第7話 「……やだ」

 放課後になり、階段を登って突き当たりの扉を開けば、そこには頭上高くまで青い空が広がる屋上に辿り着く。昼休みならともかく、放課後になってまで屋上を利用する生徒は少なく、今日も私以外に人気はなさそうだった。


 そんなところで何をするのかって、決まってる。バイトまでのお昼寝です。体力的にきつい……わけではないけど、給与が発生する程度には気を使う必要もあるんだから、こういう時間は寝て過ごすに限る。学生なんだから勉強すればと言われたら……私はバイトが終わって家でゆっくり予習する派なんだ。ベッドの誘惑に負けて寝ることも多いけど。


 屋上にはいくつもベンチが設置されているけど、その中で私のお気に入りはここ。お豆腐みたいな出入り口の側面に設置されてる、この時間いい感じに日陰になってるところ。正午の頃には太陽の光をたっぷり浴びて、私がくる頃には暑すぎず冷たすぎずの良い感じの温度になってくれてるんだ。


 誰も座ってない事を確認したなら、すかさずゴロリと寝っ転がって目を瞑る。はー、最高。一生このまま過ごしてたい。……いや、バイトがあるんだった。


 さて、一眠り、一眠り。……そう思っていたら、がちゃりと扉が開く音が聞こえた。屋上において扉が開く音の意味なんてのは一つしかなくって、誰かもまたここに来たんだろう。


私に関係ある人じゃなければ良いんだけど。花澤先生が私を探してたとかだったら、この平穏な時間が終わりかねん。ま、広い学校のたくさん居る生徒や先生のうち、どれだけの人かわたしに関わりあるんだって話だよね。



「……誰もいない、よね」



 ……うーん、これは私に関係あるんだろうか。なんてったって、誰かが来たと思ってから少しの間があって、それから聞こえてきたのは百瀬ももせの声だったから。ここでさらにアヤメの声が聞こえてきたりしたら。



「それでさアヤメちゃん。お願いがあるんだけど?」


「お、お願いって……?」



 聞こえてきちゃったよ、畜生め。


 私の寝そべってるベンチから二人は見えてない。けど、声はしっかり聞こえてくるから……多分二人はの、私がいるとはに居るみたい。わたしが居るとこより奥、入口の真反対側の辺かな。


 妙に縁があるねぇ。また前みたいにトイレに行けば……あ、もしかして、私が居ると思ったから避けたのかな? いや、私だってあんな辺境のトイレそうそう使わないっての。なんで教室から5分、10分かかる様なところに好んでいかなきゃいけないんだって。



「簡単なことだよ。まず、あの……間宵まよいさんさぁ、ちょっと調子に乗ってると思わない?」


「調子……? そんなこと、わ、わかんないかな……」


「調子に乗ってるんだよ、わかるでしょ? ああいう人は、痛い目見ないとわかんないんだよね。……むかつく」



 は゛ぁ゛ーん゛! もう私に全然関係しちゃってんじゃん! 完全に矛先こっちに向けてきてんじゃん!


 ……えー、どうしよう、これ。百瀬が何しようが雑魚いからどうとでもなりそうな気はするんだけど……どうとでもなるから別にほっといてもいいか?


 むしろ……この話を聞いて、キツネ女子であるアヤメがどういう反応をするのか知りたい。百瀬に脅されて屈してしまうの? ……それとも。


 ああ、二人の顔が見られないのがもどかしい。こっそり見れないかな。いや、無理か。



「いきなりあんなことしてさ! ほんとにふざけてる!! ……アヤメちゃんも、そう思うよね?」


「あ、あれは、確かにびっくりしたけど……」


「……けど、なに? まさか私があんなことされて、いい気味とか思ってる?」


「そんなことは! ……ないけど」


「じゃあアヤメちゃんも間宵さんの頭がおかしいってわかるよね?」


「そんな……」



 いい気味だと思ってるよ! 私は! 私みたいな頭おかしいのにキスされちゃってさ! ……とか言ってやりてぇー。


 それにしても人のこと捕まえて頭がおかしいたぁ、随分な言種だよね。こっちは華も恥じらう乙女なんだぞっ、ぷんぷん☆


 アヤメも否定しろよなー。ま、無理か。キツネ女子に“わたしはユカリちゃんと友だちなんだよ”なんて堂々と宣言する度胸があるとは、私も思ってないし。



「……なんかさっきから、アヤメちゃんおかしくない? 私たち、お友だちだよね?」


「そ、そうだよっ。お友だちのつもり、だよ」


「じゃあ私の方が間宵なんかより大事でしょ? なんでそんな反応なの?」


「それは、その……」


「……まぁいいや、お友だちなら私のお願い、聞いてくれるよね?」


「……うん」



 ……ほーん。アヤメ、そっち側行っちゃうんだぁ。


 ツバキには申し訳ないけど、モデルの話は立ち消えになりそうだね。……録音でもしときゃ良かったな。そうしたら、話が楽に済みそうなのに。


 こうなったらまた、二人の前に出てやるしかないのか。やれやれ、これだからモテる女は辛いね?



「その……お願いって、どんな事をするの?」


「決まってる、お返ししなきゃ。……どんなのがいいかなぁ……まずアヤメちゃんには、それを探ってもらおうかな?」


「探る……?」


「あの女が何をやられたらいちばん嫌がるのか探してきてよ。……あぁついでに、お友だちになったら、裏切った時にもっと嫌がらせ出来るかもね!」


「裏切りなんて、そんな……」


「アヤメちゃんもお友だち欲しいって言ってたもんね? ちょうどいいでしょ?」



 いいねー。雑魚のくせに堅実で具体的な作戦じゃん。不可能って点に目を瞑ればよぉー。だって私がここで聞いていて、今からそこに行ってやるからね。


 さて、そろそろ、私の出番かな? あの二人がまたどんな顔で出迎えてくれるのかが楽しみでならないね。せめて盛大に出迎えてくれよな!



「……やだ」


「……は?」



 ……まさか、百瀬と心の声が被る日が来るとはね。


 今、アヤメは……なんて言ったの?



「やだよ、そんな事、したくない」


「……なにそれ、どういうこと?」


「ユカリちゃんはね、ああ見えてコーギーが好きなんだって。大切な友だちの夢を応援してて、手伝ったりしてるんだって」


「ユカリちゃんって……まさか……」


「ちょっと怖いかもだけど、でも、わたしに友だちってものがどういうものかを教えてくれたの」


「……アヤメちゃん、ふざけてる?」


「ふざけてなんてないよ……ユカリちゃんはわたしの、“お友だち”なの。わたしは、そんなユカリちゃんを、裏切るなんて出来ないよ……!」



 ……はー、ほんと……アヤメ、それは面白くないよ。いい子ちゃんすぎるって、マジで。


 私の中でのアヤメはさぁ、もっとこう……控えめに見えて強かに、自分の居場所を作ろうとする為ならなんでもする様な、そんな女だと思ってたのに。それじゃほんと、ただのいい子ちゃんじゃん。


 あー、おもんな。あんまりに面白くないから……そろそろ、この茶番を終わらせるか。



「……そんなこと言って、裏切ったんだ、私を。さいてーだね、アヤメちゃん」


「わたしは、百瀬さんともお友だちのつもりだよ。出来れば」


「うるさい! 黙って聞いてれば、アヤメのくせに……!」


「……あぅっ!」



 悲鳴じみたアヤメの声と共に、鈍く何かが屋上を覆うフェンスに打ちつけられた音が聞こえた。おいおい、ついに暴力かよ、さいてーだな、百瀬。


 そいつはツバキ先生の専属モデルで……私の友だち、らしいんだ。だから。



「その辺にしときなよ」



 ざり、とわざと足音を立てて、二人の前に姿を見せてやる。


 案の定百瀬はアヤメの事をフェンスに突き飛ばしたみたいで、尻餅をついたアヤメとその前に立つ百瀬の姿が見えた。……ちょっと遅れたけど、まぁご愛嬌って事で。


 状況としては前回とあんま変わってないね。場所が屋上になってるって事と……あぁ、もう一つ違いはあるか。アヤメは私の友だちになっていて、私はあの子を連れて行くつもりだ。

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