな」



 どうせ、事になるだろうし、下手に目標を逸らされても困る。だからそう告げてやると、アヤメはおずおずと私の後ろに逃げてくれた。素直でよろしい。



「何が自意識過剰なの? 本当の事でしょ?!」


「何が本当なの? なんで私があんたの事をストーカーしなきゃいけないん?」


「それはっ……」


「それは?」


「わ、私が……」


「わーたーしーがー?」



 そんなに難しい質問かな? 百瀬は私の事をストーカーする様な人間だと思ってる。それはどうして? って聞いてるだけなのにね。


 けど、百瀬は俯くばかりで、肝心の答えを言おうとしない。それ次第で私の対応は変わるのにね。笑うか爆笑かの違い。


 ちょっと待ってやって……ようやく百瀬は、きっと睨む様なあの表情を私に向けてきた。だから怖くないって。



「知らない! なんでストーカー女が、私をストーカーするのかなんて知らないよ!!」


「……はー、開き直りか。思いつく限りで最低の答えだね、笑える」


「だからなに! 事実は事実でしょ?!」


「いや事実じゃないじゃん。……ろくに動機も見当たらないのに、被害者ぶってストーカー扱いとか……ほんとあんたってクズなんだね、はは」


「っ!! ふざけないで!!」


「どっちがだよー」



 そろそろ攻め時、ここからが肝心。簡単に揺さぶる事は出来たから、あとはそのブレを大きなものにしてやる。



「普通さぁ、人を悪く言うならそれなりの理由が必要でしょ?」


「間宵が! あんな事をやるから、私は!!」


「話が別でしょ。のと、は」


「それは……うぅ……でも!」


「なのにあんたは、ストーカーだのと私を悪者扱いする。そんなの、はは、クズ以外の何者でもないでしょ」



 さぁ、次はどんな反撃……にもならない様な言葉を紡ぐのかな? 楽しませてくれよ、私をさ。バイトの時間まではまだあるからね。


 そうやってゆっくりと時間をかけて見つめてやったのに、百瀬はたじろぐばっかりでろくろく言葉を吐いてくれない。……はぁ、ほんと弱い。雑魚すぎるって。やっぱりこいつは。



「……あぁ、ごめんね。百瀬はクズなんかじゃなかったね」


「……! わ、わかった?! 私は悪くない、間宵が悪いんだから!」


「そうだね、私が悪かったよ。……百瀬はクズなんて人間の基準じゃ測れない生き物だって私、わかんなかったんだ」


「……は?」


「さっきもさぁ、自分より弱そうなアヤメには手ぇあげてたくらいなのに、私にはキャンキャン吠えるばっかりで……あぁ、なるほど」


「……なに、何を考えてるの?!」


「あんたってチワワかなんかなんでしょ? 雌犬らしく四つん這いになっときなよ、人のフリしないでさ」



 ついでに、わんわん、と付け足してやる。人の言葉わかんないかもしれないし。そうしたら、はは、限界だったかな。百瀬は顔を真っ赤にしたまま右手を振り上げた。


 そーだよね、あんたは既に一度アヤメに手をあげたんだ、ついさっき。だから今、誰かに暴力を振るう事に対するハードルは下がりきってる。


 だから百瀬の白いその手は、私に向かって振り下ろされて……乾いた音が、屋上に響いた。



「……っテェ……」


「……はっ、あははっ! 調子に乗ってるから、そんな目に遭うんだよ!!」



 人に暴力振るっといて何たる言い様だよ。


 でもこれで、これからやる事は……、だよね☆


 この為に私は百瀬を煽るだけ煽って、手を上げさせた。そしてその手をしっかりと、私の顔面で受けてやった。あぁ、多分私の頬は赤くなってるだろうね。そうなるように受けたんだもん。元被虐待児舐めんな、受け方くらい熟知してる。


 さて、あとは仕上げをごろうじろ。……っても、このあとがお楽しみなんだけどさ。



「……はは、言葉で言い返すの諦めちゃったら、いよいよ人間じゃないじゃん。やっぱりその髪色といい、チワワなんでしょ?」


「っ! この! まだそんなこと言うの?!」


「チワワにビンタされたところでなぁ。可愛いもんでしょ、わん、わん?」


「……なら! もう一回してあげるよ!!」

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いじめっ子をいじめるいじめっ子。 上埜さがり @uenosagari

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